第34話 これって夏海先輩とデートだよな……(1/2)


 ある日、春木はソファに寝転び、ボーッと天神祭の花火のテレビ中継を眺めていた。春木は花火を見てあることを思い出した。


(そういえば秋先輩と冬太先輩は罰ゲームでデートするって話だったよな……今頃ふたりで花火でも見に行ってるのかな? いいな、俺もデートしたいな)


 そんな事を考えるが今の春木は夏海をデートに誘う勇気はなかった。ひとりで悶々としていると、スマートフォンのバイブで春木はハッとした。

 ラインの送り主は夏海だった。


(天変地異でも起きたのか? 僕のスマホに夏海先輩からラインが来るなんて)


 春木は自室に戻って、中身を見ると、

—春木、緊急事態じゃけえ

 春木は広島弁に首をかしげつつ返事を打ち返した。

—なにかあったんですか?

—明日、冬太と秋がデートするらしいじゃけえ


(ヘッタクソな広島弁。現地の人が聞いたら怒りそうだ)


 —それは緊急事態ですね、、

—絶対におもしろいことになるから、こっそり後からついていくけえの

—だから、明日の10時に駅前に集合じゃけえ

—わかりました


 春木はスマホを机の上に置いて、ベットの上に倒れた。


(あのふたりがデートって、なんか心配だ。冬太先輩は結構バカだからな。どんなデートになるのだろうか)


 春木の心うちで野次馬根性がチラチラと見え隠れしているうちに、ハッと気づく。


(あれ? これって、これって夏海先輩とふたりでお出かけ?)


§


 春木は夏海の指定した駅の南口に向かっていた。


(やっぱ、これって夏海先輩とデートだよな……どうしよう!?)


 春木は悶々としながら、今日の話題を練ったり、エスコートの方法を考えていた。それについて深く考えるほど緊張が高まってゆく。


(やっぱここで夏海先輩のことをいろいろ知れたらいいけど、緊張のせいで頭が真っ白だ……)


 駅前にたどり着くと、物陰で、夏海が手招きしていた。彼女はミントグリーンのギンガムチェックのブラウスに白いスカートを履いていた。

「おーっす春木」

「夏海先輩、お待たせしました……ってまさかの柄被り!?」

 春木は夏海の服を見て、しまったと思った。春木も最近買ったミントグリーンのキンガムチェックシャツに黒のジーンズという出立ちだ。


 その様子を見て夏海はアハハと笑った。

「いいじゃん。カップルみたいで」

「うぇっ?」

「だって、尾行するんだから、はたからは怪しまれないでしょ。カップルみたいだし」

 夏海の言葉に春木は納得させられる。


(たしかにカップルを警戒する人はいないだろうけど……)


 しかし、春木は嬉しさと恥ずかしい気持ちが混ざり合い、よけいに緊張が高まっていた。


「それより、向こうの秋と冬太を見てよ」

 夏海が指さした方を見ると、秋と冬太が居た。

 彼らもちょうど待ち合わせ場所に着いたらしく、なにやら話し込んでいるが、遠目から見ても一発でわかるぐらいに秋は緊張していた。彼女の緊張を見た春木は不思議と落ち着きを取り戻した。


(秋先輩のガチガチ具合を見たら、こっちが落ち着いてしまった……)


「秋先輩、大丈夫ですかね?」

「まあ、いつも通りって言えば、いつも通りね」

 夏海はこめかみを抑えて、やれやれと首を振った。


 冬太と秋はさっそく切符を買い、駅のホームへと向かっていった。

「僕たちも行きましょうか」

「そうね」

 夏海と春木も彼らの後をついて行った。


§


 秋は緊張していたものの、談笑のあいだにいつもの落ち着きを取り戻していた。遠目から眺める冬太たちの姿を、春木は初々しく感じ、陰ながら秋のことを応援していた。


 電車を乗り継ぎ、大阪駅に降りた冬太たちは、映画館へと足を運んだ。

 

「なんの映画を見るんでしょうか?」

「デズネー映画らしいよ。昨日ラインで秋に聞いたんだ」

 聞くところによると、今年に公開されたもので、主人公のダンスシーンが圧巻されるらしく、Youtubeに踊ってみた動画を投稿するのが大流行りしているらしい。


 春木たちは冬太たちに見つからないように隅の方の席の鑑賞券を買い、ポップコーンとコーラを持って席へと向かった。場内は夏休みということもあり親子連れが多く、和気藹々とした雰囲気で少しざわついている。


(この雰囲気なら、簡単に見つかることはないだろう)


「夏海先輩は映画とかよく見るほうなんですか?」

「うーん。あんまり見ない方かな。どっちかというと外に出て遊ぶ方が好きだし……」

 春木は夏海の言葉を心の中でメモをとった。


(映画館デートは受けが悪いっと……)


「でも、春木とならどこに行っても楽しいと思うな」

 夏海の不意打ちに春木は心臓が飛び出そうになる。

「もう、からかわないでくださいよ」

 春木は照れ隠しにいうと、

「そういう反応してくれるから、からかいがあるわよ」

 夏海は笑いながら言った。


 そんなやりとりをしている間に、場内の証明が暗くなり広告が流れ始めて、周りのざわつきも静かになった。春木は上映前に流れる広告は常々タイミングが悪いと感じていた。


(面白そうな広告とか、気になるタイトルとか、映画が始まったらいつも忘れちゃうんだよな……)


 映画の内容は無難に感動を狙った物語だった。主人公の生い立ち、成長、心の葛藤から仲間との対立、和解、敵との邂逅と成敗。それらが雰囲気のあった音楽とともにスクリーンに映し出され、時間はあっという間に過ぎていった。


「いや〜なかなか良かったわね」

 夏海はうんと背伸びをして、

「私、途中で泣きそうになったよ」と続けた。

 感想を求めて、春木の方を見た夏海は驚いた。

「って、なに泣いてんの!?」


「……だってモッピーが、モッピーが死んじゃったから」

 春木は鼻をすすった。


(僕の推しだったキャラクターのモッピーは敵から仲間を助けるために自ら犠牲になったのだ。こんなに悲しい話はない)


「まあ、春木は優しいからね」

 夏海は苦笑いしながら、春木の背中をさすった。

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