また夏が来る

maise

DOLL

「おい! かんな! 早くいくぞ!」


「はぁい……わかったって。そんなにうるさくしないでよ、櫂」


 セミの鳴き声が響く、夏の日。


 麦茶が入っていたボトルを小さなちゃぶ台の上に置いて、かんなと櫂はサンダルを履いて立ち上がった。

 さっきまでずっと座っていたから、足が痺れてうまく動かない。


「今日こそはセミが鳴いているところを録画するんだからな!」

 いつまでも小学生のような櫂に呆れながら、道についたサンダルの跡を、一センチ大きいスニーカーで上書きしていく。


「おい! セミ発見したぞ!」

 アパートから十歩でつく、遊具のない公園の、小さな木の横で飛び跳ねている櫂に、思わず笑みが溢れた。


「今行くよ」

 そう言って歩みを進めた。


「ほらほら、ここここ!」

 櫂の真横まで行き、指をさした方を見上げた。


 確かにセミが、羽を動かしている。

 この木の周りはセミの音がはっきりしているから、このセミが鳴いているので間違いないだろう。


「じゃあさっそく……」

 ビデオカメラを取り出して、セミの方に向けた。


 横についているふたを開けて、画面をのぞき込む。

 RECボタンを押して、録画を開始した。


 二人とも、セミの鳴き声が入るように、静かに、ただ静かに、身動きすらしなかった。


 櫂が録画を終えるまで。


『あっ、おかあさん!』

『麻由実、こんなところにいたの? ダメじゃない、勝手にはぐれたら……あら? これは?』

『わかんない』

『気味が悪いわ。ほら、おうちに帰るわよ』



 櫂が録画を終えるまで。


 櫂が、録画を終わらない。


 いや、終われない。


 身動きできない。


 忘れられた二人は、動くことができない。


 雨が降っても


 風が吹いても


 身体が







 ぼろぼろになった二人は、まだ、小さな公園の小さな木の下にいた。


 櫂は、壊れたビデオカメラを持って


 かんなは、サイズの大きいスニーカーを履いて


 また夏が来る


 あの頃の、夏の日と同じように


 セミの声が響く、あの夏が。











『ん……? 何これ……?』


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

また夏が来る maise @maise-oreo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ