第3話 青坊主
青は、永遠に届かない色なのだ、と、どこかで聞いたことがある。だから勝也は、青が一番好きな色であった。
「ごめんね」
目の前の女性は、
可愛い子だと思った。ぽってりとした唇が愛らしい、ふんわりとした印象の、いかにも優しげな空気を纏っていた。きっとこの子と付き合ったなら、休日に腕を組んで遊園地や映画館に行ったりするのだろう。誕生日には少し豪華な食事をして、愛し合って、そして結婚して……。
けれど、そんな未来は、自分には一生やってこないに違いない。
「悪いけど、今忙しくて、そういうこと考えられないんだ」
自分でも、すごく不誠実な答えだとは思っている。だが、ちょっと憂いを込めてそういうと、大抵の女性は納得してくれるのだ。
「そっか、分かった」
こくりと頷いて、女性は涙を拭う。その様子に勝也はそっと安堵の息を吐く。良かった。これで何とかなりそうだ。
ごめんね、と小さく呟いた。走り去る後姿を見て、勝也は緩く首を振った。
「お前さあ、いい加減、彼女作れよ」
エイヒレを噛み締めながら、明がむっつりと言った。
「え? なにそれ、なんなの」
ヒラメの刺身に舌つづみを打っていた勝也は、突然の言葉に、それをごくりと丸のまま飲み込んでしまう。勿体ない。まだ噛みしめていなかったのに。
金曜、夜。都心は、雑多な人間で溢れている。
気持ちの良い夜であった。初夏の風が、繁華街の空気を爽やかに塗り替えていく。久しぶりに会おう、と明からの誘いで、勝也は滅多に来ない都心へと足を伸ばしたのである。
この駅で降りるのも久しぶりであった。学生の頃はしょっちゅう飲み会などで訪れていたのだが、卒業し、地元で就職してからはほとんど利用することはない。元々、あまり人の多いところは得意ではないし、ごちゃごちゃとしたビルが立ち並ぶ様を見るのは、どうにも落ち着かないものがある。
息が苦しくなるのだ。
狭い小さなグラスの中に並々注がれた液体のように、ここは人も、思念も、ぎりぎりのところで保たれている。だからだろうか、
駅を降り、指定された店まで歩く。
立ち並ぶビルの隙間を抜けたところに、その居酒屋はちんまりとあった。ほとんど露店である。ビール箱をひっくり返した椅子に、同じものに板を渡しただけのテーブル。お世辞にも綺麗な店とは言えないが、時間帯の事もあり、結構繁盛しているようであった。
明は、もう店にいた。既にビールを半杯ほど開けている。上気した顔で手を上げる彼を見て、勝也は
珍しい。いつもならば五分遅れが定石であるのに。
この店は、刺身が美味いのだ、とは明の弁であった。進められるままに頼んだ刺身の盛り合わせも、ホタルイカの味噌漬けも、今やほとんどが腹の中にである。酒も程よく入り、そこそこ気分が良くなった。
そんな案配の頃に言われたのが、先ほどの台詞である。
「お前さ、なんで彼女作んねーの」
「……しつこいなぁ」
「だっておれ、お前がだれかと付き合ってるの見たことねーもん」
甘えびの尾を咥えながら、明は言う。
「もしかして、チェリーなの、お前」
「失礼な。それなりに経験はしてるよ」
「でも彼女いないだろ」
「いないけどさ」
うわ、と明は大げさにのけ反った。
「お前、そういうのよくないぞ。純愛、貫けよ!」
社会人も五年目となると、スーツ姿にも貫録という物が滲み出てくるようだ。ビールをぐいぐい飲む明を見て、勝也は密かに笑った。この頃少し腹が出てきた、と愛子から報告を受けていたので尚更である。
「あんまり飲むと、ビール腹が進行するよ」
「うっせ、貧弱。お前はもっと食って飲め」
勝也のグラスに、どぼりとビールが注がれた。
明は赤ら顔でよく笑った。元々よく飲む方であるが、今日はまた随分とハイペースであった。
「お前、モテるのに。もったいねえなあ」
それを聞いて、勝也は苦い笑いを浮かべる。
人並みに恋愛をしてきたつもりであった。明言しなかっただけで、お付き合いをしたこともあるし、年相応に経験も積んでいる。
勝也は茹蛸のようになった明を一瞥した。
この幼馴染は、気づかない。当然である。気づかせないようにしてきたのだから、その努力は報われていると言ってもいい。しかし、こんな時、勝也はどうにもならないジレンマに陥るのだ。
――人の気も知らないで。
注がれたビールが、グラスの
零れないように気をつけて、喉の奥に、ビールを流し込む。胃のあたりがかっと熱くなった。そうだ、これでいい。この感情は誰も幸せにならないものなのだから、自分の中に、留めておかなくてはならない。
「ごめん、遅くなった!」
軽やかな声がして、ふわりと良い香りが漂った。
初夏の風を背負って、席に着いたのは、旧友の一人であり、そして、そこでべろんべろんになった明の恋人でもある、愛子である。
「うわ、明、もうそんなになってんの」
愛子は顔を
「おー愛子、お前からも言ってやれよ。早く彼女作れってさー」
「なに、あんたそんな失礼なこと言ってんの? ごめん、勝也」
気にするな、と手を振ると、愛子は花がほころぶように笑った。
「すみません、オレンジジュース」
愛子が手を挙げて店員を呼ぶ。
「あれ、飲まないの?」
「うん、ちょっとね」
意味ありげな答えに、勝也は少しだけもやりとする。
愛子は、美人である。昔から日本人離れした顔立ちであったが、成長して更に美しくなった。それに、先日会った時とは少しだけ雰囲気が違っている。明を見る目は優しい。零れんばかりの愛情が伝わってくるが、それは以前と同じである。
では何が違うのか。そこまで考えて、そうか、と勝也は軽く頷いた。
空気が柔らかくなったのだ。以前は薔薇のようであった。美しいけれど、近寄りがたい。そんな雰囲気を醸し出していたのだが、今は違う。温かく、包み込むような、陽だまりに咲く
「勝也、あのね」
飲み物に手を付ける前に、愛子はすっと背筋を伸ばして、はにかむように笑んだ。明も同じように、姿勢を正す。
「今日は、報告があって」
ああ、やっぱり。勝也は目を閉じる。
「……実は、おれたち」
そんな予感はしていたのだ。明がいつになく酔っぱらっていたのも、緊張からだと分かっていた。
大丈夫だ。祝福する準備はできている。腹の中で、ビールがぐぶりと泡だったような気がした。
その帰り道の事であった。幸せそうに寄り添う二人を見送って、さあ帰ろうと駅に向かった先、ビルの隙間。路地裏から、視線を感じたのである。
繁華街のいかがわしいパネルが立ち並ぶ細い道の、丁度電柱の影になるところから。
青い男が覗いていた。
一つ目であった。ぎょろりと大きな目が、憐れむような視線を送っている。墨染めの衣に禿頭で、その青い頭が、幾ばくか大きかった。
不思議と恐怖は感じなかった。ああ、青いなあ、と。ただそれだけを思っていた。
「可哀想?」
振り返ると、そこに女が立っていた。若い女性だ。大学生くらいだろうか。いかがわしい店から漏れ出るピンク色の照明に長い髪が照らされている。革のジャケットにスキニーのジーパンが良く似合う、すらりとした長身の、姿の良い人であった。
「青坊主」
「え?」
「あれの名前」
女は電柱の影を指さす。そこにはもう、あの青い人はいなかった。勝也は訝しげに女を見やる。彼女はその視線を受けて、ことんと首を傾げた。
「君は、幸せ?」
「……え?」
「気をつけて」
それだけ言うと、女は踵を返した。ふわりと漂う、花の香り。
「待って!」
聞こえなかったのか、それとも敢えて無視したのであろうか。繁華街のネオンに溶け込むように、女はその姿を消したのである。
その実、だいぶ酔っていたのだろう。徐々にふらつく足をなんとか動かして帰宅すると、勝也はベッドにうつ伏せに倒れこんだ。趣味のアクアリウムの、こぽりと泡を生み出す音が、耳の奥に木霊する。
少しだけ顔を横にずらし、ベッド脇の水槽を見た。揺らめく青い光。その中に、ネオンテトラの群れが尾びれを
赤は、明。そして青は、勝也の色だ。幼い頃の決まり事であった。明が赤のシャベルを持ったら、勝也は青の物を持った。明が赤の自転車を買ったら、勝也は青の物を欲しがった。
懐かしい。何も考えず、悩まず。楽しく過ごしていた幼い頃に、戻れたらいいのに。
モーター音が、低く響いている。その音に溶け込ませるように、勝也は唸った。やりきれない思いが、後から後から泡のように立ち昇り、今にも溢れてしまいそうであった。
暗い部屋に、アクアリウムの青がぼんやりと影を作る。その影の中に、勝也は再び、青坊主を見た。物言いたげな目で、青坊主は、じい、とこちらを見つめていた。
込み上げるものを飲み込むように、勝也は声を絞り出した。
「……なあ、お前、どうしたの」
青坊主は、何も言わなかった。ただひたすら、勝也を見つめている。
その一つ目から、つうと涙が零れた。
「なんで、泣いてるの」
青坊主は、答えない。零れた涙は、彼の墨染めの衣に吸い込まれていく。
次の日も。その次の日も。青坊主は勝也の部屋に現れた。必ず水槽の青の光の中に、薄ぼんやりとした影を作り、ただひっそりと泣いていた。
一つ目の、青い、異形の男。勝也はごく自然にその存在を受けて入れていた。不思議だとは思わなかった。彼は、いるべくして、ここにいる。青の光の中だけが、彼の場所なのだろう。この男は、可哀想だ。青の中でしか生きられない。可哀想に。そう思った自分に、勝也は嫌悪した。
あの女性と再び出会ったのは、その次の休日のことである。
勝也がのそりと起きあがると、もう正午を
だるい体を引きずるようにして、勝也は部屋のカーテンを開けた。良い天気であった。初夏の、まだ柔らかな日差しが、窓硝子越しに部屋に模様を描いている。
外に出よう。きらきらと輝くような陽光を浴びれば、この鬱屈とした気分も少しは晴れるのではないだろうか。
文庫本をポケットに突っ込み、勝也はふらりと外へ出た。近くには広い公園がある。そこで、本でも読もうと考えたのである。
風が気持ちよかった。ゆるゆると歩く。休日ということもあり、公園は子供が多かった。嬌声を上げて走り回る姿を見て、勝也は微笑む。
思えばあの頃が、一番楽しかったのかもしれない。何も考えずに、泥だらけになって走り回っていた。戻れたらどんなにか幸せだろう。同性だとか、異性だとかを気にすることもなかった。そう、あの頃は。
人は、大人になればなるほど、心の内に秘めたものが納まりきらなくなるのかもしれない。幼い頃はどんな
適当なベンチに腰掛けて、本を取り出す。
勝也の本好きは、明の父の影響を多分に含んでいる。幼い頃から、家族ぐるみの付き合いをしていたのだ。
明の父親、聡は作家をしていて、当時から彼の書斎には面白い本が無数に並んでいた。怪奇小説から、冒険ファンタジー、ミステリー、伝記物。読んでも読んでも読みつくせないほどの本。遊びに行くと、勝也は大抵書斎に潜り込み、読書に
「お前は、おれんちに、本読みに来てんの?」
明はそんな勝也にいつも呆れたような笑みを零したものだ。
「ごめん、遊ぼうか。何する? ゲーム?」
「いいよ、読んじゃえよ、それ。おれ待ってるし」
そう言って、くしゃっと笑う顔が……。
いけない。
首を振り、思考を追いやった。本を、読もう。これ以上変なことを思い出さないうちに。
のめり込むのは簡単であった。一頁、繰ればもう本の中である。最近、どうにも気力が湧かず、なかなかじっくりと読む時間を取らなかったので、丁度良かったのかもしれない。
あまり読まないタイプの、恋愛小説であった。
映画化が決まったので、本屋で大きく取り上げられていたのである。少年少女の淡い恋愛模様を描いた作品で、幅広い年代に受け入れられているのだそうだ。きらきらとした、陰りのない文章は、心を温かな気持ちにさせてくれる。もしも生まれ変わったなら、こんな恋が出来たらいい。
そこまで考えて、勝也は苦笑した。自分の女々しさに我ながら呆れてしまう。
ふと、日が陰った。
雨が降るのかもしれない。少し湿った空気を鼻に受けて、勝也は本を閉じた。そろそろ帰ろう。そう思って立ち上がった時であった。
目線の先に、彼女がいた。
広い公園である、そこここに休憩用のベンチがあり、簡易的なテント、と言っていいのだろうか、オープンテラスのカフェのような、飲食店が出ているような場所であった。
その一つ、隅の方に、彼女は腰かけていた。
風が黒髪をまきあげて、空に昇って行った。それをついとおさえて、彼女は天を仰ぐ。空は、晴れているようであった。しかし、ところどころに黒雲がかかっていた。青々とした空に
勝也は立ち上がる。
「あの」
思わず、声をかけていた。女は驚いた様で、目を見開く。
「ちょっと、お茶、しませんか」
その日、勝也は人生初めての、ナンパをした。
「おごりますよ。何でも好きなものを頼んでください」
公園から出て、大通りを抜け、角を曲がった路地裏に、ちょっとしたお洒落なカフェがある。
勝也はこのカフェが気に入っていて、よく足を運んでいた。
奥まった場所だ。知る人ぞ知るといったところも良いし、メニューも豊富で味も良い。値段はそれなりにするが、社会人の懐ならば十分にお釣りがくるくらいである。
何より、ここにはたくさんの魚がいる。マスターがアクアリウム好きなのだという。悠々と泳ぐ魚を見ながら、ゆったりと過ごせる貴重な場所であった。
彼女は端的に。
「葉子」
と、名乗った。
窓際の席に腰かけて、勝也はじっくりと葉子を観察した。
恐らく、年下であろう。のっぺりとした人である。肌は白く、黒い髪は艶々としていて、顔立ちは整っているが記憶に残るのが難しい。無個性、という言葉が浮かんで、勝也は苦笑した。今のは、流石に失礼だ。
葉子は真剣な目でメニューに目を落としている。勝也はこっそりと予想を立てた。きっとこの麗人は、珈琲を頼むに違いない。
「いちごパフェ」
そう来たか。
「あれから、君の傍にいるね」
パフェの苺をざっくりと掬いながら、葉子が言った。
勝也はぎくりとして、おもむろに珈琲をすする。きっと、彼女はあの青い男のことを言っているのだろう。
「……何で分かったんです」
「何で分からないと思ったの」
勝也は視線を
「君はそれで幸せ?」
葉子がこくりと首を傾げた。
「青坊主は、思いがより固まって現れるものだから」
「え?」
「心の内に収めておかなければならなかった、けれど抑えきれなかったもの。隠しておかなければいけなかった心」
葉子はそう言うと、苺を頬張り、顔を
勝也はそっと胸に手を当てた。息が苦しい。まるであの都心に出たときのようだ。巧く息が吸えない。
「抑えたくても抑えられない気持ちが集まって、溢れて。それで、青坊主は現れる」
葉子が微笑む。ふわりと漂う花のような香りに、胸を締め付けられるようであった。
「もう一度聞くよ。君は、それで、幸せ?」
「……僕は」
幸せだ。
そう口に出そうとしても、上手く言葉が出てこない。逡巡し、視線を彷徨わせた勝也の目に、彼が映った。葉子の後ろ、アクアリウムの向こう側である。青い光に溶け込むように、青坊主がそこにいた。こちらを見ている。大きな一つ目が、悲し気に揺らめいて。その瞳から、つう、と涙が零れた。
「もう気づいているんでしょう?」
「え………」
「彼を受け入れることができるのは、もう気づいているから」
「何に」
「青坊主が、君だってことに」
その言葉を聞いて、勝也は、目を見開いた。
葉子は笑う。世にも優しい慈悲の笑みであった。花の香りが、一層強くなる。その後ろで、青坊主が泣いていた。大きな一つ目から、涙がぼろぼろと落ちていく。
ああ、そうか。青坊主は、勝也自身だ。グラスから零れた水のように、留めて置くことができなかった感情の
「青坊主……」
勝也はそっと目を伏せた。包み込むように持ったコーヒーカップの中で、黒褐色の液体がゆらゆらと揺れている。手が震えた。ギリギリで保たれていたあらゆる感情が、彼の器から溢れ出ようとしている。歯を食いしばった隙間から、堪えきれない嗚咽が漏れた。
込み上げてくる心のままに、勝也は初めて、涙を流した。
葉子は凪いだ瞳で、勝也をじっと見つめた。そしておもむろに、こう呟いたのだ。
「大丈夫」
彼女の口から、小さく、歌が零れる。柔らかな響きであった。まるで水底から太陽を見たときのような、温かく、清涼な光のようであった。
もしかしたら、勝也は、この感情を、誰かに肯定してもらいたかっただけなのかもしれない。
窓の外で、雨が、しとどに降り始めた。この雨は、自分のために、青坊主のために、泣いてくれているに違いない。
雨が溜まっていく。小さな水たまりは深くなり、青となって注ぎ込む。これでもう大丈夫だ。勝也は青を手に入れた。届かないと信じていた、その青が心にあれば、もう溢れることもないだろう。
降りしきる雨のように、勝也は、号泣した。
それから、青坊主は、勝也の前から姿を消した。
白いタキシードが似合っていた。
快晴である。抜けるような空に、純白の色が気持ち良い。
小さなチャペルの前であった。フラワーシャワーの中を、花嫁と花婿がゆっくりと歩いている。入口から伸びる赤いカーペットに、色とりどりの花が目に鮮やかであった。
愛子は幸せそうであった。真っ白なドレスに身を包み、目尻に涙を浮かべていた。
その手を取る明も、満面の笑みであった。
ゆっくりと、二人は歩む。愛子に宿った、新しい命を大切にしている様子が伝わってきて、勝也も思わず目頭が熱くなった。
その夜の事である。
「今日はありがとうな」
「おー、改めておめでとう」
時計の針が、頂点をとうに回った頃、ふいに明からの電話で起こされたのである。寝ぼけ眼で応対すると、明は電話向こうで、いつものように笑った。
「愛子ちゃんめっちゃ綺麗だったね」
「だろ? 自慢の嫁だから」
ははは、と明が声を挙げ、ややあって沈黙する。
「明?」
「あのさ」
ためらいがちにぽつりと聞こえた声に、勝也は身を固くした。
「言おうか言うまいか、悩んでたんだけどさ」
「うん」
アクアリウムの青い光が、部屋の中を薄ぼんやりと照らしていた。こぽり、と泡の弾ける音がして、勝也はそっと目を閉じる。大丈夫だ。青い光が心を満たしていく。凪いだ海。晴れ渡る空。あらゆる青が、勝也の心を満たしていた。
「おれ、気づいてた。だからもし、お前が辛いんならって思ってたけど」
スマートフォンを持つ手が震えた。
「祝ってくれて、ありがとうな」
すう、と涙が頬を伝って、シャツの襟元にほたりと落ちる。
「お前は親友だ」
「うん」
「また飲み行こう」
「うん」
溢れる涙はそのままに、勝也は微笑んだ。
「なあ明」
「おう」
「僕、純愛、貫いただろ」
一拍おいて、明は爆笑した。
「お前、すっごいこと言うな!」
「うるさいな、もう。飲み行こう。明のおごりで」
「なんだとこのやろ。お前稼いでるんだから、お前がおごれよ」
「愛子ちゃん連れてきてよ。そしたらおごる」
「ばか、あいつ今飲めないんだって」
「あ、そうか、じゃあ食事会だ」
「お、それ、いいな」
青坊主。
――僕は、幸せだ。
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