第26話 素質

 ちょうどいていた講堂を使って、ナハトの授業が始まった。教卓の所に立ったナハトが話し始める。


「では最初に、魔法の適性を調べます。今から回す紙を、読める分だけ読んでください」


 そう言って、最初にステファンに一枚の紙を渡した。


「え~と、最初の方はよくわからない。あとは〈風がこれを育てる〉? 残りも難しいな」


「主属性は風。君はあまりルーネ読めないね」


 その後も、全員にゲベートを読ませたが、本来のジークムントの呪士の基準に達する者はいなかった。簡単に魔法の基礎知識を説明し終わると、もう朝食の時間だった。



 食堂はほぼ満員だった。他の兵士達は正規の体力訓練を受けているせいか、さして量も多くない食事を忙しくかきこんでいる。

 ナハトはスープを飲みながら、考えていた。


(困ったなあ、みんなリーゼより読めないから、教えるの難しそう。クローネの人達みたいに、主属性だけに絞って、後は普通の兵士みたいに銃の扱いとか体力向上を図るしかないか)


 フォルクバルド共和国は、領地はさほど広くなく、戦争好きな国家ではない。向こうから侵攻されたから慌てて対処しているだけで、軍組織と設備そのものは、他国と比べて貧弱といってもいいくらいだった。その分、軍紀は緩い。ナハト達は名目上ジークムント部隊となっているから、他の兵とは違って、訓練の予定表は白紙だ。自分達で行動しなければならなかった。


 朝食を食べ終わると、ナハトは隊員の体力測定を始めた。腹筋、腕立て、長距離走と基本的な項目をチェックしていく。しかし全員が素人である。四時間もすると、全員が疲労困憊になってしまった。唯一ルディだけが、元々肉体労働に従事していたのか、まだやれそう、という顔をしていた。


(朝食食べないと頭動かないみたいだな。そうすると、起床から朝食までは魔法の復習、午前は魔法の基礎練習、午後は体力作りって感じかな。銃の練習もしたいけど、あれは体幹の筋力がそれなりに必要だし。その前に、武器の配給がまだないから、それもなんとかしないと)


 ナハトの考えなければいけないことは多かった。彼は、ジークムントの隊長になったことはない。ユリアの後はエルマーが隊長になり、最後はマリーだった。ナハトがジークムントに所属していたのは全部で十年程だ。ファミリアとしてのあるじを失った代償で体の成長が止まり、周りに不信感を持たれるようになってしまったのだ。これがせめて成人後だったら、見た目が変わらない人もいる、というくらいで、もう少し長くいられたかもしれないが、そうはならなかった。だから、あの頃と今では状況がまるで違っているが、隊長として全ての責任を自分が負って上手く回していけるのか、ナハトには自信がなかった。


 考えた末に、まず軍部に報告に行くことにした。手早く請願書を纏め、予約を取る。十分間の時間しかもらえなかったが、この訓練所だって暇ではない。しかもナハトは初っ端から上官の顔を潰すような行為をしているから、心証が悪いだろう。それを承知で、ナハトは司令官達の部屋を開けた。


 普通の兵士達の部屋よりは若干豪華な部屋に、四人の軍人が座っていた。肩の階級を見ると、少佐から大佐までいた。


「部隊の正式な承認と、物資の定期的配給ねえ」


 ナハトが要請を読み上げると、お偉方の反応は鈍かった。


「君の部隊は戦場で何をするつもりなんだね?」


「少人数の機動力を生かして、敵の補給部隊に攻撃します。あれは基本的には、正規の軍より攻撃に回れる人数が少なく、動きが遅いです。補給がとどこおれば、効果的に相手の戦力を下げることが出来ます。それに主力部隊とは別行動ですから、邪魔になることはありません」


「他の部隊とは連携しないのか」


「命令があればそうしますが、基本的には単独行動を望みます。戦い方が違う者達を一緒にすると、思わぬ事態を引き起こす可能性があります」


 ナハトの言葉は淀みなかった。


「まあ、他の部隊の足を引っ張らないのであれば……」


「七人ぐらい、いてもいなくてもさしたる数ではないしな」


 軍としては猫の手も借りたい状況なのだ。ここで断ってくるとは思わなかった。


「決まりだな。本日をもってナハト=フェアトラークを曹長とし、ジークムント改め魔術部隊を率いることを命ずる。これは特例的な措置である。心して任務に励むように」


「はっ!」


 ナハトは右手で敬礼した。とりあえず、第一関門は突破したようだ。



 ナハトが退室した後、上官達は口々に言い合った。


「人間離れしている、というより常軌を逸した奴だな」

「上官に盾突いた上に、銃で撃っても死なないと来た。ああいう手合いは適当に泳がしておく方がいいだろう。戦力ではあるのだし」


 ちなみにナハトが新兵達の面前で鼻っ柱を折った、ジークムントの隊長になるはずだった男は、別の部署に回されていた。


「あれだけの力がありながら、命令厳守の軍に入り、小さな隊の長になろうとする思考は謎だがな」



 数日後、認可が下りたのか、武器が人数分届けられた。しかし、ナハト達は戸惑いを隠せなかった。


「なんだか古くないですか」


 アルノーが率直に言った。確かに、銃などの表面には細かい傷が付いていて、使用感が強い。


「正規軍の下げ渡しかな。まあ、あるだけマシだけど」


 ナハトは別に驚きもしない。軍隊とは、末端への待遇が悪い組織だということはよく知っている。

 他にも長剣や短剣があったが、ところどころ錆びついていた。


「剣は研ぎ直した方がいいですね」


 ルディがぶすっとした顔で言った。


「あと、銃も一回解体して、歪みとかがないか点検してから組み直さないとね」


 彼らの中で、銃を使った経験がある者はそんなにいないだろうとナハトは考えていたが、そうでもないらしかった。モニカとオリヴァが自ら申し出て、三人がかりで銃を点検できたので、意外と早く終わった。銃を使うような仕事をしていたのだろうか、訊いてみたかったが、その余裕はなかった。部隊として承認された以上、早く訓練を行って、成果を出さなければいけない。

 残りの隊員が剣も研ぎ終わると、装備はそれなりに整った。


 ナハトはまず、銃を全員に撃たせてみた。的は普通に同心円が掛かれた紙だ。若干肩身が狭い部隊なので、射撃場が空いている時間を使った。出来ることなら、他の隊と揉め事を起こさず、万事穏便に済ませたかった。


 パアン、と軽い音がいくつも響く。的を正確に捉えられる者は少なかったが、ナハトは別に落胆はしなかった。元々マスケット銃は、命中率がそんなに高くない。もっと正確に狙撃できる銃が流通するのは、もう少し未来の話だ。


「いった~い」


 銃は一度も持ったことがないというイレーネは、右肩を押さえていた。銃の反動がしんどいようだ。しかもマスケット銃は連発できない。撃つ度に弾を込め直さなければならない。そして移動の時には、5kg近くある銃と荷物を持って、時には走らなければいけないこともある。それが出来るようになるには、女性であるイレーネでは、基礎的な体力・筋力がまだ足りない。他の者達も、何人かは覚束おぼつかなかった。


(全員がちゃんと戦えるようになるまで、半年はかかるな)


 普通の兵士でも、規律正しいまともな軍隊に仕上げるにはそれくらいかかる。軍人らしい動作、身分関係やそれぞれの役割の理解、隊列変形など、また別の要素が絡んでくるからだ。ナハトはそこまでするつもりも余裕もなかった。願わくば、戦場に出る前に戦争が終わってくれれば一番楽なのだが。



 魔法の方は、三ヶ月程で効果が出始めた。

 七人は最早ルーチンワークとして、演習場で魔法の訓練をしていた。

 イレーネは、銃はまだまだだが、金属との相性が良いらしい。


「〈冷たき鋼よ、我が意に従いたまえ〉」


 彼女の周りには、三本の短剣が浮いていた。空を飛ぶように滑らかに動き、最後には、十字に組んだ丸太に突き刺さった。金属類の遠隔操作という、珍しい部類に入る魔法だった。日常生活で魔力が発動する可能性も低い。こんな魔法が得意だということは、何をもってジークムントに入りたいと思ったのだろう。とかく、謎の多い人物が多かった。


「次、ステファン」


 指名すると、ステファンが所定の位置に立った。


「〈風よ、我が前に立ち塞がる物を払いたまえ〉!」


 いくつもの風の刃が現れ、イレーネが使っていた丸太を切った。オーソドックスな魔法の使い手だ。


「当たると気持ち良いわね!」


「俺も。この力、夏に魔力放出すると涼しいくらいにしか思ってなかったけど」


 イレーネとステファンは和やかに団欒していた。


 魔法において別格だったのは、ルディとオリヴァだった。


「〈集え炎、其は敵を燃やし尽くす光なり〉!」


 ルディが呪文を唱えると、イレーネとステファンが使っていたのとは別の丸太が、瞬時に燃え上がって崩れる。攻撃力では六人の中で随一だった。


「〈我は願う、雷よ、敵を討て〉!」


 別の丸太に紫色の雷が落ちて深々と割ける。

 オリヴァの魔法も一風変わっていた。長剣の稽古をしていたらしく、剣をヴンダーのように使って魔法を放つのが好きだった。呪具ではないので、魔法の威力は上がらないのだが、本人が集中しやすいなら構わない、とナハトは好きにさせていた。それに、魔力はルディと並ぶくらい強い。


 一方で、ろくに魔法が使えないのがアルノーとモニカだった。


「羨ましい……」


「私達、呪文を考えるのも一苦労ですからね」


 二人して、ジトーッとした目でルディとオリヴァを眺めていた。

 アルノーは主属性が地だった。元々扱いが難しいとされる属性で、本人も手こずっていた。

 モニカは魔力もルーネも他の人より数段劣り、目標を立てられなかった。武器の扱いとと体力はそれなりなのだが。


 ナハトは六人の練習の様子を眺めていた。次第に彼らの戦闘力や個性もわかってきた所ではある。しかし、本来の適用年齢に達しないにもかかわらず、軍隊に入りたがった彼らは、それぞれの事情を抱えているようだった。


 魔法の上達は本人の努力次第ではあるが、自分がじっとしているのも退屈なので、ナハトはオリヴァに声を掛けた。


「君は剣が得意なんだよね」


「はい。小さい頃から習わされていたので」


「じゃあ、魔法を使わない決まりで、一戦申し込んでいいかな」


 オリヴァは快諾した。ナハトが剣を使えるとは思っていなかったようで、興味が湧いたようだ。


 ナハトとオリヴァは、距離を取って対峙した。二人とも持っているのは軍用の、やや湾曲わんきょくしたサーベルだ。条件は全く同じだった。


「あの人、剣は強いの?」


 ルディがステファンの横に来て訊いた。


「俺だってそこまで知らねーよ」


 ステファンにしても、そんなに付き合いが長い相手ではない。お互い、知らないことばかりだった。しかし軍隊とは、本人が事情を話そうとしないなら、酒の力でも借りなければ尋ねにくい場所だった。


 最初に仕掛けたのはナハトだった。斜め上からの単純な攻撃だったが、動きが早かったので、オリヴァは避けることが出来ず、剣で受けた。そのまましばらく膠着状態が続く。オリヴァはここから攻撃に転じることは無理と判断したのか、一度離れた。剣を胸の高さに上げて、突きの姿勢を取る。その攻撃を、ナハトは剣で斜め下にいなした。予想していなかったのだろう、オリヴァの瞳が驚愕に見開かれた。攻撃のために近付き過ぎていたため、足を引こうとする。しかしまだお互いの剣が離れていない状態でそれをするべきではなかった。ナハトは剣を外側に向ける。それに押されて自分の剣も動かされたため、オリヴァの姿勢が崩れた。その顔を、ナハトが剣を持っていない左手で掴む。更に足払いを掛けると、オリヴァは完全に混乱した。そのまま手で押すと、相手の背中が地面に叩き付けられた。その首筋の隣に、サーベルを打ち込む。実戦だったら、首を十分狙えただろう。オリヴァは突き立てられた剣を見て、ナハトの実力を理解したらしい。降参の印に、剣を手から離し、両手を上げた。


「君の実力は大体わかった。型通りの剣術をやろうとするから、こういう動きに対応できないんだよ」


 淡々とナハトは言った。ナハトに最初に剣術を教えたのは、ブルーノという青年だった。騎士道精神溢れる正統な剣術だった。クー・ドロワ、デガジュマン、クーペ、バットマン、プレッシオン、フロマッサン・・・・・・しかしナハトは、月日と共にその教えから大分外れてしまった。だから、オリヴァの動きは、何も知らなかった昔を少し思い出させた。もう自分以外は誰も覚えていないだろう、懐かしい人も。


 オリヴァが立ち上がるのを見て、ナハトは周りを見回した。みんな感心したような顔をしていた。あまり深く考えていなかったが、上官としての信頼度が上がったようだ。丁度いいか、と思いつつナハトは笑った。これから大事なことを伝えなければならないのだから。


「言い忘れてたけど、出撃決まったから」


 上層部からせっつかれたのだ。入隊してから、三ヶ月は経っている。そろそろ実力を見せてみろ、とのことだった。断る理由はなかったし、やり方によっては上手くいくだろうという時期に来ていた。


「出発はあさって。気合い入れていこうか!」


 六人の顔が引き締まった。初陣だ。 

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