with you

結城柚月

プロローグ

 シンガーソングライターになることを夢見て、もう何年経っただろう。

 理想には、まだまだ近づけそうにもない。


 上京して専門学校を卒業できたはいいものの、その先が見つからなかった。

 いろんなバンドのサポートを転々としてきたけれど、結局どこかに加入することはなく、三十路に突入した今でもフリーを貫いている。


 でもそれだけでは食べていけないので、コンビニでバイトしたり路上ライブを行ったりしながらなんとか生計を立てている。

 正直、バンドのサポートよりコンビニでのバイトの方が稼ぎはいい。

 おかげで毎日虚無感との戦いだ。


 いつまでこんな日々が続くんだろう。


 そんなことを考えながら、今日もあたしは駅前で路上ライブを行った。

 アコギをかき鳴らし、あたしの感情をメロディに乗せる。

 だけど、立ち止まってくれる人は誰もいない。みんな素通りする。

 もう慣れた光景だけど、それでも胸にえぐってくる。


「…………ありがとうございました」


 用意した全ての曲を披露し終えたあたしは、ペコリと頭を下げる。

 拍手は起きなかった。


 誰も見てくれない、聴いてくれない。

 まるで、ここに立つ資格すらないのだと、無言の言葉が押し寄せて来るかのようだった。


 あたしは逃げるようにそそくさとその場を立ち去った。

 悲しくて、辛くて、それなのに涙は出ない。

 もうこんな日々に慣れてしまった証だ。


 家に帰ると、冷蔵庫の中にあった廃棄処分のおにぎりが出迎えてくれた。

 バイト先のコンビニで頂いたものだ。

 この年齢になるとおにぎりひとつで腹は十分満たされてしまう。

 本当はもっと健康に気を遣った食事を心がけるべきなのだろうけれど、そんな余裕はどこにもない。

 飲みこむようにおにぎりを平らげると、そのままごろんと横になる。


 四畳半のワンルームを狭いと思う贅沢な感性さえ失くしてしまった。

 今は音楽に対する情熱も消えかかっている。


 横になって瞼を閉じると、昔の記憶がふつふつと蘇ってくる。

 特に高校時代、友人と一緒にギターをかき鳴らした思い出。

 あの頃は将来のことなんて何もわからなくて、ただ毎日が楽しくて、それだけでよかった。


 今はどうだろう。

 爽やかさなんてどこにもない、どろりとしたあたしを誰が見つけてくれるんだろう。


「何やってんだろうな、あたし」


 見たくないものに蓋をするように、あたしは布団に包った。

 敷布団なんてものはない。

 ただ毛布をグルグルと巻いて寝る、それだけだ。

 昔はちゃんと敷布団を敷いて寝ていたけれど、いつの間にかそれをするのすら面倒になっていた。


 これがあたし。

 夢を追いかけ続けた人間のなれ果てだ。

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