第15話「結果発表」
テストが始まるまではあっという間だった。塾に通う中学生たちはテスト勉強に勤しむ。
成績を上げるために躍起になる者、どうせわからないからといつも通りのほほんとする者など、生徒によって反応は様々だが、少し塾の雰囲気はピリついた空気が漂っていた。
それは、夏海ちゃんの家も同じだった。
テスト目前の家庭教師の日は、今まで習ったところの総復習だ。俺が自作した模擬テストを解き、どこができていてどこが苦手なのかを分析する。
様々な問題集を参考に、平均60点を目安とした自作テストだったが、夏海ちゃんの成績は俺の予想を上回る75点を叩き出した。
「すごいじゃないか。本番でもできるぞ」
「そうかな」
とはにかむ彼女だったが、やっぱり嬉しそうだった。ほんの少し頬が緩んでいる。
それから一週挟んだ日曜日。
テストが終わった後も家庭教師を続けるか、と亜弥に確認したところ、夏海ちゃんも「やりたい」と意欲的だったので、いつも通り授業を進めた。
そして今週、テストが返ってきそうなので、今日はそれの復習を行う。
何点取れたのかは知らされていない。夏海ちゃん曰く「お楽しみにしておきたい」とのことだ。これも亜弥経由で知った。
「じゃあ、見せてもらおうか」
俺がそう指示すると、夏海ちゃんはおくびれる様子もなく青いクリアファイルからテストの解答用紙を取り出す。
国語、76点。
数学、85点。
社会、84点。
理科、72点。
英語、73点。
なんと、前回のテストで一番点数の低かった数学がトップに君臨している。正直予想以上だ。
「すごいな。全部中間テストより点数が高いぞ。特に数学」
「先生のおかげだよ。先生がいなかったら、私こんな点数取れてないもん」
少し恥ずかしそうに彼女は笑った。
学年全体の成績データもあるそうなので、見せてもらった。
どの教科も平均点は65点くらいで、社会はそれよりも10点ほど高かった。しかし夏海ちゃんの点数はどれも平均点よりも高かった。
成績が伸びて嬉しいのは俺も同じだ。しかし一つだけ危惧しなければならないことがある。
それは、成績の急降下だ。
成績が伸びて慢心したことによって次のテストの対策を怠る、あるいはこのテストの結果が無理して努力したものであるためこれ以上努力を続けることができない、などといった理由でテストの点数が下がってしまうケースがよくある。
特に前回から大幅に成績が上がった生徒ほどそういう傾向になりやすい。
だから、目標設定は少し慎重に決めなければならない。
「2学期の話なんだけどさ、中間はこれよりも5点はアップしたいな」
大きなハードルを課すのはNGだ。無理をして勉強嫌いになってしまえば学習意欲の低下にも繋がる。
「それでいいと思う」
彼女は異を唱えることなく俺の提案に乗ってくれた。
ということで、次回のテストの目標は「全教科80点」に決まった。
今の彼女の成績なら何も心配することはない。ただ不安なところを挙げるとするならば、2学期からは本格的に勉強が難しくなる、というところくらいだ。
次の目標が決まったところで、数学を中心にテストで間違えたところを解説していくことにした。
「……ん?」
順番に解説していく中で、少し引っかかる問題を見つけた。序盤はケアレスミスなど可愛い間違いばかりだったが、後半はそもそも問題の難易度が高くてミスをする、というケースが多かった。
「どうしたの?」
「いや、なんか見覚えある問題だなと思って」
出されている問題は、決して教科書の例題などで出てくるような易しいものではなかった。
確か、何年か前の高校入試の問題か、あるいはその模擬試験だったかによく似た問題が出されていたと記憶している。
「これ、難しかったでしょ」
「うん」
まだ中学1年の範疇なので入試問題としてはそこまで難易度は高くないが、やはり他の問題と比べると難しい。
このテスト作ったやつ、絶対捻くれてるだろうな。
なんて考えてしまったけれど、それを夏海ちゃんに伝えたところで理解はしてくれないだろう。
「ちなみに数学の先生、バレー部の顧問」
「へえ」
夏海ちゃん曰く、その先生は宇宙人なんだとか。
身長が高くて細いから、というのも理由に入っているらしいが、普段はボケーッとして何を考えているのかわからないのに運動神経はやたらといいらしい。
おまけにこんな難しい問題を作ってくる。
やっぱり捻くれていたか、と妙に納得してしまった。
「それはさておきだな、この問題なんで間違えたかわかる?」
「なんとなく」
俺は今までの問題よりも時間をかけて丁寧に教えた。
最初はうんうんと頭をうならせていた彼女だったが、次第に「なるほど」と理解の意を示してくれた。
数学の他の科目の解説も行った。数学だけで授業の半分を終わらせてしまっていたので、駆け足になってしまったが、彼女はちゃんとついて来てくれた。
最後の科目である英語が終わったタイミングで、ドアをノックする音が聞こえた。
「お疲れ様。おやつにしましょう」
亜弥のエプロンから、ほんのりと甘い匂いがした。しかしいつものクッキーの匂いとは少し違う。
「今日はね、パイを焼いてみたの」
リビングに案内されると、大きなアップルパイが存在感を放っていた。それを亜弥はナイフで6等分に小分けにしていく。
「余った分はどうするつもりだ?」
「明日、夏海と2人で食べようと思っていたのだけど、よかったら一片持って帰ってくれないかしら」
「ええ……」
少し戸惑ったが、無下にはできない。わかった、と俺は席に着いて、アップルパイを食べた。
案の定、頬がとろけ落ちそうなくらいに美味かった。
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