第2話 イヤホン

 本日の計画数が達成されたので、組み付け作業は終了しました。

 終業時刻まで、あと四十分です。私はこのあと日報をまとめなくてはいけません。

 組み付け作業者はフリータイムです。みんな雑談をしています。柏木さんも、仲良くなった人とお喋りをしています。


 私も早く仕事を片づけて、柏木さんと話をしたいです。少し気持ちが焦りました。

 日報を締めたのは終業二十分前でした。急いで間違えるといけないので、いつも通りにこなしました。


 私はなにげなく、みんなが雑談している輪へ近づきました。私から柏木さんに話しかけるのは、どうも恥ずかしいです。そう思っていたら、柏木さんから声をかけられました。とても嬉しいです。

 柏木さんとアニメの話をしたら主題歌の話になり、バンドの話になりました。


「お薦めのバンドありますか?」

 

 柏木さんは最近新しい音楽を聴いていないので、お薦めがあるなら教えてほしいと言いました。お薦めのバンドならたくさんあります。

 柏木さんが好きなバンドや曲を聞いて、それに近いバンドをお薦めしようと思いました。五時の終業のチャイムが、少し憎かったです。


    〇


 柏木さんに、CDを貸しました。あまりメジャーではないバンドです。

 柏木さんとは仕事の合間に少しの雑談をする日々が続きました。

 柏木さんは三十八歳と知りました。私より一つ年上でした。

 

 雑談のなかで、柏木さんの音楽の好みをある程度把握したつもりだった私は、柏木さんが好きそうなバンドをお教えしようと思っていました。そしたら「全然知らないバンドを聴きたい」とおっしゃったので、地元バンドのCDを貸しました。


「地元のバンドって、CDあるんだ」


 柏木さんは驚いていました。ライブハウスに行くことが普段の生活に入り込んでいる私にとって地元バンドのCDは、あって当たり前でした。けれども普段の生活にライブハウスが入っていない人はそうは思わないのです。正面から言われるまで気づきませんでした。

 そういえば会社の人には、ライブハウスに通っていること自体、言っていませんでした。それに私にとっては会社の人と音楽の話をすること自体、珍しかったのです。


 私が大好きな地元バンドのCDを三枚貸しました。柏木さんが好きそうな曲調のバンドと、それ以外のバンドです。全部同じような曲のバンドばかりじゃ区別がつかないだろうし、面白味がないと思ったからです。


 次の日、柏木さんはスマホに、昨日私が貸したCDをすでに取り込んだと言いました。CDをすぐに返して、落ち着いて曲を聴きたいとおっしゃっていました。

 柏木さんが、私の好きなバンドを聴いてどんな感想を持つか、わくわくしました。気に入ってライブにも来てくれたら嬉しいです。


「借りたCD、ちゃんとスマホに全部入っているか確認してほしいです」


 突如とつじょそう、言われました。

 確認……? スマホとCDを見て、自分で出来ることです。それをわざわざ私に確認してほしいとのことです。


 私は瞬時に思いました、誘われている……?

 この作業エリアと隣の居室では、機密保持のためスマホの使用は厳禁でした。スマホを使用するためには廊下に出なくてはいけません。作業エリアと居室は常に誰かがいます。廊下だと二人だけで話が出来ます。柏木さんは私と二人で話したいのでしょうか。


 以前の私だったら、そんな大それたことは思いませんでした。けれどもここ数日間、柏木さんと話してみて「私に興味を持っているのでは」と思い始めていました。

 今日も終業二十分ほど前に仕事が片づきました。周りを見渡しても柏木さんの姿は見えません。もしやと思い、廊下に出てみました。


 休憩所に、柏木さんが一人で座っています。後ろ姿で分かりました。柏木さんはスマホを見ています。今週私たちは夜勤だったこともあり、周りには誰もいません。


「柏木さん、スマホにCDの曲が入っているか確認してほしいって言ってましたよね」


 少し緊張して声をかけましたが、応答がありません。聞こえなかったのでしょうか、よく見ると耳にイヤホンをしていました。

 私は柏木さんから見える位置に移動しました。


「うわっ、びっくりした」


 柏木さんは素で驚いていました。申し訳ない気持ちです。


「ごめんなさい、驚かせて」


「いえ、いいんです」


 柏木さんはそう言いながらイヤホンを外しました。

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