三題噺「灰」「透明」「小鳥」
白長依留
第1話
お題「灰」「透明」「小鳥」
小鳥遊神社では特別な御神体が奉られている。
――敗を排す。
現人神の遺灰を奉り、あらゆる厄災から守ると言われていた。
閏年の二月二十九日にのみ、開かれる小鳥遊神社の祈願祭。祈願祭では配られた紙に数字を書いて箱に入れる。数字は桁数は指定されておらず、ただただ思いついた数字をかくだけだ……自分の血で。
「痛いよリンちゃん。なんで血で数字を書かないといけないの? おかしいよね? ね?」
「そういう決まりなんだからでしょ。だいいち、針でちょこっと刺して血を出すだけじゃん。カナエは女の子なんだから血に強いでしょ」
「リンちゃんも女の子じゃん……そうやってデリカシーが無いから、見た目の割に男が寄ってこないんだよ」
幼馴染みのリンとカナエ。隣の県からわざわざ四年に一度の祈願祭に参加するために来ていた。
千年を超える小鳥遊神社の歴史を紐解いても、祈願祭で選ばれた人間は存在しない。ここに集まった多くの人たちもそれを承知で、縁起物のイベントとして参加していた。
現人神に扮した神主が本殿の奥から現れる。ゆっくりと厳かに歩き、拝殿への通路を歩いて行く。
歩きながら、手に持った灰を右へ左へ、無秩序という秩序が存在するかのように振りまいていく。
「リンちゃん。あれ、何やってんの?」
「私が分かるわけ無いでしょ。こういうのって雰囲気が大事なのよ。インチキの占い師だって雰囲気があるから、信じられる気がするんでしょ」
「うん、言いたい事は分かるけど、だからそういう所で男が逃げていくんだよ」
「あー、世界なんてくっだらないもの、誰がつくったんだか」
「リンちゃん……本当は歳いくつ?」
気怠げに呟くリンを横目に、カナエは溜息をこぼす。黙っていれば可愛いのに、中身のせいで全てが台無しになっているリン。学校ではリンは遠くから鑑賞するものという不名誉な扱いになっている。なのに、それをまったく気にしないリンを、カナエはもったいないと思っていた。
「カナエはもし当たったらさ、どうするの? 願い事決めてあるの」
「決めてあるよ。リンちゃん育成計画を実行するの」
「つまり、私から人権を毟り取ると」
「ぶーぶー、リンちゃん捻くれすぎ。そういうリンちゃんは決まってるの?」
「んー、空気みたいに透明になりたい……かな。霞でもいいけどさ、存在するけど気付かないもの。うざい世界を生きるには、うってつけじゃない」
「リンちゃん育成計画を明日から実行するね」
カナエのまるでブーイングな会話を聞き流しつつも、リンは視線を神主から外さない。現人神の遺灰と嘯き、ばらまく灰。閏年が訪れる度に遺灰をばらまいているのだ。どんだけ現人神様は巨大だったんやねんと突っ込みたくなるが、神主が持つ遺灰の器からは灰が減っていかない。前回の祈願祭でもそうだった。
リンはカナエに枯れたことを言いつつも、もしかしたらと少し期待をしている自分を感じていた。そして、その自分が嫌いだからこそ、カナエに対して虚ろな返答をしていた。
カナエが静かになった。カナエだけではなく、周囲の人々も水面が静まりかえるように静謐をたたえる。
神主が拝殿の入り口に辿り着く。
これから、祈願祭で願いが叶うかどうかの一大イベントが本当の始まりを迎える。
いっこうに減っていない遺灰を拝殿の奥に奉ると、浄衣を一息に脱いで賽銭箱に飛び乗る。
「小鳥遊様への信仰心がこの四年でいくらになったか……貴様ら愚衆に想像がつくか? いや否! 断じて否である! だからこそ、もし的中したものがいるなら、そのものは人間ではない。そう、新たな現人神様である。神となり全てを得、全てを捨てる覚悟の者だけ残るがいい!」
とち狂ったような神主のパフォーマンスに、拍手喝采が送られる。口笛や囃し立てる声、カメラのシャッター音が雨のように降り注ぐ。
「ノリノリだねぇ。さすが日本三大珍事祭って言われるだけあるね。リンちゃんも枯れてないで、神主さんの一割でも陽キャになれば人生変わること受け合い!」
「人生が終わるの間違いだと言える事受け合い……あたしゃ枯れてる自覚はあるけど、自ら地獄に落ちる気は無いぞ?」
熱狂の渦のなか、神主は祈願祭のメインイベントに取りかかる。いつの間にか厳つい機械をもった巫女さんが拝殿の入り口近くにスタンバイしている。
「いくぞーー!」
神主が吠え、賽銭箱の上で飛び跳ね一回転する。そしてそのまま落下の勢いを利用して、ジャンピングニーキックで賽銭箱を粉砕した。
飛び散る賽銭箱と、小銭の山。すかさず巫女さんが小銭をかき集め機械に突っ込んでいく。
この日のために地銀からレンタルしている、硬貨計量器がうなりを上げた。
「じゃ、帰るか」
「ちょっとリンちゃん。まだ終わってないよ!」
リンはもう見たい物は見たと踵と返すが、ごった返している人々と手を掴むカナエのせいで動けずにいた。
「お賽銭の総額がそろそろ出るから」
お賽銭の総額が当選数字となる。カナエはその数字がとても大事なもののように言っているが、リンにとってはどうでも良かった。
「熱っ」
冷めている心とは裏腹に、リンが握っていた紙が熱くなる。いきなりのことに、紙を手放そうとするが、手にすでに紙はなく、適当に書いたはずの数字が手のひらに朱く映り込んでいた。
『リンちゃん?』
カナエの声が遠くに聞こえた。カナエだけではない、周囲の喧噪もいまだに暴れ回って賽銭箱を粉砕し続ける神主。うなりを上げる硬貨計量器。そのどれもがどうでも良い存在の様に離れていくような錯覚をリンは感じていた。
『リンちゃん! リンちゃ……リ……』
手に感じた熱さが消えたとき、一際強い風が吹いたとリンは感じた。だが、その風に反応した人間はいない。呆然と前を見続けるカナエに声をかけるが、反応はない。
祈願祭は終わった。そう、終わったのだ。
カナエは手に持った紙をもったいなさそうに砕けた賽銭箱に放り投げる。他の人々も同じ行動をとり、拝殿の入り口は紙の山が出来ていた。
『カナエ』
語りかけようとしても声が出なかった。それどころか、リンの体を通り抜けるように人が動いていく。
何が起こったのか。分けも分からず狼狽えるリンが、何度も叫ぼうとしても声は出ない。どうしたら良いか分からず、俯いたリンの足下には灰の山が一つ出来ていた。
三題噺「灰」「透明」「小鳥」 白長依留 @debalgal
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