渇望
元 蜜
第1話 歳の差婚の弊害
「結婚おめでとう! 旦那さん年上だったよね? 何歳差なの?」
「5歳差だよ~。今30歳」
「え~、いいなぁ! なんか年上って憧れるよね~。話とか合うの?」
「リアタイで観てたドラマとか聞いてた歌手とかがちょっとずれてるけど、25歳も30歳もそんなに違いはないよ~」
「ぶっちゃけ、夜の方も20代前半みたいにがっついてなくていいでしょ?」
「そうそう! そこは大人の男って感じ!」
これは、私が結婚する時にした友人との会話。
この10年後、5歳というこの微妙な年齢差によって苦しめられることになるとは、この時の私は全く気付いていなかった。
――9年後
「ねぇ、今夜してもいい?」
「え〜? また〜?」
「だってしたくなったんだもん」
私が晩御飯の片付けをし食器を洗っていると、夫が背後から抱きつき首筋にキスをしてきた。私は思わずそれに反応してしまう。漏れ出た吐息に夫は気付き、手が泡だらけで抵抗できないことをいいことにその続きをしようとする。
子どもたちがまだ起きているというのに油断も隙もない。
身体が熱を帯び始める寸前で私は夫の手の甲をつねり、『またあとで』と言って盛り上がりかけたその場を収めた。
その頃の私たちは、タイミングさえ合えばお互いの身体を求め合っていた。
――さらにその1年後
「おはよう! 子どもたちの着替えお願い!」
「よしっ、任された!」
私たちは結婚10年目を迎えた。
夫は家事に育児に協力的で、私は幸せな毎日を過ごしている。
今日も夫と子どもたちを送り出し、私も朝の家事を済ませながらパートに行く準備をする。
洗濯物を干していると、つけっぱなしのテレビから『セックスレス』という言葉が聞こえてくる。私は思わず手を止めてテレビの前に移動した。
そのコメンテーターが『1か月以上夜の営みがないことをそう呼ぶ』と言っていた。その言葉で私はあることに気づく。
あれ? そういえば、私たち最後にしたのいつだっけ?
情けないことに、テレビを見て初めて半年もしていないことに気づいた。
そういえばこの1年、仕事や学校行事、子どもの習い事などで時間に追われており、毎日疲れ果て布団に入ればすぐに眠ってしまっていた。夫もそんな調子だったので、二人ともその生活に慣れきっていた。
愕然としている私に構わずコメンテーターの話は続く。
『妻を女として見れなくなったから』という理由が挙げられると、私はドキッとして自分の身体を見た。
少したるんだお腹、授乳のせいで垂れてしまった胸、年齢とともに下がってきたお尻……。
改めて自分の身体をしげしげと眺め落ち込むが、でもこれは1年前だって同じような具合だったと思う。それでも夫は私を抱いてくれていた。
“まさか他に女がいる!?”と思ったが、夫は仕事が終わると真っ直ぐに帰ってくるし、休日も家族と過ごしていたからその可能性もない。
じゃあ、何で誘われなくなっちゃったんだろう……。益々分からなくなる。
「あっ! 時間!」
いつの間にか出勤時間が近づいていた。私は急いで残っていた洗濯物を干すと、悶々とした気持ちを抱えたままパートへと出発した。
仕事中も朝の話題が頭から離れない。私は、とても親しくしている同年代のパート仲間にそれとなく意見を求めることにした。彼女も私と同じく年上の旦那さんと子どもがいる身なので何か参考になることがあるかもしれない。
「ねぇ、変なこと聞いてもいい?」
「変なことって、なになに~?」
「旦那さんとまだ……その……してる? 夜の関係のことだけど……」
彼女は飲んでいたお茶を吹き出しそうになり、慌てて口をティッシュでふさいだ。
「あ~ビックリした! 突然どしたの? 旦那さんと喧嘩でもした?」
「いや今朝ね、テレビで《セックスレス》の話題を目にしたから、みんなどうなのかな~って気になって……」
「あぁ、そういうこと。うちはね、1か月に1回しかしないけど、子どもがいつ起きるかビクビクしながらしないといけないし、終わった後シャワー浴びなおすの面倒だし、しない方が楽じゃない!? って思ってる。でも、あなたのとこも同じ感じじゃない?」
1か月に1回……。その数字に私はさらに落ち込んだ。
「うちね、気づいたら半年もしてなかった……」
「あ〜、そっか。人それぞれとは思うけど、それは少ないね。旦那さんに理由聞いてみたら? 時間が経てば経つほど解決できなくなっちゃうよ?」
「そうだよね……。ありがとう」
私は今日1日の仕事をすべて終わらせ、子どもたちが寝静まったタイミングを見計らい夫に尋ねた。
「ねぇ、最近してないけど、どうしたの?」
「そういえば随分してないね~。もう歳なのかな? しなくても大丈夫になってきた」
‟歳”って言ってもまだ40歳になったばかりの夫。私だってまだ35歳。若い頃に比べれば衰えてきたとは思うが、ここに来て5歳差がこんなに大きな溝を作るなんて思いもしなかった……。
ほんの1年前までは週に1度は夫からのお誘いがあってたのに……。
夫に突然やってきた“枯れた”疑惑。
欲求ってこんな急になくなるものなの?
『しなくても大丈夫』って……。
もし本当にこのまましなくなってしまったら、私はこの先誰ともできずに女を終えるの?
女性がそんな気持ちにならず、でも男性がしたいときには、身体さえ好きにさせておけば男性を満足させることができる。
じゃあその逆ならどうだろう? 女性がしたいのに男性にその気がなかったら?
スキンシップなど、行為以外で愛情を満たすことはできるとは思う。でもそうじゃない。そんな代替案で解決してほしくない。私は思い切り身体を快感で満たしたいのだ。
夫ができないとなると、既婚者の私はどうしたらいい?
一人で自分を慰め続ければいい?
そんなの惨めすぎる……。
でも、例え愛がなくとも別の男性と不倫すれば罪となる。
私たちは結婚10年目にしては仲もいい。夫のことも愛している。絶対にこの幸せな家庭を壊したくはない。
やはり、愛されていながら妻がそれ以上の快楽を求めることは欲張りなことなのだろうか……。
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