第77話「強豪相手に」

 試合が始まった。


 やはり競合相手と言うこともあり、一方的に攻め続けられている。

 どんどん点差は広がるばかりで、士気も少し下がっていた。


 相手チームの武器はその強烈なサーブにあった。

 まるで地面にめり込むか、という勢いの打球に彼女たちは手も足も出ない。

 それだけではない。たとえサーブを返せたとしても、スパイクがサーブと引けを取らないくらい強烈なのだ。

 まさに力でねじ伏せる、といったプレーだ。


「まずいわね、強いとは聞いてたけど、ここまでとは」


 俺の隣で亜弥が焦燥感を出す。

 それはコート上の夏海ちゃんも同じで、表情から焦りが見えた。


 頑張れ、と俺は夏海ちゃんに目線を送る。

 が、そんな祈りも虚しく、夏海ちゃんは相手のサーブをうまく処理できず、向こうに点をやられてしまった。


 ビーッと試合終了の合図が鳴る。

 結果は惨敗で、夏海ちゃんは肩を落としていた。


「強いね、相手校」

「そうね。でも、弱点があるとするなら、武器が少ないということかしら」


 1ゲーム目が終わったところで、亜弥は凛々しい顔を取り戻す。

 彼女の言っている意味がよくわからなかったので、尋ねてみた。


「どういうこと?」

「相手の武器は並外れた攻撃力。サーブもスパイクも、中学生にしてはかなり力強いわ。けど、それだけが取り柄なの。逆に言ってしまえば、この攻撃さえなんとかなってしまえば勝機はあるはず」

「簡単に言うけど、それがあの子たちにできると思う?」

「信じるしかないでしょうね」


 やはりバレーボールのことになると、人一倍熱くなる。

 学生時代に熱中していたのがまだ抜けていないんだろうな、というのが何となく伝わってきた。


 すぐに2ゲーム目が始まった。

 相手チームのサーブから始まったが、それを夏海ちゃんは綺麗に打ち返す。

 他のみんなも、この強烈サーブやスパイクに徐々に対応しつつあった。


 亜弥の言った通りになりつつある。


「君、ひょっとして予言者?」

「私予言なんかしたかしら?」

「いや、試合の攻略法」

「ああ。私だったらこうするってだけよ。そこまですごいことじゃないし、1ゲーム目より2ゲーム目の方が対応できるのは当然のことよ」


 そういうものなのだろうか。少しドライだ。

 去年の夏はメガホンを持ってあんなにはしゃいで応援していたのに。


 しかしそれでもなお相手の猛攻は続き、結局このゲームも取ることはできずに試合が終わってしまった。


「残念だったね」

「でもあの子たちも課題は見つかったはず。今日の練習試合はそれを見つけるために組んだものじゃないかしら」


 どこか誇らしげな表情を亜弥は浮かべ、入口の方に向かった。

 俺も彼女の後に続く。


「午後からももう1試合あるんだけど、見る?」

「もちろん」


 そんな会話をしながら1階に降りようとしたその時だった。


「ねえ、結果どうだった? まあ、言うまでもないか」


 バカにしたような感じで和泉が声をかける。

 こういう時は無視をするのが一番効果的だ。相手にしてはいけない。


「行こう、亜弥」

「そうね、そうしましょう」


 しかし和泉はそれを許してはくれなかった。


「ちょっと待てよ。いいの? アンタのこと、あることないこと言いふらすけど」


 ピタリ、と亜弥の足が止まった。

 噂を広められるのは、たとえ嘘だとしても、いや嘘だからこそ面倒なのだ。

 弁解しようにも逆に怪しまれる可能性だってある。


 はあ、と大きな溜息をついた亜弥はクルリと振り返り、ジトーッとした目で和泉を見つめた。


「それで、何か用? 私はあなたにこれ以上関わり合いたくないのだけど。もしかして暇なの?」

「いいじゃん別に。で、アンタらの学校の結果はどうよ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる和泉に対し、再び亜弥は息を漏らす。


「完敗よ。手も足も出なかった。これで満足? さっさとお昼ご飯食べたいんだけど」


 亜弥の言葉を受けて、ムッフー、と和泉は鼻息を立てた。

 まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、キラキラと目を輝かせる。


「そっかあ! そうだよね! うんうん、そっかそっか」


 こんな風に言いたいことを言わずにいちいちリアクションだけを取るので本当に鬱陶しい。

 フラストレーションがどんどん溜まっていく。


 それでも亜弥は冷たい目のままだった。こんな苦行にも一歩も動じていない。


「そうね。わかったならそろそろ解放してくれないかしら。私お腹空いちゃった」


 和泉はそんな亜弥の態度が気に入らないのか、彼女を睨みつける。


「ああそうかい。ならとっとと行きなよ」


 しっしっ、と和泉は俺達を追い払うように手を動かす。

 結局何がしたかったんだ、という疑問は謎のまま、俺達は1階に降りて行った。


「災難だったね」

「そうね。ホント、嫌になるわ。多分詩織にとって、私が叩けたら理由なんてなんでもいいのよ。そんな浅ましい考えが嫌いだったから、縁を切ったのに」


 頭を抱え、亜弥はまたしても溜息をつく。

 俺には何もなかったが、どっと疲れてしまった。


「詩織、どうして私をこんなに目の敵にするのよ」

「何かやっちゃったとか?」

「覚えはないわ。でも……あの子のことだから、ちょっとしたことを根に持ってるかもしれないわね」


 ああそうだった、和泉は根に持つタイプだった。

 俺に罵声を浴びせる時だって、数ヶ月前のほんの些細な因縁をネチネチと言ってくるのだ。


「ちょっとだけ子供が心配だわ。悪い子に育ってなければいいけど」

「そうだね。和泉、あの感じだとかなり過保護に育ててそうだから、何かが歪んでなければいいけど」


 ぐうう、と腹の虫が聞こえた。俺ではない。

 隣を見ると、亜弥が耳まで真っ赤にして、俺と反対方向に目線をやっていた。


「ねえ」

「何も言わないで」

「……ご飯にしようか」


 彼女は何も言わず、こっちも見ずに、ただ小さくコクリと頷いた。

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