ずっと、透明でいたい。

ソラノ ヒナ

前編

 私を含む、女4人での放課後。

 映えそうなスイーツを食べながら、だらだらとした時間を過ごす。女子高生の今だけの時間を楽しもうとか友達同士で言い合っているけれど、もう慣れ過ぎた日常にうんざり。


「昨日のドラマ観た? 現実にあんな男いるわけないっつーの」

「それわかる。どっかに良い男、落ちてないかなぁ」


 いつもの会話。

 この後の私の返しは、決まっている。


「2人ともそんな事言って、彼氏大好きじゃん」

「でもさぁ、やっぱりちょっと物足りないんだよねー」

「そうそう。現実の恋愛なんて、あんなときめかないし」


 女子のめんどくさい謙遜ってやつ?

 別にいいのに。

 私より幸せなのは確かなんだから。


 適当に笑って頷いて、フルーツたっぷりの甘ったるいケーキを口へ運ぶ。そこまで食べたわけじゃないのに、すでに胸焼け気味。だから無理やり、ストレートティーで流し込む。


麻衣まいも彼氏が出来たらわかるよー」

「そうそう。そうだ! 麻衣にも誰か紹介しようか?」

「んー、今はいいかな」


 このやり取り、何回繰り返すわけ?


 それでも笑顔を向けて「でも、彼氏が欲しくなったらお願いするからよろしくね」なんて、彼女達の厚意を無駄にしないように努力する。

 けれど2人の顔付きが少しだけ、険しくなった。


「えー。でもさ、麻衣、あれじゃん。彼女いる男にモテるタイプじゃん。だからさ、あたし達を安心させておくれよー」

「そうだよ。私達の彼氏は狙っちゃダメだからねぇ」


 なんだ。今日はそっちが本題なんだ。


 わかりやすい敵意は気持ちがいい。だから久々に、この子達が好きになった。

 そこへ、ずっと黙っていた沙月さつきが割り込んでくる。


「2人とも、麻衣が困ってるでしょ! それに、2人はそんな心配しなくても彼氏さんとすっごく仲良いでしょ? だから大丈夫!」


 はー。沙月は今日も変わらないね。


 彼女は私達の清涼剤。この子がいなかったら、4人の友情なんて成り立たない。


「沙月はもう少し、世の中を知った方がいいよ?」


 庇ってくれた事が嬉しくて、私の口からは皮肉が出た。


 ***


「あのさ、俺、別れたんだ。麻衣が好きだから」


 あーあ。君もダメだったか。


 放課後の、人気ひとけのない教室。そんなとっても良い雰囲気の中で、誰かの彼氏と2人きり。こんな日常にも飽きた。

 だから私は、女子から嫌われている。でもその状況が、心地良い。


「ごめんね。私はあなたの事、好きじゃない」


 誰かの彼氏でいてくれたら、それだけでいいのに。


 誰にも言えない、私の秘密。

 それは、自分を絶対に好きにならない人にしか、恋できない事。


「えっ……。で、でも、あんなに――」

「それ、勘違いってやつ。じゃ」


 もう興味なんてなく、むしろ、気持ちが悪い。だから私は急いで教室を出た。


 愛なんて、不確かな感情。それが1番苦手。触れ合いも嫌い。

 だって、私の親がそうだから。恋愛結婚したとか言ってる割に、冷め切ってる。なのに、都合の良い時だけお互いを必要とする姿に、吐き気がする。

 そんな2人から産まれた私が、誰かと愛し合うなんて気持ちを理解できる訳がない。


 だから私は、私じゃない誰かに夢中になっている人が好き。

 嫌いと思ってくれる人も好き。わかりやすいから。

 自分なんていなくても世界は成立するって、それを証明してくれる人に、癒される。

 こんな風にしか人を好きになれない私は紛れもなく、欠陥品だ。


 そんな私でも、いつか心が満たされる日が来るのだろうか? と、ふと、考える。だからか、私の意識が夢にでも足を踏み入れたような気分になった。

 すると突然、沙月が現れた。


「麻衣、あのさ、もう、やめよう?」

「何でここにいるの?」


 用事があるから先に帰ってと言ったのに、沙月は階段の辺りで待っていたみたい。いきなり飛び出してきて、びっくりした。

 でも、いつかこんな日が来ると思っていた。


「この前2人が、あんな風に言ってきた意味、わかってるでしょ? このままだと、友達じゃいられなくなる。だからお願い。やめて」


 友達じゃいられない、ね。


 友達を想う優しい沙月。そんな彼女の世界を壊す気はない。

 だから私は返事をせず、沙月の横を通り過ぎる。


「ねぇ、ちゃんと聞いて」

「聞いてるよ」

「じゃあ止まってよ」


 沙月の言葉を無視して、階段を下りる。


「別に、このままでもよくない? 沙月も帰ろうよ」

「でも、ちゃんと話が――」


 立ち止まらないと話ができないなんて事、ないはずだけど。

 だから私は、おろおろしながらついてくる沙月の手を引いた。


「沙月のお察しの通り、残してきた奴がいるから。追いつかれるの嫌だし」

「あ……。うん」


 納得したように、沙月の階段を下りる足が早くなる。

 そんな彼女の手の温もりが、酷く気持ち悪かった。



 下駄箱へ辿り着けば、沙月の挙動がおかしくなった。


「どうしたの?」

「あ、あのね……」


 靴に履き替えれば、沙月が俯いてしまう。

 この無意味な時間も、いつかは懐かしい思い出になるのかな? なんて、彼女の言葉を待つ間に考えてしまった。

 それぐらい、今が嫌だった。


「私ね、実は――」

「沙月さ、付き合い始めたんだよね?」


 私の言葉に、沙月が顔を上げた。

 その顔はどうしてだか、青ざめている。


「心配しなくて大丈夫。沙月の彼は、沙月しか見てないから」


 沙月だけに見せる笑顔で、私は微笑む。


「お幸せに」


 まるでお別れのように、言葉を残す。

 それぐらい、沙月が彼に夢中になってほしかった。

 私が大好きな、今までの沙月に戻ってほしかったから。

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