どう考えても俺の召喚魔術だけ使い方がおかしい件~自分の身体に『幻獣の魂』を召喚して戦う固有スキルが最強だったので、最速で英雄への道を駆け上がります!
だいたいねむい
第1話 『俺の人生、完全に詰む』
――ぷすん。
光り輝いていた魔法陣が間抜けな音を立て、暗くなった。
出たのは、魔獣ではなく魔力の余波――ちょっとした衝撃波だけだった。
「まさか、子供用の補助魔法陣を用いてすら、スライム一体すら召喚できないとは。……この無能め」
父上が吐き捨てる。
信頼を裏切られた底なしの失望と、業火のような憤怒。
屋敷の地下深くに作られた修練場に、そんな感情が満ち満ちていた。
「父上……俺はまだ……ッ! もう一度だけ……ッッ!!」
まだだ。まだ俺はやれる。
スライムよりは難しいが、まだ試していない魔獣は何種類もいる。
折れそうな心を奮い立たせ、父上の足元にすがりつく。
「ルイ、これで百二十六回目だ」
俺に対しては厳しくも優しかった父上の瞳には、もはや何の感情も湛えられていなかった。
「召喚術士として数百年の歴史がある我が家において、これほど才のない者はいなかった。お前はタンストール家の恥そのものだ」
「…………」
「お前はたしかに一生懸命勉強をしていた。一日たりとも、鍛錬を欠かさなかった。魔力量はすでに私の倍はあるだろう。その努力は認めよう。だが魔獣を召喚できぬのなら、それはただの無能だ」
「……ッッ」
我が家――タンストール家に生まれた男子は、三歳になると一流の召喚術士となるべく英才教育を施される。
そして、十五の誕生日――つまり今日、その成果を試されるのだ。
父上はかつてこの試験で、今や護国の象徴とも言うべき父上の契約魔獣――炎竜を召喚したという。
数百年にわたるタンストール家の歴史でも類まれな、天賦の才だ。
俺はその息子。
だから俺は、父上ほどではないにせよ、ワイバーンくらいは召喚できるようになるだろうと考えていた。
だが、結果はこのざまだ。
「召喚魔術を使えぬ以上、タンストールの家名を継がせるわけにはいかぬ。お前はもう私の息子でも何でもない」
「…………」
父上が続ける。
「お前は今日で十五だ。市井の者ならば一人で暮らしていく年になる。せめてもの情けだ、三日やる。その間に支度をととのえて、この家を去るがよい」
淡々とそれだけ言うと、父上は踵を返し、修練場から出ていった。
俺はその後ろ姿を、ただじっと眺めることしかできなかった。
◇
「ほらよ『へっぴり虫』。これがお前の取り分だ」
バカにしたような口調とともに、青錆だらけの銅貨が放り投げられる。
銅貨は冒険者ギルドラウンジの年季の入ったテーブルの上を転がり、カラカラと乾いた音を立てた。
その数、たったの三枚。
「バレットさん、なんすか……これは」
怒りで言葉の端が震える。
「あぁ? 見りゃわかんだろ、報酬だ。まさか初級魔術すらスカるどころか、数すら数えられねえのか? お前は」
目の前の大男――バレットがずっしりと重たい革袋を片付けつつ、ギロリと俺を睨み付けた。
すでに、俺の所属する『
もちろん連中は、正規の報酬を受け取っている。
「おかしいじゃないっすか!」
両手をバン! とテーブルに叩きつけ、俺は抗議する。
「今朝、ダンジョンに潜る前に、俺の取り分は銀貨十枚だって、あんた言ってたよな!? なのに、ここにあるのは銅貨がたった三枚だけだ! これじゃあ、今日の晩飯どころか黒パンをひと欠片買って終わりだ!」
取り分の分配を一番後回しにされたこととか、俺の魔術のせいで『へっぴり虫』というあだ名を勝手に付けられたこととかは、このさい脇に置いておく。
だが、俺だって一人の冒険者だ。
たしかに魔術が効果を発揮しない以上、戦闘には参加できていない。
けれども戦闘中に荷物番をしたり、移動中は重たい荷物を持つのだって、パーティーの重要な役回りだ。
まかり間違っても銅貨三枚程度の働きではないはずだ。
「はあ? あんな話、冗談に決まってんだろ。どこの世界に、ただの荷物持ちの新入りに銀貨を恵んでやるバカがいるってんだ。テメーが俺様に言うべきセリフは『ああ偉大なるバレット様、『へっぴり虫』で魔術も使えねえクズでマヌケなこの私めに銅貨を三枚もお恵み下さり、誠にありがとうございます』だろ?」
だがバレットは完全にバカにしたような口調で、そう言い放つ。
ぶちっ、と頭の中で何かが切れた気がした。
「この……ふざけんなよ!」
「お? やるのか? 別に構わんぞ、俺は。たった銅貨三枚とはいえ、テメーがここで死ねばくれてやる必要もなくなるからな」
俺が勢いよく立ち上がると同時に、バレットの目がスッと細まる。
ガッ、と脇に置いていた大剣の柄を握るのが見えた。
「お、ケンカか? ほどほどになー?」
「ちょっとバレットー、やるならさくっとお願いね? このあと皆でご飯行くでしょー? あ、童貞クンはお呼びじゃないから帰ってね」
「……雑魚が、調子に乗るなよ?」
俺たちのやりとりを遠巻きに見物していた他のメンバーたちがバレットに同調して煽ってくる。
そこで、我に返った。
まずい。
思わずバレットを怒らせてしまった。
コイツはチンピラ上がりの冒険者だが、ランクDの『戦士職』だ。
つまり冒険者ランク最低のE級のうえ誰でも登録できる職業『
戦えば、どうあがいても勝ち目はない。
選択肢は、一つしかなかった。
つまり、この場から逃げるッッ!!!
「……っ!」
俺は素早くテーブルに散らばった銅貨を拾い集めると、そのまま踵を返し、冒険者ギルドの扉を蹴り開けて外に飛び出した。
「ギャハハハッ! また明日も頼むぜ~、へっぴり虫くん!」
バレットのバカにしたような笑い声が背後から投げかけられる。
俺は振り返らず、激情に任せ、ただただ街の通りを駆け抜けた。
「ハア、ハア……ゼエ、ゼエ……」
魔術師の体力は少ない。
千歩も走らないうちに喉と胸が焼けるように苦しくなった。
足がもつれ、立っていられない。
手近な建物の壁を背中にあずけ、たまらず座り込む。
「……ハア、ハア……クソッ!!」
ガン! と建物の壁を殴る。
周囲に行き交う人々が一瞬ギョッとした表情で俺を見るが、すぐに何も見なかったことにして、そそくさと通りすぎてゆく。
それを視界に入れたくなくて、俺はじっと地面を睨み付けた。
◇
タンストール家を追い出されて、1年が経った。
食うや食わずの日々を過ごしたあと、どうにかこの街――ダンジョン都市アグルスに流れ着いた。
この国、ステラ共和国には『冒険者』という職業がある。
魔力を溜め込み異界と化した遺跡や洞窟――ダンジョンを探索して、出没する魔物を倒したときに出現する魔力の結晶――『魔石』を集める仕事だ。
魔石は文字通り魔力の塊で、抽出されたエネルギーは日常生活から軍事までありとあらゆるところで活用される。
それこそ湯を沸かすかまどから、攻城兵器まで、だ。
だから冒険者は、なりさえすれば食いっぱぐれない職業として人気があった。
それに強い魔物を倒したり、より多くの魔石を回収した者は武勇に優れた者として称えられる。
実際、冒険者の中には、その功績が認められて貴族や騎士になったり、稼いだ金を元手に商人として成功した者も多い。
少なくともギルドの説明では、そういう触れ込みだった。
正直、夢があった。
あるように見えた。
少なくとも、登録したての、何も知らない俺には。
「クソッ……!」
ガン! と建物の壁をもう一度殴る。
役立たずの自分が情けなくて、視界がじんわりと涙で歪んだ。
もちろん召喚魔術の行使に耐えうるように小さい頃から身体は鍛えていたし、今でも鍛錬を怠ったことはない。
けれども、『ジョブ』や『スキル』の差は絶対だ。
戦士系ジョブの連中には、魔術を使えない魔術師ジョブの俺では戦いにすらならない。もちろん魔物との戦闘なんて自殺行為以外の何物でもない。
かといって、冒険者を辞めることはできなかった。
魔術師である俺は、もはや普通の職業に就くことすらできない。
大工だって商人だって、生まれついてのジョブだ。
彼ら彼女らも、相応のスキルを生かして働いている。
もう、どうしようもなかった。
「戻らなきゃ……」
押し潰されそうな心に鞭を打つ。
鉛のように重たい足を前に出し、ギルドへと元来た道を歩み出す。
また明日も、あのチンピラ冒険者たちにバカにされながら危険なダンジョンに潜るのだ。
それでも道端で野良犬のように野垂れ死ぬよりはマシだった。
召喚魔術が使えないなら使えないなりに、貧しくてもいいから普通の暮らしがしたかった。だというのに、今の俺は。
認めたくはない。
けれど、認めざるをえない。
齢十六にして、俺の人生は完全に詰んでいた。
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