死と死の狭間で

天洲 町

死と死の狭間で

この地球という惑星に、最早死者に割いてやる土地など残されていなかった。

産業の発展は土地の開発を求め、それらは文化の犠牲によって支えられた。

そうした事情から現在の日本では、棺に遺体と思い出の品を詰め宇宙に打ち上げることを葬儀とする、「星葬」が主流になっていた。



金子倫明が目を覚ましたとき、見知らぬ黒い天井その目に飛び込んできた。硬い寝床だった。居眠りの様に途切れてしまっていた意識が、同じように突然覚醒したのだった。

起き上がってここがどこなのか確かめようとするが動けない。壁に取り付けられている小さな灯りを頼りに見ると、倫明の肩を羽交締めにする様に太いベルトがかけられているのだ。足首にも同様にベルトがかけられている。寝床に括りつけらているらしい。

「まいったな、なんだこれは」

仕方なく天井を見つめる。これまでのことを思い出そうとしていると、フッと天井を横切るものがあった。あっと声をあげた。光だった。

これは天井ではない、窓だ。そして今のは何かしらの星だ、と気づいた。

その光は倫明の脳の奥深くに眠っていた記憶を乱暴にも引きずり出してきた。




アルバイト先のファミレスを出た時、時計は午後十一時を回っていた。店の裏のゴミ箱のそばに停めてあった黒の自転車のスタンドを下ろす。焼けた油の匂いの風を換気扇の室外機が夜の澱みの中に吐き出している。その威圧的な低音に負けじと、安っぽい金属の全身を震わす音が鳴った。

通学にも使っている所々にサビの浮き始めたそいつにまたがり、路地を快速に飛ばして行った。夜風に虫の声が心地よかった。

倫明が一人暮らしをしているアパートは、ファミレスから十分とかからない場所にある。嫌なことがあったわけではないが今日は帰ったら酒を飲もうと決めていた。

夜更けだということもあり油断をしていた。交差点に飛び出した時、突然白い布を被せられた。視界が無くなる。

それが布などではなく、車のヘッドライトだと気づいた時には最早避けられない所に車体は迫っていた。

ストロボ写真のように数センチに迫った地面と、逆さまになった遠い街の明かりを何度か続け様に見た後、意識を失った。激しい痛みが自分の体とズレた位置で暴れ回っているような妙な感覚をよく覚えている。




そして今につながる。なるほど俺は葬られたらしい。

あの事故の後かなりの間目覚めなかったのだろう。脳死とでも判断され打ち上げられた。だというのにどこかの星で燃え尽きる旅の途中でうっかり意識が戻ってしまったのだ。

理解が追いついた時は酷く絶望した。少し冷静になるとこの事実を知ったら家族の方がより悲惨な思いをするのではないか、などと思った。

不思議と何とかして生き延びたいという気持ちは湧いてこなかった。現実味のなさのせいか、治療が止められ鈍く全身が痛む苦痛のせいかはわからなかった。




壁を見ると、さまざまな物が貼り付けてあった。昔好きだったバンドのアルバム。何かしらの文庫本。造花や手紙もあった。どれも手に取ることができないのが一瞬残念だったが、はっきり言って強く興味をそそられるものはなかった。

おそらく残された家族や友人が好きなものやら、旅のお供として入れてくれたのだろうが彼らのイメージと実際の倫明には少々のズレがあったらしい。

それらを眺めつつぼんやりと頭を働かせた。

どうして俺を打ち上げたのだろう。今時工場での処理もできただろうに。

そんなことを考え始めた。

時間だけは無限にあった。もちろん一秒後には何かにぶつかってぺしゃんこになってしまう可能性もあるにはあったが、それに慌てる意味は最早なかった。




壁の品を眺めるうち、一つの答えに辿り着く。

打ち上げは彼よりもむしろ残された者たちの為のものではないか。

金子倫明という男は死んだ。もう帰ってこない。その事実を受け入れることを高らかに宣言する為、我々は彼がいなくなったとしても大丈夫だという表明であるのだということだ。

結論に行き着いて安堵する。興味の湧かなかった思い出の品々が、贈り主からの安心して眠って良いという力強い声に感じられた。


そうしてまたしばらくして、空腹と衰弱のために意識を失った。

倫明の棺は地球からおよそ一光年ほど離れた恒星に呑まれた。

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