第33話 夏海を甲子園に連れてって(9/9)


 集合場所に指定された駅前に向かっていた。ここから青春18部みんなで打ち上げ会場まで電車に揺られて行くらしい。


 春木はボーッと景色を眺めながら駅の近くを歩いていた。

 夕方のオレンジ色に染められた高架を滑らかな音を立てて急行電車が通過してゆく。そばを通る軽バンのエンジンが唸りをあげる。自転車がキキッとブレーキをかける。遠くの方で子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる……。


 その中で、イヤホンをつけて耳を塞ぐ女の子がいた。外界から遮断されて、自分の世界に閉じこもっている女の子。だけど、けっして陰鬱なところはなく、むしろ、舞台でスポットライトを当てられた主人公に見える。彼女は駅前でひとり佇んでいる。


 西川夏海だ。


(僕は彼女との約束を守れなかった。その彼女になんて声をかければいいんだろうか。もし試合に勝っていたら、気兼ねなく彼女に声をかけることができたのに……)


 すると、彼女のほうが先に春木を見つけて、手を振った。

 助かったと春木は思った。

「春木、こっちこっち」

「お待たせしました」

「今着いたところだから、そんなに待ってないよ」

「秋先輩も冬太先輩もまだなんですね」

「うん」

 そう言ったきり、会話が続かず、沈黙が流れた。夏海はどこか伏目がちで気まずそうにしている。


 春木が沈黙を埋めるために、話しかけようとすると、

「あっ、あの……」

「あのね……」

 夏海とタイミングが被ってしまった。人生の中で一番うまくいってない瞬間だと春木は絶望する。


「あの、夏海先輩からどうぞ」

「いいの?」

「ええ、もちろん」

「……試合お疲れさん。負けちゃったけど」

 夏海は手探りで言葉を繋ごうとしていた。


「あのさ、試合の途中に冬太にくってかかってたじゃん? あんな春木見たのはじめてだったから、あれだけ入れ込んで真剣にやってるんだって、本気で勝ちにいってるんだって間近で見ちゃったからさ……だから、最後に春木が打たれちゃってさ、私も悔しくて、泣いちゃったんだ」

 夏海は眉尻を下げてハハハと笑った。


「でも、春木が一番かっこよかったよ。マスク被ってる時も、バッターボックスに立っている時も、マウンドに立っている時も。……人はその気になればできるもんだって春木が証明してくれたことが、嬉しかった。だから、負けてんじゃねえよ」

 夏海は照れを隠すためにポスッと春木の腹を拳で叩いた。


「ごめんなさい、夏海先輩、約束守れなくて……」と、春木が言うと、

「いいよ。気にしてない。っていうか、あの強豪校相手にあそこまで戦えたのは凄いことだよ。私も野球をしてたからそれぐらいわかる。今日のヒーローインタビューは間違いなく春木だよ」

 夏海はニッと笑った。


「放送席、放送席。そして、今日のヒーローは南春木選手です」

 突然声がしたので、春木は驚いて振り向くと、冬太がヌッとおもちゃのマイクを春木に近づけた。

「ちょっ、冬太先輩、どこから現れたんですか!?」


 夏海も驚いた様子で顔を赤らめながら口を開く。

「えっ、冬太? 着いてたなら、声かけてよ!?」と夏海が言うと、冬太はちょうど今着いたところですと言って場を仕切り直す。


(なら、そのマイクは何なんだよ?)


「今日の試合、振り返っていがかですか?」

「えっ、まあ、そうですね……負けてしまったんですけど、強豪校相手に2失点だったので、守備の面では上出来だったと思います」

 春木が答えると、冬太の後ろに隠れていた秋が春木の隣に立って飛び跳ねたり、腕をブンブン振り回した。

「秋先輩、マスコットキャラクターやってるんですか?」

 正直クオリティがそれっぽいからちょっと面白いと思ってしまった。


「それでは、やはり今回の試合は春木選手が打てなかったのが敗因でしょうか?」

「そうですね、点を取ったのは冬太先輩のホームランだけでしたので……でも、あのホームランがなければ、あそこまでいい勝負ができなかったと思います」

「そう言うわれると照れるぜ」

 冬太は気恥ずかしそうに頭を掻いた。


「それでは、最後にファンの皆様に一言お願いします」

「えーっと、今までマネージャーとして支えてくれた夏海先輩と秋先輩に感謝したいです。ありがとうございます」

「殊勝なこと言ってくれるじゃん」

 秋はわざとらしく涙ぐんだ声色で春木の腹を拳で叩いた。


(なんだ? お腹を殴られるのは4回目だ。僕の腹を殴るのがトレンドなのか?)


「でも、春木が約束を守ってくれれば上出来だったんだけどな」

 5回目の腹パンを夏海から食らった。

「いやそれは……」

 夏海にさっき許してもらったとはいえ春木も反論の余地がない。


「春木、女との約束を守れないって男としてどうなのさ〜」

「そんな風に言われると返す言葉もないですよ。秋先輩」

「まあ、でも、春木は頑張ってた」

 夏海はそう言って、春木の脇腹をつついた。


「ちょっ、辞めてくださいよ」

「負けたから罰ゲームだよ」

 春木は阻止しようと夏海の手首を掴むと、不意にあの瞬間がフラッシュバックして面映くなる。夏海もさっきのことを思い出し、少し頬を赤らめていた。


「ふん、春木が約束破るからダメなんだよ」

 夏海は照れを隠すように思い切り春木の背中を叩いた。

「いたぁっ。いきなり何するんですか!?」

「春木が負けたからムカつく。約束も破ったし」

 そう言って夏海は攻撃の手を緩めなかった。観念した春木は、

「わかりました、今度何か埋め合わせをしますから」と言った。

「……ならよし」と言った夏海はそっぽを向いてしまったために表情は窺えない。


「よし、茶番が終わったところで打ち上げに向かうか。Let's go!青春18部!」

 冬太が元気よく音頭を取って改札へと向かった。


 

 ……結果的には試合に負けてしまったけど、なんだかんだ、最後はこうして笑顔で談笑しているから、これはこれでよかったんだろうな。


 結果がどうであれ、僕が野球の練習をがんばったことはいつかなにかのカテになるのか? それとも無駄に終わってしまうのか?

 僕は野球をもうすることはないだろうから、今まで野球の為にやってきた練習が社会に出て役に立つことなんてありえないだろう。……無駄なことはなにひとつないって言うけど、本当はこの世の中は無駄なことだらけな気がする。きっと本当に無駄だったことは自分の中で忘れてしまっているはずだ。

 ……もしそうだとしたら、思い出すことで無駄は無駄でなくなるのかな?


 春木はホームから町の景色を眺めた。流れる川のほとりを人々を眺めながら、歌詞の一節を思い出す。


—きっと誰もが同じ川のほとりを歩いている—



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