ボッチとビッチの友人の恋物語
禾口田光軍 わだてる
プロローグ
俺の名前は
新たに始まる学園生活に胸を躍らせ、新たな友と一緒に楽しく学生ライフを満喫……することなく、2学期にはボッチとなった男だ。
入学当初は俺に話しかけてきたり、仲間に入れようとしたりしてくれるクラスメイトはいたのだが、いかんせん俺の性格がいろいろあれで、今では授業で事務的な会話しかない。
俺も一人の方が楽だし、何にも束縛されない現状にすごく満足しているから気にしてないのだが、先生からの圧が悩みの種だった。
別にいじめとかじゃないんだからいいじゃん。「友達を作らないと、つまんない学生生活になる」とか「ずっと一人だが、何が楽しいんだ」とかはまだいい。「部活もせず友達も作らず、何しに学校に来てるんだ」はおかしいだろ。勉強しに来てるに決まってんだろ。わざわざ親が授業料払ってくれてるんだぞ、その分勉強に集中して何が悪い。
……すまん、俺の性格のいろいろあれの部分が出てしまった。補足すると、一言一句そのまま先生に反論してるから。そのせいで先生たちからは不良のレッテルを貼られ、親まで呼び出されることになった。解せぬ。
不良のレッテルのせいか、今ではクラス担任の先生しか俺を気にしなくなったのは不幸中の幸いだったな。クラスメイトも俺をいない者として扱ってくれてるのが助かる。
今日もいつもと変わらない、静かな一日を過ごすつもりだったんだ……。
「あんた、さっきから何秋穂の胸見てんの?」
昼休憩、いつも通り自分の席で親が作ってくれた弁当を食べていると、クラスメイトの女子の一人に睨まれることになった。
箸をおいて見上げると、クラスどころか学年の中でも男子の人気ナンバー2の佐々木夏美。見た目はギャルそのもので、放課後はパパ活で荒稼ぎしているという噂や、お金を渡せばヤらせてもらえるという噂が流れている。本人も噂を肯定も否定もしない、自称ビッチ。
ボッチを満喫したい俺としては関わりたくない人だ。彼女はこのクラスのカーストトップ、関わると嫌でも視線が集まる。
そんな彼女は何と言っていた?「秋穂の胸」と言ってたな……秋穂とは五十嵐秋穂、男子人気ナンバー1の女子のことだろう。五十嵐は佐々木と違ってギャルでもビッチでもない。今時珍しい黒髪で時折俺にも話しかけてくる女子だ。その清楚な雰囲気、麗しい顔、優しい性格、そして豊満な胸……華奢な体にあの胸はダメだろ。学年どころかこの学園の男子がその胸に注目しているといっても過言ではない。
見た目も中身も正反対な二人は、何故か仲がいい。学園の中では常に一緒に行動しているほどだ。今も佐々木の友人と一緒に昼ご飯を食べている。佐々木のせいで俺の方を恥ずかしそうに見ているが。
さて……胸を見たかどうかだが、俺は五十嵐の胸元を見ていた。それは嘘じゃない。
だって、佐々木が「秋穂の胸、また成長したの⁉また差を付けられた⁉」とか騒いでいたら見るだろ。誰だって見るわ。思春期男子の性欲なめんな。
佐々木の胸だって小さくない、むしろ大きいほうだと思っているのに、それよりも……それに俺だけじゃないだろ。他の男子の今を見てみろ、全員白々しく視線外しているぞ。
はぁ……面倒くさい。
「五十嵐さん、胸元を見てごめんなさい」
やましいことがあったら即謝罪。当然困惑する五十嵐。深々と頭を下げて謝ったのだから、これで佐々木も満足だろう。さぁ、戻ろう。
「ちょい待てや、お前あれだろ?どうせ秋穂をエロい目で見てんだろ?」
「は?当たり前だろ。男子全員がそういう目で見てるだろ、性欲旺盛な男子をなめんな」
「あん?」
「クラスの中心で下ネタとか平気で話すんじゃねぇよ。そういうのに敏感なんだよ、俺たち男子は」
素直に認めた俺を物珍しそうにニヤニヤと見ている佐々木と、余計なことを言うなというクラスメイト男子の視線を浴びながら席に戻る。どうでもいいから俺を目立たせないでくれ。
「へぇ~、ってことは私のこともおかずにしてんの?やらし~」
「興味ない。俺のおかずはセクシー女優の岩原希望嬢だ。お前は論外」
「本人を前に言うねぇ。思ってたより面白いじゃん、垣野内。で、秋穂の胸見た感想は?」
「心配しなくても佐々木も胸大きいだろ。二人とも眼福です、ありがとうございます」
「あはははは、やっぱ面白いわ。あんたもこっちに来なよ。学年の二大巨乳と一緒に飯食べようぜ」
クラスの男子の視線がさらに強くなる。こんなに注目されたのは一学期の自己紹介の時以来だ。嬉しくねぇ。
だいたい、女子しかいないグループに男子が一人混ざるとか、ボッチでなくてもハードル高いわ。そういうのはクラスの陽キャに任せるに限る。俺はごめんだ。
「ノーセンキューだ」
三十六計逃げるに如かず。余計なことをされる前に逃げるが勝ち。
俺は弁当箱を包んで教室から逃走することにした。これ以上目立ってたまるか。俺は一人で過ごすことが好きなんだ。
「あちゃ~、逃がしたか。でもぉ……簡単に逃がすと思わないことよ」
「な、夏美ちゃん?」
「ごめんねぇ、秋穂。私があんたの胸を強調したばかりに……謝罪として揉むわ」
「へ?きゃっ‼夏美ちゃん⁉」
俺を取り逃がしたことで何故か矛先が五十嵐に向かったらしく、中庭でボッチ飯を満喫して教室に戻ったらクラスメイトの男子全員が前傾姿勢で席に座っていたし、五十嵐が豊満な胸を隠すように教室の隅でいじけていた。
何があったんだ、俺がいない間に……。
得意げな佐々木と目が合ってしまったが、我関せずで俺の席に戻ることにした。
多分だが、俺の平穏な学園生活は今日で終わることになるんだろうな。
頑張ってくれ、明日の俺。
恨むぞ、昨日の俺。
教室に入ってすぐに早退したくなったのは今日が初めてだ。皆勤賞を目標としているから早退は絶対にしないと決めてる俺が、扉を開けてすぐ閉めて帰ろうとした理由は、五十嵐と佐々木のトップカースト含め、クラスの陽キャどもが俺の席の周りで談笑してやがった。
絶対発端は佐々木だろ。五十嵐や佐々木の取り巻きを連れて俺の席の辺りで待ち伏せ、そしてクラスの陽キャ男子どもが理由をつけて五十嵐に接近ってとこだろ。
あの中に入るのは論外だ。しかし早退するわけにはいかない……仕方ない、先生と一緒に教室に入ってあいつらが散るのを待つか。
すまん、先生。また不良の後始末を押し付けてしまうな。許せ。
「そういうわけです。教室まで同伴してもらえませんか?」
「垣野内、いい加減に私をからかうのはやめろ。あと、そのセリフはここ以外で言うな。誤解を招く」
「職員室ならいいのですか?」
「あぁ。私たちは大人だからな。冗談を聞き流せるが、生徒はまだ子どもだ。いろいろと面倒になる。だから職員室、そして生徒がここにいないときだけにしろ」
「わかりました。予鈴も鳴りましたし、さっそくデートしましょう。行きますよ、先生」
「……ボッチにこだわらなければいいだろう。さっさと友を作れ。問題児」
クラス担任の権俵先生は元レディースらしく、怒らせると怖いが生徒と程よくいい距離で接してくれるため生徒から信頼がとても篤く、俺のことも少しは気にかけてくれている。
あと数か月の付き合いだから気をしっかり持って、権俵先生。
教室まで一言も話さず、ソーシャルディスタンスもしっかりと守って移動し、本鈴が鳴る前に俺が教室に入る。変わらず俺の席の周りの密度が濃い。やめろ、ソーシャルディスタンスをとれ。
俺の姿を見て佐々木がにやりと笑みを浮かべたと同時に本鈴が鳴り、権俵先生が登場。
「おら、ガキども。さっさと席に戻れ。ホームルームの時間だ」
「権ちゃん先生、来るの早いって」
「うるさい。私だってのんびりしたかったよ。日直、号令」
権俵先生が俺の方をちらっと睨んで溜息を吐いて教卓に向かう。俺だってのんびりしたかったんだよ、最後の自由を満喫したかったんだよ。
着席の号令で俺も席に座るが……生暖かい。誰か座っていたな?机に伏せると、なにやら香水の匂いが……。これもあの有名な香水のせいなのか。ひどい、俺が何をしたというんだ。こんな仕打ち、あんまりだ。授業中寝れないじゃないか。
「おはよう、垣野内」
「鬼畜の所業。俺が何をしたというんだ?」
一時間目の授業を起きて過ごすという屈辱に震えていると、その元凶だろう佐々木が挨拶に来た。
こいつ……。
「あら、ボッチな童貞くんには効きすぎたのかしら?私たちの匂い」
「残念だったな、臭いフェチじゃないんだ。香水なんて拷問だったぞ」
「あらあら、それは秋穂の匂いなんだけど……興奮しなかった?」
この言葉でクラスの男子が俺……もとい、俺の机を凝視する。この野郎……なんてことをっ!
「な、なぁ垣野内……くん、ちょっといいかな」
「やめろ。俺の机だ。男子の汗臭い香りが近づくんじゃない」
「そんなこと言うなよ、俺たち友達だろ?机交換しようぜ」
「ふざけんな、俺はボッチだ。友達なんて空想の生き物だ。値段交渉なら応じてもいい」
「ちょ、ちょっと⁉」
そして始まるオークション。焦る五十嵐と盛り上がるクラスメイトを見捨てて俺はトイレに向かった。ちょっと借りるよ、消臭スプレー。汗臭さや香水の匂いを消し去ってくれ、石鹸の香り。
オークションは盛り上がったようで、俺が戻ったときには涙を流して崩れ落ちている男子と拳を突き上げて勝利のポーズをとっている佐々木、拍手喝さいの女子と豊満な胸を撫で下ろしている五十嵐の姿だった。
何してんの、こいつら。
「あ、垣野内!あんたの机は私が競り落としたからね!」
「何やってんの、お前」
「あんたには私の香りが染みついた机を差し出すわ。私の匂いに包まれて授業を受けなさい」
「どうでもいいわ」
すでに交換済みなのだろう、俺の席にあった机は普段使っていた机ではなくなっている。
ご丁寧に『私からのプレゼント(ハート)』と書かれた付箋が貼られている。
さっそくだが、お前の出番だ。行け、消臭スプレー。
「おまっ……ありえないだろ⁉」
俺のものとなった机と椅子に満遍なく消臭を行う。馬鹿を見るかのような男子たちの視線を浴びながら、ハンカチで机と椅子をふき取り、俺は満足だ。
うん、石鹸のいい香りだ。さすが消臭スプレー。
「佐々木さん」
「何?」
「俺の取り分は?」
「私の机だよ。私が使ってたっていうプレミア価格があったんだから」
「消臭してしまったな」
「それはあんたがしたことよ。返品はうけつけないからね」
オークションをしたのに俺の取り分がないだと……ダメだ、ペースを崩されている。佐々木が何をしたいのかはわからないが、これ以上関わりたくない。
絡まれることはあるだろうが、俺から関わりたくない。
目立ってたまるか、あと二年ちょっとをボッチで過ごすんだよ、俺は。
まぁ、そんな願いなんて叶わないだろうな。
「何してんだ、お前ら」
その後の授業や休憩時間を平穏無事……とは言えないが、無難に過ごせたと思う。
オークション以降佐々木たちが俺のところに来なかったことが救いだったな。こっちはいつ巻き込まれるか気が気でなかったんだが、恐れていたことは昼休憩にやってきた。
お弁当箱をひっさげて。
「昼休みに何するかって、ご飯食べるに決まってんじゃん」
「なんで俺の周りを包囲してんだ?」
「あの……夏美ちゃんが垣野内くんと一緒にご飯食べたいって」
「夏美ってば、相変わらず強引だよね」
「ほんとほんと。良かったわね、ボッチくん」
ありがた迷惑な話だ。俺じゃなくて他の男子だったら喜んで受け入れるだろう。
ただ、残念ながら相手はボッチを好む俺だ。無視するに限る。
「あ、この席借りるね」
「は、はい!どうぞ!」
ちっ……俺の許可はいらないだと……?あっさり譲るな、陽キャどもが。もう少し粘れ。
俺の席は窓際の最後列、皆がうらやむ席かつ、一番先生に目を付けられる席だ。俺の隣に佐々木、前に五十嵐、五十嵐の横に佐々木の取り巻きが座って机を俺の席に近づけてくる。
「一緒に食べよ」
「ノーセンキューだ」
「だが、断る」
会話になってねぇ。食べ始めているから、今から移動するのは面倒だ。
落ち着け、俺。さっきの授業中に思いついた作戦を実行しろ。
『俺は壁、こいつらとは無関係作戦』始動。
「でさぁ~、昨日のパパは最悪だったわけよ。アレもいまいちだったし」
「ぎゃはは、あのおっさんそんなにダメだったの?ドンマイ夏美」
「夏美ちゃんも無理しちゃだめだからね」
「わかってるよ、秋穂はこっちに来ちゃだめだからね~」
「い、行きません!」
俺は壁。俺は壁。こいつらはただの騒音。よし。
「ごちそうさまでした」
「早っ、もっとゆっくり食べれば?」
「ゆっくり噛んで食べないと、体に良くないよ。垣野内くん。よかったら私のおかず食べてもらってもいい?」
お~お~、いきり立つな男子ども。もらうわけないだろ。だから殺気を抑えろ。俺がビビるだろ。
「秋穂、あんたのおかずもいいけど~……ボッチな童貞くんには、私のほうがおかずになるわよ。ねぇ?」
落ち着け男子ども。一斉に座って前のめりになるな。気持ちはわかるが落ち着け。
あと佐々木、あきらかに胸を強調するようなポーズをとるな。その恰好は童貞の俺には目に毒だ。五十嵐に悪影響を及ぼすな。
「か、垣野内くんは私のおかずと佐々木さんのおかず、どっちが……」
「ストップだ、五十嵐さん。俺を巻き込むな。その質問なら俺以外の奴に聞いてくれ」
ダメだ、俺は壁作戦は失敗だ。これ以上ここにいたら俺の学園生活が破綻してします。
どうすれば……どうすればいいんだっ!
助けてくれ、明日の俺!
諦めよう、1か月前の俺。
俺の学園生活が崩壊してしまった昼休憩からもう1か月も経ってしまった。あれから毎日、昼休憩だけ俺の周りに集まってご飯を一緒に食べるようになっていた。
慣れるもので、受け入れつつある俺がいる。昼休憩以外は俺にちょっかいをかけることもないので、これくらいならいいかと思っている。
「今回のパパは良かったわよ。いつもと違うホテルでさぁ~、初めてドレスコードの店に連れて行ってもらったのよ」
「その後は?」
「もちろん、朝まで楽しかったわよ。あの歳で絶倫だから、大満足よ」
「夏美やるぅ~」
この状況は受け入れているが、こいつらを受け入れているわけではない。こういう話題の場合は変わらず壁となる。クラスメイトの男子が聞き耳を立てているが、深入りしたくない。
興味がない訳じゃない、俺だって性欲は人並みにある。ただ、レベルが違いすぎて立ち入りたくない。
ちなみに五十嵐は顔を赤くしながらも聴き入っている。清楚な五十嵐も性には興味津々とのことだ。学生なのだから不思議ではない。クラスの男子の数人は崩れ落ちていたが。
「冬真、良かったら筆おろししてもいいよ~」
「良かったじゃん、垣野内。夏美の相手をするには諭吉さんが何人も必要な——」
「ノーセンキューだ」
弁当を食べ終えた俺は、我関せずと読書をして過ごしている。こんな風に俺に話しかけてくることもあるが、適当にあしらうことにしていた。
いつの間にか佐々木は俺のことを下の名前で呼ぶようになっていた。佐々木の取り巻き曰く「夏美はお気に入りを下の名前で呼ぶ」らしいがいい迷惑だ。何もしてないのに好感度が上がるなんて、ギャルゲーだと地雷女じゃないか。ふざけるな。
「冬真も私たちの話題に入っていいよ~」
「それもノーセンキューだ。関わりたくない」
「秋穂なんて私に性技を聞きたがるんだから、童貞だからって遠慮しなくていいよ?」
「夏美ちゃん⁉」
「今頑張ってパイズ——」
「わーっ!わーっ!」
……ご愁傷さまです。男子たちの今夜のおかずに決まってしまった五十嵐に合掌しておこう。
俺も家に帰ったら岩原希望嬢をおかずにしよう。学生服のやつ、買ってたよな。
こんな感じで俺の日常は変わり始めていた。数か月後の俺は思うことだろう。
『これはまだ序章だ』と。
佐々木が俺のことを早く飽きるのを祈っておこう、無駄だろうが。
残暑が過ぎて心地よい気温となった頃、クラスどころか学年、いや学園を震撼させる出来事が起こった。男子は驚愕、女子は興味津々という事件が発生し、その騒動に俺は巻き込まれることになった。
事の発端は朝の予鈴前、教室に到着する前に佐々木に誘拐されたことから始まる。
「冬真、ちょっとこっち来な」
「なんだ?」
いつもの軽い雰囲気ではなく、真剣な表情で呼び止められた。いつもの佐々木だったらついて行くことはなかったが、まじめな話ならと思ってついて行った。
今更だが、この学園は三つの棟がある。授業を受ける教室棟、理科室や音楽室がある実習棟、そして体育館だ。
俺が連れてこられたのは実習棟の中庭だった。ちらほら学生の姿はあるが、皆教室棟へ向かっているため俺たちに気付くことはなかった。
「お待たせ、秋穂。冬真を連れてきたよ」
「ありがとう、夏美ちゃん」
「五十嵐さん?」
何やら恥ずかしそうにうずくまっている五十嵐がそこにいた。その手には手紙を持っている。はは~ん。
「なんだ、何があったかと思えば五十嵐さんがラブレターを受け取っただけか」
「は、はい……」
「私も登校してすぐに秋穂に拉致されちゃってさ。『どうしたらいい?』しか言わないのよ、可愛いでしょ」
「う~……」
「とりあえず、また後で話しましょう。そろそろ予鈴が鳴るわ。まったくこんな日くらいもっと早く登校しなさいよ」
「知らん。文句を言うなら五十嵐さんにラブレターを渡した奴に言え」
「秋穂。あとでちゃんと話を聞くから教室に戻るわよ」
「な、夏美ちゃん、冬真くん……私、どんな顔したらいいの?」
「「笑えばいいと思うよ」」
五十嵐の問いかけに俺と佐々木が声をそろえて答える。前々から思っていたが、こいつ、アニメ好きだろ。ってか、佐々木には悟られてる気がする。やめろ、同類見つけたみたいな目を向けるな。
「『私にラブレターを渡すなんて、無謀なことを』って嘲笑えばいいわ」
「『ラブレター?はん、私相手によく渡せたわね』って鼻で笑え」
「二人とも、私でもそれは違うってわかるからね?」
1時間目の授業が終わり、佐々木に手招きをされて俺は五十嵐の席に近くに来た。休憩時間に自分の席から離れたのは、トイレ以外では初めてかもしれん。
当然ながら、俺たちはクラスメイトに注目されている。椅子に座っている五十嵐、その前の席に座っている佐々木、そして五十嵐の机の横に立っている俺。座ればいい?無理無理、知らない奴の椅子には座れない。
佐々木の取り巻きも近くに入るが、真面目な顔した佐々木を心配そうに見ている。
「さて、秋穂。ラブレターはちゃんと読んだ?」
この佐々木の発言で教室が静まり返る。学園一の美少女がラブレターを受け取った。この事実を上手く吞み込めていないのだろう。
「ちょっとだけ……」
「ちゃんと読みなさいよ。じゃないと相談に乗れないでしょ」
「声に出したほうがいい?」
「五十嵐さん、それはやめてあげて。送り主が可哀そうだ」
ラブレターを音読なんて、俺がされたら不登校になるわ。転校も辞さないわ。
鞄の中から封筒を取り出して封を開け、中に入っていた便箋に目を通す五十嵐。ラブレターを覗き見しようとするクラスメイトを五十嵐の後ろに立って牽制しておく。佐々木も睨みを利かせてくれてるみたいだけど、ごめん、怖いわ。
しばらくして五十嵐は読み終えたのか、一息吐いて便箋を封筒に戻していた。
この間、誰も一言も話すことはなかった。
「読み終えたよ」
「どうだった?」
「うん、多分だけどラブレターだと思うの。放課後にある場所に来てほしいって」
「へぇ~……誰から?」
「ごめん、夏美ちゃん。その人に悪いから、耳を貸してもらってもいい?」
佐々木が身を乗り出し、五十嵐も佐々木の耳元に顔を寄せる。静かな教室だと、五十嵐の小声を聞き取る奴もいるだろう。仕方ないな、ラブレターの勇者に敬意をこめて。
幸せなら手をたたこう。
「パァン‼」
耳を澄ましていただろうクラスメイトは突然の手拍子にびっくりしていた。わざと大きく響くように手拍子したからな。ざまぁ。
「おま……垣野内っ!」
「すまん。蚊が飛んでたからつい」
クラスメイトの男子だけでなく女子からも怒りの視線を浴びせられるが、今更そんなの気にする俺じゃない。むしろ、俺をボッチに戻らせてくれ。頼む。
その間にも佐々木には五十嵐の小声は聞こえていたらしく、俺にサムズアップを向けていた。
「ありがとう、冬真くん」
「気にすんな、蚊がいたらO型の俺に被害が及ぶんだ。あいつら、俺を狙っているからな」
「冬真にもあとで送り主を教えるわね」
「興味ないからどうでもいい」
2時間目が始まる本鈴が鳴ったため、俺は自分の席に戻る。っていうか、なんで俺は呼ばれたんだ?そしてなんでのこのこついて行ってんだ、俺?
なんだかんだあって昼休み。いつものように俺の席に周りに集まるトップカーストの方々。もう慣れたものよ。
いつもとさらに違うのは、普段中庭とか違うクラスに行くクラスメイトが全員教室に残っていること。そして俺たちの会話を聞き逃さないよう耳を澄ましていること。
佐々木の取り巻きたちも静かにしてやがる。こっちのことは気にせずいつものように騒いでていいんだよ?
「で、秋穂はどうすんの?私と冬真を呼び出してたんだから、何かあるんでしょ?」
「ってか、俺必要か?席外そうか?」
「ううん、異性の意見も欲しくて……私と話してくれるの、冬真くんしかいないし」
「あん?言っておくけど、年齢=彼女いない歴だからな?そういうのは偏見しかないし、こいつに至っては参考にすらならんだろ。人選ミスすぎないか?」
「そうね、相談相手に選んでくれたのはすごくうれしいけど、参考にならないかも」
「ううん。ありきたりな意見だったら私が出せるから。自称ビッチな夏美ちゃんと自称ボッチな冬真くんの意見が欲しいの」
「言われてますよ、尻軽さん」
「言われてますね、童貞くん」
異性の意見ねぇ……ラブレターもらったことないからわからないわ。昼ごはん食べてるんだけど、クラスメイトはご飯に手を付けずに俺たちに集中してるっぽい。
いいのか?食べておかないと午後から苦痛だぞ。
「私の意見としては……とりあえずやっちゃえば?」
「却下」
「私は秋穂に言ったんだけど?童貞の意見は求めてないっつの」
佐々木から予想通りの意見が出た。予想通りすぎて食い気味に言葉が出たわ。
「私もそこまで振り切れないよ、夏美ちゃん」
「秋穂はどうしたいんよ?」
「私は……相手のことよく知らないから」
「ん?だったら知ればいいんじゃない?」
俺の言葉に五十嵐が不思議そうに見つめてくる。ってか、クラスメイトの皆も隠すことなく俺たちの方見てるよな。せめて隠せ、がっつり見るな。
「あ~……向こうだって五十嵐のことを詳しく知らないんじゃないか?このクラスの男子じゃないんだろ?」
「え、あ、はい。違うクラスの人です」
「お互いに知らないことだらけで付き合うのは不安だし、何も知らないのに断るのは申し訳ない、とか考えてそうだろ、五十嵐さんは」
「そ、その通りです」
「なら、知ればいいだろ。お互いに。その後で返事をしたらいい」
「お見合いでもすんの?『ご趣味は?』みたいな?」
「それはそれでいいかもしれないな。けれど、それだったら時間稼ぎにはならんだろ。俺のおすすめは『文通』だ」
「文通……ですか?」
「古っ、SNSとかいろいろあるじゃん。何で文通?」
「SNSだと急かされてる感じがするからなぁ。既読スルーとか、即レスとかいろいろ面倒。直接話すのもお勧めしないな。話題がないと話が詰まる。そもそも五十嵐さんが男子と話してるのを見たことないんだけど」
「そりゃそうよ。私たちが選別してるんだから。下心しかない男子はお断りよ」
「あ、俺五十嵐さんに下心あるから離れてもいい?」
「却下」
「冬真くん、さすがに今更だよ」
ちっ、もっと他人に興味を持つべきだったのか。五十嵐や佐々木に興味を持っていれば……あぁ、無理だ。こいつらに興味関心が全然湧かないわ。二次元最高。
「ん、続けるぞ。文通だったら返事待ちとか心配する必要ないし、ゆっくりと相手に伝えたいこと、聞きたいことを書ける。そしてお互いのことを知るまで時間がかかるから、返事もゆっくりとできる。それに、自分の言葉を文字にするのってなかなか難しい上に、その言葉には心が籠る。相手のことを知るにはうってつけだと思うが……どうだ?」
静かな教室に俺の言葉が響く。やめろ、聴き入るな。
誰だ、今『へぇ~』ボタンを押した奴は。せめて『深い~』だろ。
「いいですね。それ」
「私的にはSNSの方が手っ取り早いと思うけれど、秋穂はそんなタイプじゃないわね」
「うん、冬真くんのいう通り、文通のほうがドキドキすると思う」
「そうだな。いつ返事が来るかわかるから楽しみにもなるよな」
「ありがとう冬真くん!放課後にそのことを相手に伝えてみます!」
「はいはい、がんばれ。ごちそうさまでした」
ご飯も食べ終えたし、俺の意見も伝えたし、もういいだろう。腹も膨れたし、寝るか。
「放課後なんだけど……待ち合わせ場所に冬真くんも来てくれないかな?」
「行くわけないだろ。お互い気まずいわ」
数日後、またしても俺の登校を邪魔する奴が現れた。
「ごめん、急に呼び止めて。キミに聞きたいことがあるだ」
なんだ、このイケメン。誰だ、このイケメン。
教室に向かう途中で声を掛けられ、気が付いたら体育館裏にいた。
だから何でついて行ってんだ、俺?持ち前のスルースキルはどうしたというんだ?
「垣野内冬真くんだよね。俺のこと知ってるかな?」
「知らん」
「あ、そうなんだ。俺は伊集院春斗。隣のクラスなんだけど、聞いたことない?」
「知らん」
なんだこのイケメン。自己評価が過大なんじゃないか?イケメンだからって有名と思うなよ。
そもそもクラスメイトの名前も覚えてないんだ、隣のクラスなんて知ってるわけないだろう。ボッチなめんな。
「あれ?五十嵐さんから聞いてない?ほら、文通のことで」
「あぁ、ラブレターの送り主か」
「そうそう。聞いてない?」
「あぁ、興味なかったから送り主の名前聞いてなかったな」
「そ、そう……あれ?なんで?」
何やら困惑しているイケメン。困っている姿も様になるって、すごいな。
ははぁ~ん、さてはあれだな?俺が五十嵐の近くにいるからって牽制してるんだな?
まったく、勘違いにもほどがある。
「おいそこのイケメン」
「あれ?さっき自己紹介したよね?名前教えたよね?」
「知らん。そんなことはどうでもいい。さっさと要件済ませろ。本鈴までに教室にいないと皆勤賞がもらえないだろ」
「えっと……五十嵐さんのことで聞きたいことがあるんだけど」
「知らん」
「そんなこと言わないでほしいな。キミが彼女に一番近い異性なんだよ」
「そういわれても興味関心がないから名前以外知らんのだが」
「はい?」
「趣味とか生年月日とか、全く知らん。話してたかもしれんが、聞いてないからなぁ」
「そ、そんなことがあるのか?」
「伊集院さんだっけ?文通は続いてる?」
「あ、あぁ……」
「良かったね、今一番五十嵐さんに詳しい男子はあんただよ」
納得がいってないイケメンだったが、予鈴が鳴ったので放置して教室に戻ることにした。
そりゃそうだよな、昼ごはんを一緒に食べてるから余計な誤解を招いたんだよな。
「そういうわけで今日から一人でごはんを食べたいんだが?」
「何をいまさら」
「そうですよ、もう冬真くんは私たちのグループに入ってますから。それに……」
「そうね。ここで冬真が一人でご飯食べてたら、男子たちが押しかけてくると思うわよ」
「あ~……」
佐々木の言いたいことがわかってしまった。数か月一緒にご飯食べてたら、この二人のいろいろなことを知っていると思われてそうだ。実際、今朝がそうだった。
それにこの二人との接点扱いとかされそうだ。
もう、俺に平穏は来ないのか。
「そういえば、佐々木さん。取り巻きの皆さんは?」
「ん?あ~、私が秋穂とあんたを優先しすぎて離れていったわ。どうでもいいから放置してる」
「うっすい関係だな。やっぱり友達なんて必要ないわ。ボッチ最強」
「わ、私は冬真くんのこと、友達と思ってますよ?」
「やめてくれ。ノーセンキューだ」
少し離れたところに座っている佐々木の元取り巻きたちをうらやましく思う。いいなぁ、こいつらから離れることが出来て。
戻りたくなったら言ってくれ、すぐに代わるから。
元取り巻きは廊下側の席に座っているため、ふと視線を上げると、廊下から俺たちを見ている集団がいることに気付いた。俺たちというか、五十嵐と佐々木だろうな。
五十嵐が告白されたことはすでに学園中に知られている。
さぞかし俺のことが邪魔だろう。すまんな。代わりたいとは思っているんだ。
その中にこっそりと伊集院がいるのを見逃さなかった。
「そういえば、ラブレターの送り主と今朝会ったな」
「あら珍しい。冬真から話題が出るなんて」
「何か言ってました?」
「五十嵐さんのことを聞かれたくらい?」
「なんて答えた?」
「知らん。と答えた。名前以外知らないのだから仕方ない。そいつも驚いていたな」
「なら私のことを含めて教えてあげるから連絡先教えてくれない?童貞くんには目に毒な写メを送ってあげるよ」
「ノーセンキューだ。ごちそうさまでした」
普段よりも強い周りの視線に溜息を吐いてその場を離れる。羨ましそうに見られたり、恨むように見られたり、中には憐れむように見る奴もいる。
何度も言うが、本当に代わってほしい。
ってか、何をしてるんだ陽キャどもが。前まで教室の中でウェイウェイしていただろうが。そのノリで佐々木や五十嵐に絡みに行けよ。漁夫の利、狙いにいけや。
それからまた一か月後、俺は登校時にまた拉致された。
登校時に拉致されるのはほぼ毎日のことだから、もう諦めた。諦めたがギリギリに登校することは辞めていない。俺は俺のペースで学園生活をおくることは諦めていない。
今日の誘拐犯は伊集院。用件は文通の返事について。ちなみに昨日は言わずもがな、五十嵐と佐々木。
こいつらは俺を万屋とでも思っているのだろうか。俺の立ち位置を変えないでほしい。
「おはよう、冬真」
「はいはい、おはよう伊集院さん。今日は何?」
「あぁ、今日は冬真にお願いがあるんだ。聞いてくれるよな?答えは聞いてない!」
「朝からそのノリはやめろって……今のヒーローは『サクッと倒すよ!』だ。倒してもいいか?」
「むしろ冬真が倒されるんじゃないか?負ける未来は見えないぞ?」
「……ものの例えだ。頼むから早く用件を言ってくれ。もうすぐ予鈴が鳴る」
「相変わらずだな、その気になったらカーストトップになれるのにもったいない」
「そういうのは興味ない。一人で過ごしたほうが気が楽だって、前にも言っただろう」
時計を確認すると、まだ数分の余裕はある。こうやってなんだかんだ付き合ってしまうのは、良くないことだな。わかっているのに付き合ってしまうのは本当に何故だ?
溜息を吐いていつものようにベンチに座る伊集院の隣に腰を下ろす。
そういえば、いつから俺のことを名前呼びするようになったのやら。
「冬真、もうすぐ部活の県大会が始まるんだ」
「あ~……バレー部だったか?お疲れ様」
「おう。一年だけどレギュラーだから頑張らないとな!で、だ。その県大会に秋穂ちゃんを呼ぶんだけど……」
「いいんじゃないか?しっかり活躍したら評価も上がるだろうな。女子ってそういうもんだ、ソースは恋愛ゲーム」
「練習試合に冬真も応援に来てくれないか?」
「県大会はどうした?」
時間もないので要約すると、県大会の前に今週の土日に練習試合がある。土日は授業がないため、応援はいないし見学もまばらなのだが、練習試合、欲張れば練習にも五十嵐にきてもらいたい。もっと欲張ればマネージャーになって側で応援してほしい……なんだ、このリア充計画は。
「冬真が来るなら、秋穂ちゃんも来やすくなると思うんだ」
「人を使ってハードルを下げるな。下を潜れなくなるだろ」
「頼むって、親友だろ?冬真が声掛けたら絶対来てくれるって!」
「勝手にハードル上げるな。第一、俺が誘ってみろ。怪しまれるだろうが」
「……怪しまれたら、それはそれで都合良いんじゃないか?あわよくば、二人ともお前から引いてくれるかもしれないぞ?」
「…………」
こいつ、天才か?
そういえば前に、下心ある奴は避けるみたいなことを言っていた気がする!
こいつの下心を利用すればボッチに戻れる?
「わかった。五十嵐さんに伝えたらいいんだな」
「俺も遠回しに誘っているんだけどな。念のためよろしく!」
うまくいくとは思っていないが、やってみて後悔することはないだろう。成功することは祈っておく。
「いいですよ」
ほら、上手くいかなかった。
昼食時、伊集院に言われるままに今週末のお誘いをしたところ、あっさりと了承を得てしまった。引くどころか「それが何か?」と言わんばかりにあっさりと。
誘い方が悪かったか?
「五十嵐、俺と日曜にデートしよう」
「はい、いいですよ」
「あれぇ~?」
「言っとくけど、秋穂の中ではあんた、好感度と信頼度が高いんだから。家に誘われない限りは断らないわよ」
「五十嵐、俺の家に来いよ」
「はい、いいですよ」
「おい」
「この流れで真剣に伝わると思ってんの?馬鹿じゃない?秋穂も冗談と思ったから断らなかったんでしょ」
「夏美ちゃん、単に冬真くんの家に興味があるからだよ」
「あれぇ~?」
おかしい。俺、何をした?何もしなかったはずだろ、なんで好感度が上がってるんだ?
何もしなかったら下がるんじゃなかったのか?教えてくれ、恋愛ゲーム。
そして、クラスメイトよ。冗談だって。「行きたい」と言われても断るから、殺気を向けるな。
「日曜ですよね。お昼に用事があるので、家に行くのは夜になるかもしれませんが、良いですか?」
「良くねぇよ。本気にするな、絶対に家に入れないからな」
「遠慮しなくてもいいよ?卒業が3Pなんて男の夢じゃん?」
「ビッチも黙ってろ。俺の用事はその昼のやつだ。五十嵐さんの文通相手から誘われてんの。部活の応援に来てほしいって」
「あ、それだったら私も誘われてますよ。もともと夏美ちゃんと冬真くんを誘うつもりでしたから大丈夫です」
「おん?」
「一人だったら来づらいだろうから、仲のいい子を誘ってきてほしいって。夏美ちゃんも来てくれる?」
「いいよ~。ちょうど日曜はパパ活予定ない日で暇してたし。それにしても、私らが何度誘っても休みの日は断っていたのに、彼からの誘いはあっさり受けるなんて、ずいぶん仲良くなったもんねぇ」
ニヤニヤしている佐々木の言葉に衝撃を受けた。本当だ、日曜の昼になんで外出することになってんだ、俺。
残暑が過ぎて過ごしやすくなったとはいえ、日曜だぞ。何を考えてたんだ、朝の俺。
「なんてことだ……お前らのせいか?」
「いや、人のせいにすんなし。じゃあ、昼は応援で夜は冬真の家で遊ぼっか」
「うん!」
「いや、だから来るな。来たら防犯ブザー鳴らすからな?」
夜は普通に両親、家にいるから。五十嵐と佐々木が来たら親が卒倒するから。
絶対に赤飯炊いたりするからな、個人情報はしっかり死守しないと……。
そんなこんなで日曜日。本当、なんで俺は学園に来てるんだ?
しかも、陽キャしかいないような体育館に……うわ、中は熱気で暑い。
「あ、来た来た」
「冬真、遅いぞ~」
「来ただけでも褒めていただきたい。で、どうなの?」
俺が来た頃にはすでに練習試合が始まっていて、こっそりと二階に上がったところでいつものメンツに捕まった。
五十嵐と佐々木の二人だけかと思ったが、佐々木の取り巻きの他クラスメイトが数人来ていた。
五十嵐の文通相手が誰なのかを見に来た感じか。
「出たり入ったりしているよ。バレーって何回も選手交代できるんだね」
「ん?そうなの?俺もそんなに詳しくないけど……」
伊集院の姿を確認すると、確かにコート上でプレイしていた。あいつ、一年だったよな。レギュラーか、好ポイントじゃん。
「伊集院くんだけユニフォームが違うんだけど、あれって理由あるの?」
「あぁ、リベロってポジションだな。俺も漫画知識しかないから知らん」
「へぇ~、レギュラーってすごいじゃん。ね、秋穂」
「うん、格好いいよね」
お、好印象じゃん。
五十嵐も声にだして応援しているし、明日からいろいろ大変だぞ、伊集院。
「部活に一生懸命な男子もいいわね」
「さすが尻軽女、そこに痺れも憧れもしない」
「そこまで飢えてないわよ。汗臭いの苦手だし」
「ほう、それは良いことを聞いたな。汗臭くなればいいのか」
「……帰宅部ボッチの童貞野郎がどう頑張ったら汗臭くなるのか教えてくれる?」
…………。
「俺には無理だな」
「そうね、諦めて秋穂の恋を応援しなさい」
「ん?そっちからも矢印出てんの?」
「思ったより話が合うみたいで、文通も楽しんでるわよ。今日の彼の姿見て惚れたのかしらね」
「そうか、それは良かったな」
佐々木と話しているとホイッスルが鳴って試合が終わったようだ。うちの学園、バレー強いんだな。相手チームも健闘したようだが、リードは譲らなかったそうだ。
伊集院が活躍したことを五十嵐も大層喜んでいるようで、側にいたくない。
違うんです、この子とは知り合いじゃありません。無関係です。
やめろ、伊集院。五十嵐のついでに俺に手を振るな。巻き込むんじゃない。
「セッティング、しなきゃね」
佐々木の独り言をしっかりと聞いてから、その場から退散する。
あの場に留まっていると、絶対クラスメイトから尋問される。いつもそうだ、俺じゃなくて佐々木とか五十嵐に問い詰めろよ。俺は何も知らん。
それはそうと、何でついてくるんですかね、佐々木さん?あなたの親友が放置されてますよ?
……やめろ、顔を近づけるな。耳元で囁かなくても声は聞こえる。耳元はくすぐったいんだよ!
「お疲れさん」
「ん?冬真!お疲れ!全然姿見せないから来ないかと思ってた」
俺が到着したのは本当に練習試合の終わりに近い時間だったようだ。爽やかに汗を拭いてチームメイトと談笑している伊集院に声を掛けたら嬉しそうにこっちに来た。
なんでこいつも好感度高いの?俺、何かした?
「行けたら行くわ、って金曜日に話したつもりだったが?」
「それで来てくれるのは嬉しいな。来てくれてありがとう」
「どういたしまして。今暇?」
「少しなら融通がきくけど、どうした?」
「呼び出し。俺の知人がお前に話があるんだとさ」
目を見開いたと思ったら、素早い動きでチームメイトに話しかけ、自分の荷物を持って駆け出そうとしている。
え?何?帰るの?
「待て待て待て」
「何⁉」
「いや、帰ろうとするな」
「ち、違うよ⁉冬真の知人のところに行くつもりだよ⁉」
「落ち着け。この後ミーティングとかあるんじゃないのか?」
「あるけど、そんなのはどうでもいい!」
何言ってるんだ、こいつ。どうでもよくないのは俺でもわかる。
だって、伊集院が伝言を渡した相手がしどろもどろになっているし、明らかに一年生の部員が先輩に泣きついてるし、顧問らしき先生が怒っているんだから。
「とりあえず荷物を置いて、先生に伝えてから行け。部活動が終わってからでも話くらいできるだろ。パッと行ってパッと戻ってきて、ミーティングとか終わってから続きをすればいい」
「そ、それもそうだな!すまん、行ってくる!」
そう言い残して、伊集院は荷物を俺に渡して脱兎のごとく駆け抜けていった。
何もわかってないじゃないか。この場の後始末、どうしてくれんだ、おい。
さすがに部外者の俺を怒るわけにもいかないのだろう、顧問の先生に誠心誠意謝罪をしたら許してもらえた。
いや、なんで俺が許しを乞うてるんだ?
伊集院にはあとできつく叱っておいてほしい、と伝言を残して、その場を後にした。
まったく、いらない苦労を押し付けやがって。
「お疲れ様、冬真」
帰宅してると、校門で佐々木が立っていた。ちょっと予想外だったな。
「五十嵐さんの見守りしなくていいのか?」
「大丈夫でしょ、彼が守ってくれるわよ」
「これで俺の負担も減るよ」
「は?逃がすわけないじゃん。あんたも秋穂の惚気に付き合いなさいよ」
「やだよ。ボッチには苦痛でしかないんだからな」
いつも通り一人で帰ろうとしていると、佐々木が俺の横をついて歩いている。一緒に帰る気?
「何?」
「ん?一緒に帰るんだけど?」
「ノーセンキューだ。一人で帰れ」
「いいじゃん、駅まで一緒に帰ろうよ」
その後、何度も拒否していたのだが、拒否しながらもなんだかんだ駅まで一緒に歩いてしまった。なんで俺は強い拒否ができなくなってしまったんだ……。
学園から駅までの道のりは、佐々木が一方的に話してきて俺が適当に相槌を打っての繰り返しだったが、いつもの昼休みと変わらないやり取りだった。気が知れているというか、慣れているというか、最後の方は笑っていた気もする。
「ねぇ、冬真」
「ん?」
「私たち、なんだかんだ仲いいよね」
「できれば今すぐにでも離れたいとは思っているが?」
「変わらないね、あんた」
いつもと違う、どこかよそよそしい笑顔を見せてくる。端から見たらカップルにでも見えているのだろうか。
佐々木は黙っていれば美少女の括りに入るから、周りの視線が俺たちに集まっているのがわかる。日曜の夕方なのに人が多い。
「冬真。私たちも付き合おうよ。一緒に青春楽しもう」
いちいち絵になるな。俺でもドキッとなってしまう。
こんな衆目を集めながら告白?する佐々木の度胸には尊敬する。俺だったらこんなことはできない。
夢の国でプロポーズする人たちに通ずるものがある。すごい自己評価の高さだ。
「付き合うって、恋人になれと?」
「そだよ。今まで通り一緒にご飯食べて、今までと違って一緒に帰ったりデートしたり、さ。今日みたいに休みの日も遊んだり、ね」
佐々木の表情や場所のせいだろうか、告白されている感じがしない。俺が知っている告白シーンはこういうものじゃない、と思う。
実際、佐々木から『好き』とは言われていないからな。恋人というより付き人になりそうだが……残念なことに、それはそれで楽しいのでは、と思う俺もいる。
まぁ、なんだかんだ答えは決まっているからいっか。
「佐々木。答えはNOだ。すまんな」
俺の答えに、佐々木は落胆……することなく、花が咲くような笑顔で俺を見ていた。
ボッチとビッチの友人の恋物語 禾口田光軍 わだてる @wadateru
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