第4話 京都をめぐる旅(1/6)
春木は集合場所に向かって歩いていた。昨日は行くと言わなければよかったと後悔していた。
(だって、朝7時に大阪駅中央改札口に集合だぜ? そんな時間からどこに行こうというのだろう?)
春木は頭がしっかりと回らない中、中央改札口に着くと、3人の姿を見つけた。
彼らは朝方人間らしく、元気そうな様子で春木を出迎える。
「さすが春木、集合時間ぴったりにきたな」と冬太が言った。
「まあ、早起きには慣れているんで」
春木は軽く頭を下げた。
(男なら交わした約束は守らないといけない)
「それで、今日はどこにいくんですか?」
春木は行き先を訊いた。
「いい質問だ。青春18部員たる者、行き先無くして旅は無しだからな」
えへんと冬太は一つ咳払いをして勿体ぶるように言った。
「今日は京都へ向かう!」
ドドン!と言葉の後に和太鼓のSEがあればもっと様になっていただろう。
「はあ、京都ですか」
旅をする部活で早朝に集合だったので、もっと遠くへ行くのと思っていたが、案外近場だったので春木は面食らった。
と、言っても彼は京都についての知識は全く持ち合わせていない。関西の住民は特に京都にはいつでも行けると思っているものだから、京都に行ったことのないひとや、うっすらとした知識しか持ち合わせていない場合が多い。
(結局何が言いたいかというと、京都って金閣寺と銀閣寺ぐらいしか知らない。あと、お寺がいっぱいあるってイメージしかない)
「俺たちは春木と違って、生まれも育ちも大阪だ。こう見えて、京都には結構詳しい」
冬太はそう言って胸をはるが、普通は京都出身の人の方が京都に詳しいはずだろと春木は心の中でツッコミを入れる。
「題して、《京都ガチ勢がオススメする観光スポットをめぐる旅》だ!」
冬太が言うと、「わ〜」「ドンドンパフパフ〜」と女子2人が拍手で盛り上げる。
「それじゃみんな、行くぞ!」
「「いえーい!」」
女子2人は拳を突き上げる。春木も一応挙げておいた。
「いっ、いえーい」
春木は3人のテンションにどこか胡散臭さを感じていた。
(本当に大丈夫なのか? 旅のタイトルのネーミングセンスがかなり微妙だし、じゃらんを見ながら名所を周った方がいいんじゃ?)
「そういえば、京都までの切符をまだ買ってないです」
春木はそう言って改札に向かおうとするところを冬太が止めた。
「切符はもう用意してるから心配しなくていい」
冬太はポケットの中から青春18切符を取り出して見せた。
「あっ、ありがとうございます。それいくらですか?」
春木は財布を取り出して、代金を払おうとすると、
「お金はいい。これは学校から出る部費で購入しているから問題ないんだ」
「ああ、そうなんですか」
春木は相槌を返すが、腑に落ちない。
(学校から貰っているお金を、課外活動と冠しているけど実質遊びのお金に使ってもいいものなのだろうか?)
これ以上深く考えると、部活動の闇に触れそうな気がした春木は、考えるのをやめた。
「ところで、青春18切符っていったいなんなんですか?」
春木は冬太に訊ねると、冬太は丁寧に答えてくれた。
—青春18きっぷとは、日本全国のJR線の普通・快速列車の普通車自由席が乗り放題の切符のことで、一枚12050円の5回分が売られている。条件があり、特急列車や新幹線では使えない。使い方は様々で、1枚のきっぷを1人で5回使ってもよし、5人で1回ずつなど、グループでも使え、1人1回あたりの有効期間は乗車日当日限りになる。3〜4月、7〜9月、12〜1月の時期にしか使えないので、注意しなければならない—
「つまるところ、特急と新幹線以外なら1日乗り放題の切符みたいなもんだ」
「なるほど」
春木は昨日に秋が言っていた言葉を思い出した。
—青春18切符で全国を駆け回る部活なの—
(たしかにそれで全国を巡ることはできるけど、実際に行動に移すなんて、この人たちは結構ヤバめじゃないか?)
あれこれ考えているうちに春木は一つの疑問に辿りつく。
「そういえば、青春18切符って12050円で5回使えるから、1回当たり2410円ですよね。それって京都に行くことで元は取れるんですか?」
春木は冬太に訊ねた。
「いや、今回の旅は嵯峨嵐山駅から始めるから、切符の値段は990円で往復で1980円だ!」
「いや、赤字じゃないですか!」
春木は思わず冬太にツッコミをかました。
「ナイスツッコミだねぇ、ハルちゃん」
秋がいいねと軽い拍手を送る。
「だって、元取ろうとしたら、遠くに行かないといけないけど準備する時間ないし、それに切符の期限もギリギリだったし……」
よよよ、と冬太はへこんで泣き崩れる仕草をした。
「春木、冬太に辛く当たらないであげて。冬太はどうしようもないぐらいバカだし、ゴミカスみたいなヤツだけど、ちょっとぐらい良いところはあるの」
夏海はギリギリのフォローをする。
「そうだよ。冬太はこう見えて繊細なんだ。ごめんなさいのしるしに頭を撫でてあげて」
秋が冬太のしょんぼりしている頭を指さす。
春木は腑に落ちないながらも、まあ、確かに自分も強く当たっていたかもしれないと反省して、秋の言うとおりに、頭を撫でようと手を伸ばした。
「ごめんなさい冬太先輩。よしよし」
春木に頭を撫でられている冬太はゴロゴロと喉を鳴らした。
「猫じゃないんですから」
こんなところで何やっているんだろうと春木は思った。
結局、気を取り直した冬太を先頭に、青春18きっぷを窓口の駅員に見せて、彼らは改札をくぐり抜け、9番ホームへと向かった。
§
「春木、痴漢に気を付けろよ」
ホームで冬太は春木の尻を唐突に触った。
「いきなり何するんですか!」
春木は冬太の手を振り払い、顔を赤らめた。
「僕よりも言うべき人がいるんじゃないですか?」
春木は後ろの2人を指差す。
「なんか女の子に言うとセクハラになるんじゃないかと思って言い出しづらい」
冬太は首を横に振る。
「僕は男ですよ。痴漢に会うわけないじゃないですか」
「そんなことわからないだろ。春木は結構可愛らしい顔立ちをしてるからな。女の子と間違われるかもしれない」
「そんなことないですよ。ゴリゴリ男ですよ。ゴリゴリ生えてますよ」
(僕のどこを見て可愛らしいとかぬかしているのだろうか? もしかしてこの人の目は機能していないんじゃないか?)
「春木は、今まで旅行でどこに行ったことあるんだ?」と冬太が訊いた。
「旅行ですか…」
春木は口に手を当てて思い返す。
(思えば、家族旅行で沖縄ぐらいしか行ったことがない。あと修学旅行も沖縄だったな)
「沖縄に行ったぐらいですね」
「沖縄か……まだ行ったことがないな。あそこには電車が通ってないからな」
冬太は顎に手を当てた。
「いいところですよ。海も綺麗ですし」
「沖縄も悪くなさそうだな……」
冬太は考え込んだ。沖縄旅行でも検討しているのだろうか?
「……ハブとマングースの戦いがいちばんの見どころかな?」
「いや、沖縄の魅力はそこじゃないですよ」
旅する部活の部長なのに、どうも着眼点が狂っている春木と思った。
「そういえば、どうして嵐山からスタートなんですか?」
春木は冬太に訊いた。
「先日にアマプラで見ていた俺ガイルに嵐山が出てきたから、聖地巡礼に行きたくなってな」
「どんな理由やねん」
春木は思わずツッコんだ。
「冬太、それは違うよ。私たちは春木の入部歓迎を兼ねて旅行にいくって前から決めてたでしょ」
夏海はあわてて訂正する。
(おお、夏海先輩からそう言ってくれるなんて、めちゃくちゃ嬉しい)
「そうだよ。部活動の旅に私的な理由を持ち出しちゃいけないよ〜」
秋も夏海に乗っかって、冬太を槍玉に挙げる。
「なにぃ? おまえたちも抹茶飲んでみたいから嵐山がいいって言ってただろ?」
冬太が反論すると二人は露骨に目を逸らした。
「二人ともめっちゃ私的な理由じゃないですか」
春木は冷ややかな目で秋と夏海を見た。
(さっきの嬉しい気持ちを返してほしい)
「違うよ春木。私たちは春木を心から歓迎するためにこの京都旅行を企画したのよ」
よよよ、と夏海は涙ながらに語った。
「そうだよ〜ハルちゃん。決して、私たちがなんとなく抹茶が飲みたいのと冬太の聖地巡礼という利害が一致したから京都に行くわけじゃないよ」
秋は春木に訴えかけるように言った。
「心の中の声全部言っちゃってますよ先輩」
春木は3人を見て、本音と建前は使い分けられる人になろうと思った。
そんなやりとりをしている間に電車がやってきた。
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