第3話 プロローグ(3/3)



 春木が意識を取り戻すと、2人の顔が見えた。


「大丈夫かい?」

 男子生徒は春木を引っ張りあげて、体を起こすのを手伝った。


「いてて」

 頭に殴られた痛みが少しだけ残っていた。


「ずいぶん痛そうだね〜。包帯巻いてあげる」

 女子生徒は救急箱を漁る。


「大事に至らなくてよかったよ」

 男子生徒は意識を取り戻した春木の様子を見て安堵の息を漏らす。


「君が廊下で倒れていたから。ここまで運んできたんだ」と男子生徒は言った。


(僕はこの人たちに助けられたのか)


 …………とはならない。


「ちょっと待って、僕はこの人に声をかけられた後、後ろから誰かに殴られたんだ」

 春木は包帯を持った金髪さんを指差す。


「チッ。金属バットでもう少し強く殴っていたら、記憶も無かったかもしれない」

 男子生徒は舌打ちする。


(なに? あんたが僕のことを殴ったのか? 結構な力だったんですけど?)


 春木が怒りを感じた瞬間に、部室の扉が開いた。


「お疲れー。さっきのカモはうまく捕まえたかしら?」

 そう言いながら部屋に入ってきたもう1人の女子生徒と目があった。


「あっ」

 噂の西川夏海だった。

 ……………。


 §


「なんで僕の頭を殴ったんですか?」

 春木は額に青筋を立てて、正座している3人を見下ろした。


「部員がどうしても欲しかったんだ。今日は部活動説明会だろう? 部員をどうやって集めようかと考えていたら、君が通りかかったんだ。これはラッキーと思って…」

 男子生徒があわあわと身振り手振りで説明した。

「それで僕の頭を金属バットで殴ったんですか!?」

「ちょうどいい感じの力加減でバットをスイングしたら、ちょうどいい感じで君は倒れたんだ」

「ちょうどいい感じで頭を殴るヤツがあるか!! だいたい、そんな危なっかしい方法で部員を誘拐するヤツがあるか!!」

 春木は怒りのあまり発狂してしまう。


「落ち着いて! ここにカントリーマ○ムがあるから食べて!」

 金髪さんはポケットからカントリーマ○ムを勢いよく取り出した。突然のことで春木は思わず受け取ってしまう。

 袋にはカントリーマ○ム・ココア味と書かれていた。

「どうしてココア味なんだよ!! 普通バニラ味だろぉぉお!」

「落ち着いて! き○この山もあるから!」と金髪さんはなだめようとするが、春木は止まらない。

「どうしてき○この山なんだよ!? 普通たけの○の里だろぉぉ!!」


(こいつらは食育をされてきたんだよ!!)


§


 春木は丁重にもてなされ、お誕生日席につき、ジュースとお菓子が差し出される。

「で、ここは何部なんですか?」

 そもそも、どんな部活をしている奴らに金属バットで殴られたのか春木は気になった。

「よくぞ、聞いてくれました」

 男子生徒は立ち上がり、咳払いをした。まるで新製品を発表するCEOのような表情で話しはじめる。


「ここは『青春18部』だ! 俺たちはここで青春している!」


(……答えになっているようで、なっていないような気がする)


 青春18部と聞いて春木は紙切れの存在を思い出した。ポケットから取り出すと、

「あっ。それ探していたのよ」

「ああ、どうぞ」

 春木は紙切れを夏海に渡した。


「ところで、あなたたちは誰なんですか?」

 春木は彼らに問いかけた。

「俺は青春18部の部長。北野冬太だ。よろしく」

 冬太が手を差し伸べてきたので春木も思わず手を伸ばして握手をする。


「私は西川夏海。青春18部にようこそ」

 夏海の強気な瞳が春木を捉える。この人が噂になっていた学校一の美人さんだ。凛としていて、どこか自信に満ち溢れているような印象を受けた。


「あたしは東山秋。困ったときはなんでも相談してね〜」

 彼女は金髪のわりに瞳は優しかった。春木が殴られる前に見たのは彼女だ。優しく柔らかな雰囲気をしているが毒を隠し持っていそうだ。

「君の名前は?」

 冬太が春木に訊ねた。

「僕は南春木です。よろしくお願いします」

 春木は思わず頭を下げた。


(あれ? なんかこの部活に入る流れになってない?)


§


 ………ほら! 結局何の部活か聞いてないじゃないですか!」

「おお、本当じゃねえか!」

 冬太はうっかりしていたと言いたげに頭に手をやった。


「あっ、そういえばハルちゃん。今は仮入部になってるから来週の月曜日に入部届を持ってきてね〜」

 秋が思い出したように言った。

「ああ、わかりまし……、いや流されませんよ、秋先輩」

 真面目な春木はスマホでメモをとろうとするが、寸のところで動作をとめると、秋は露骨に舌打ちをした。


「この部活辞めるからどうでもいいことじゃないですか」

「そんな冷たいこと言わないでよ〜。本当はハルちゃんが誰よりも優しいことを私は知ってるよ〜」

 秋は作戦を変えて、泣き落としに出た。


「そうだよ、春木がいないと寂しいよ」

 夏海も一緒になって泣きついてくる。春木は正直、彼女の言葉と仕草にグッとこないわけではないが、今日は心を鬼にしないといけないと思い、唇を食いしばる。


「そんなことより、ここはいったい何をする部活だったんですか?」

 春木は二人の視線を避けるために、冬太に向き直ると、冬太は威勢を正して言葉を紡いだ。


「俺たちはな、本来的には青春18切符を使って旅をして、ひいては青春をする部活なんだ!」

 冬太は力強く拳を振るい、力強く言葉を放った。

「そう、私たちは学校の片隅でゲームをする部活じゃないわ。青春18切符で全国を駆け回る部活なんだよ!」

 夏海はすぐに態度を変えて、腕を組んでドヤ顔をする。

「私たちは平日は授業があるから旅に出ることはできないんだ〜。だからこうやって部室でゲームをしたりして、土曜日と日曜日を待っているんだよ」


「それで、どうして青春18部切符を使って旅をしてるんですか?」

「ああ、それはだな」

 冬太が口を開いた。

「俺の思い出の場所を探しているんだ。ちっちゃい頃に死んだおばあちゃんと一緒に行った場所を探すために旅に出るんだよ」

「思い出の場所?」

「そう。それがどこだったか忘れてな。その場所を見たりしたら思い出すかもしれないから、青春18切符でいろんなところを巡ってるんだよ」

「なるほど……」

 春木は案外まともな返答が来たことに少しだけ驚いた。


「ところで今日は金曜日でしょ? 明日にでも旅に出なきゃ、青春18切符の期限が日曜日で終わっちゃうでしょ」

 夏海が言った。

「おっ、そうだ。期限は明後日で終わるからな。すぐに行くしかない」

 冬太は大いに頷く。


「春木はどうせ土曜日は暇でしょ?」

 夏海は目をキラキラさせた。その姿に春木はうっかり夏海にときめいた。心臓が飛び上がり、おもわず、

「まあ、予定らしい予定はないです」と伏目がちに答えた。


「よし、さっそく明日にでも、旅に出ようじゃないか」

 冬太は膝をポンと叩いて立ち上がった。

「一体どこに行くんですか?」

「それは明日のお楽しみだ」

 冬太は春木の肩を叩く。

「春木は明日、この部活の真骨頂を見ることになるわよ」

 夏海も春木の肩を掴んだ。


(痛い痛い。割と握力が強いなこの人は)


 春木は痛みを感じつつも、旅をする部活と聞いて、胸のつっかえが取れた気がした。


「そうと決まれば、さっそく人生ゲームしようよ。それで今日の罰ゲームは何にする〜?」

 秋が意地悪そうに微笑んだ。 

「ビリの奴は帰りのコンビニでジュースを全員分を奢るってのでいいんじゃない?」と、夏海が提案した。

「いいね。春木の財布の中身がすっからかんになるぜ」

 冬太は意地悪く春木に微笑みかけた。

「まさか、この僕が昨日の今日で負け続けるはずがありませんよ……


§


 春木は帰りのコンビニで全員分のジュースをレジに通していた。

「お会計、493円になります」

 春木は財布の中を開けて、500円玉を店員に渡した。


(次の勝負は絶対に勝つ。今までの負けを取り戻さないと……いやいや、ちょっと待て)


 春木は頭を抱えた。 


(そういえば、この部活を辞めようと思っていたのに、結局、場の空気に流されて辞めれなかったな……。まあ、次の土曜日になんかみんなで集まるらしいし、それで辞めるかどうか決めてもいいか……)


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