第2話 やるんかーい

 ざるそば200個の行方が気になり、食事がのどを通らなかった。兄ののどを狭くさせた張本人は、とくに悪びれることなく、夜飯のざるそばを何杯もおかわりするという呑気ぷり。少しだけ、いや、かなりイラっとした。


 お仕事体験は一日だけだったが、翌日、開店に合わせてモリモリフーズへ走った。なんとなくばつが悪く、電柱の陰に隠れていたのだが、


「おーい、キミも手伝いなさいよ」


 やっぱりともいうべきか、すぐに徳梅さんに見つかって搬入口に手招きされる。てゆうか、50メートルも離れてたのに、よく気付いたな。あの人、嗅覚も視覚も並じゃない。鷹の生まれ変わりかよ。


「ほらほら、コレコレ」と徳梅さんから、大量のざるそばが積み上げられた荷台ごと渡された。これをどこに運ぶかといえば――お店の中央に位置する6畳分の巨大なエンドである。


 うわっとあまりの迫力に息を呑む。


 そこには、まるで巨大なピラミッドのごとく、めんつゆが積み上げられているではないか。この圧倒的な陳列をした徳梅聖流とくばい せいるさんは、今日からめんつゆが特売セールに入るのよ、と鼻を鳴らして腕を組む。めんつゆに合わせてざるそばを売るのだ。


「で、でも、めんつゆは安いから売れるのはわかるんですが、保存できないざるそばも一緒に買ってくれるんでしょうか? しかも200個」


「当然」徳梅さんはぴしゃりと断言。エンドの前に設置された長机を叩き、「でも、んじゃなくて、んだけどね」

 じゃじゃんと、一枚の手作りチラシを見せてもらった。


【暑さに負けるな! ざるそば早食いイベント開催!】


 前もって、近所の大学の掲示板に貼らせてもらった結果、すでに50名の参加申し込みがあったようだ。


 でも、まだ人数が足りない。


 だって、200個のざるそばを売るには、早食いイベント参加者以外に、少なくても150人以上に買ってもらわないと。


 だけど、そんな僕の心配はすぐに杞憂に変わる。


 徳梅さんは「キミ、子供のくせして心配性ね」と、冷たい一撃を放ったあとに、ポケットからマジックを取り出して、チラシの文言をこう訂正した。


【暑さに負けるな! ざるそば早食いイベント開催!】


 つまり――めんつゆ特売セールに合わせて、このエンドの前で早食い+大食いイベントを急遽開催するのだ。


「明日から工事の人たちが働くでしょ。ざるそばってね気温が30度を超えると一気に売れるのよ。この辺ってほくほく弁当屋とファーストフードに喫茶店しかないじゃない。ショッピングモールも臨時休業してるし。必然的に、うちの冷たい系総菜の需要が増えるわけ」


 普段は20個ぐらいだけど、まあ多く見積もって30個は売れるかな。


「それに、イベントってさ、事前告知以外にも飛び入りで参加もあるわけ。去年やったときは、合計60人の参加だったから、今年もそれぐらいいくかな。60人もいれば、5人ぐらいは大食いやってくれるんじゃない? こっちは完食で商品券あげるし。ちなみに大食いはひとり20人前ね」


 通常売りの30個+早食い50個+大食い100個。ざっと見積もって180個。


「の、残りの20個はどうしましょう?」


「ああ、それはね、もう予約がいるのよ」


 徳梅さんは、おーいとドリンク売り場で品出しをしているバイトのおにいさんを手招きする。呼ばれた本人は、何事かとぱたぱた走ってきて、5秒後にのけぞった。


「お、おれも大食いやるんですか!?」

「そう。ざるそば好きでしょ?」

「い、いや、好きですけど、そんなに食べられないというか……」

「ふーん」

「おれ、体育会系じゃないし、大食いでもないし……」

「そっか。だめなんだ……」

 なんか妙に甘えた声を出した徳梅さん。

「……どうしようかな」

 え? そんなんで揺らいじゃうの、このおにいさん。

「……残念だな」

 またまた、切ない顔をする徳梅さん。深く目を閉じるおにいさん。だ、だめだ、流されちゃ――。



「やります」



 やるんかーい。



 自分で蒔いたタネでもあるけど、言うなれば徳梅さんは捕らぬ狸の皮算用をしている。確定した売れ数は、早食いの50人だけだ。


 妙に距離間が近い二人を前に、こう切り出した。


「で、でも、大食いに誰も参加してくれなかったらどうするんですか? 工事のおじさんが買ってくれなかったら」


 またまたつまらなそうな顔をする徳梅さん。「まあ」と一呼吸を置いて、


「その時は、キミと一緒にとった写真を使って――」


「や、やっぱり、僕を偉い人に突き出そうとするんじゃ!」


「――誤発注したから、みんな買いにきてくださいって、SNSに投稿するわよ」


 最近、そんなの流行ってるでしょ、とにんまりされた。

 そ、それで写真を。

 あんぐりする僕にトドメとばかり、



「モノが売れるなんて確実なものは何一つないけど、売るっていう熱い気持ちはもってなきゃね」




 子供のくせに、ミスを怖がらないの。



 

 そして――開店。

 お昼が近くなるにつれて、ガタイのいいおにいさんがぞろぞろとやってきた。間違いない。早食いイベントに参加する近所の大学生だ。その中の一人に、誤発注の共犯者である妹もいた。どうやら、昨日は兄の仕事ぶりを冷やかしにきたのではなく、早食いイベント開催日を間違えたらしい。妹はスタートと同時に一気にそばをすすり、好タイムを叩き出した。


 誰も大食いにチャレンジしてくれなかったらどうしようと心配したが、早食い参加者の半分以上が大食いに変更を申し出たらしく、無事ざるそばは完売となった。

 これなら、徳梅さんにノセられた、バイトのおにいさんも参加しなくてよさそうだが、本人はやる気まんまんだった。

 なんでも彼女に「かっこいいとこ見せてよ」と、またまた火を付けられて腕まくりしたのだ。


 そして――バイトのおにいさんの出番となった。顔を真っ赤にしながら、ざるそばを胃袋に流し込む。目に涙を浮かべて、めちゃめちゃしんどそう。


 おにいさん……ごめんなさい。


 ちらりとレフリー役の徳梅さんの顔を覗くと、なんだか楽しそう。再び頭から二本の角を生やしてる。


 やっぱりこの人――ドS過ぎる。


「みんな、がんばって~」


 でも、言葉ではと言いつつ、その目はおにいさんだけを見て。

 妙に頬を赤く染めて、自然と笑みがこぼれて。

 もしかしないまでも、この二人って――。

 けっ。

 大人って、こどもよりデレデレしてるよな。


 ちなみに、後日、先生に聞くと、毎回なにかやらかす生徒がいるので、その度に先生がお詫びもかねて、商品を買うというならわしになっているそうだ。たとえ今日のイベントが失敗しても、あとで元は取れる計算になっていた。



 了



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間違えたっていいよ ~エンドの恋~ 小林勤務 @kobayashikinmu

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