井戸士

@nobu0613

第1話


井戸


1988年全てのダムから水が無くなった。


僕は、当時生まれたばかりで、ダムの存在も水の重要性も全く知らなかったし認識すらしていなかった。歳を重ね、学校へ通い国語やら算数やらを学び知識が増え自我が出来上がってくるとダムの存在と水の重要性というものが分かるようになってきた。


水がなくなった当初は他国からの援助という形で水を輸入していた。しかし、それを継続することは難しかった。膨大な時間と金がかかるのだ。政府は雨水を浄水するための施設を作ったが、生活は潤いを欠いていた。主食も米から輸入品のパンになった。もちろんスープもコーヒーも飲めない。うどんやパスタは論外だ。風呂に入るという文化はなくなり、ボディシートを販売している会社は大きく成長した。塩ゆでと湯冷めという言葉はこの世から消え去ろうとしていた。


僕たちは、井戸士世代と呼ばれた。


僕が高校に入学した時に政府が国立の井戸士を育成する大学をつくると発表したのだ。大学に入るには、簡単な適正試験と面談のみで授業料もタダ同然、卒業後の井戸士としての仕事も補償されていた。10年続ければ一生遊んで暮らせる高給と国家資格までついてくる。


僕は、その大学の1期生として入学した。志望動機などは特になにもなかった。学生時代は特に夢も希望も絶望もなく生きていた。ただ自分の育った町からでていきたかったのだ。


大学は東京と大阪にあり、僕は大阪のキャンパスに行くことにした。九州の片田舎からでてきた僕にとっては大阪での大学生活は新しい自分ななれるような気がするほど充実していた。まず同級生にかなりの数がいたし、授業も簡単な井戸を調査するための講習と実習が主で週3日行けば十分に単位が取れた。入学当初は、学費の安さや充実した将来の仕事の保証、国家資格が取得できる大学に何か裏があるのではないかと僕たちは少なからず不安を抱えていたが、授業や実習、充実したキャンパスライフを通してそんな不安はすぐになくなった。と


4年の学生生活を終え、僕は井戸士になった。大学を中退する奴はほとんどいなかったのでかなりの数の井戸士が誕生した。井戸士になると水を吸い上げる特殊なホース、ラジオ、レンズが黒のレイバンのサングラスが会社から支給された。会社といっても官僚たちが天下りで働いている国有企業だ。入社すると研修があり、特殊なホースの使い方やなぜラジオや黒色のレンズのレイバンの必要性、仕事内容について説明があった。


僕は10年しっから働いてその後は、思う存分本を読んだり全国各地の温泉地を転々としてのんびり過ごそうと思っていたが、研修で仕事内容を聞いた後は自分の10年後のがうまく想像できなくなった。


仕事内容は会社が掘削した井戸に入り、特殊なポンプで水を引き上げるというものだった。現在、水は地下に自然にできた水路の中を通っておりそこを掘りすぎるとほかの水路から水が流れてしまう為、繊細な作業が必要だと説明を受けた。この作業を1か月間真っ暗な井戸に籠って井戸で生活をしながら続けないといけないだ。科学者の調査によると水は光から逃げるように地下に降りたという。井戸士とは真っ暗闇の井戸の中で真っ黒のレンズのレイバンのサングラスをかけて1か月間仕事をしなければならないのだ。瞳の輝きさえ許されないのだ。


暗闇で1か月仕事をするというのは、想像以上にきつかった。同期のほとんどが半年以内に辞めてしまうか精神を病み働けなくなってしまった。井戸で1か月間真っ黒のレイバンのサングラスをかけて働くという行為は、人が寝静まった真夜中に働き続けて朝日を見ることさえ許されない状態が続くのだ。


僕は、元々孤独が好きで一人でも生きていけると思っていたし自分のことを我慢強い人間だと自負していた。しかし、そんな自負心は1週間でなくなってしまった。それでも僕は今も仕事を続けられている。それは、ラジオの存在がとても大きかった。


僕は特に仲のいい友達もいなかったので1人でいるときはラジオをよく聞いていた。


ラジオのいいところは、料理をしながらだって聞けるし、アイロンをかけながらだって聞ける。真夜中に眠れない日にだって優しく寄り添ってくれる。これはテレビにもできないしインターネットでもできない。ラジオだからできるのだ。


僕は、真っ暗闇のの井戸の中でラジオを聴きながら仕事をした。ラジオは時間を教えてくれるし世の中のいろりろな情報を教えてくれる。真夜中にはちょっと明るめの孤独を救ってくれるような番組だって提供してくれる。ラジオは悩みだって聞いてくれるし人生相談だってしてくれる。ラジオはみんなの味方なのだ。


僕は、今もラジオを聴いている。


井戸士の仕事はタフで孤独だ。


それでもラジオを聴けば同じような境遇の人だっているし、僕みたいな孤独な人間の友達のような存在でいてくれる。


もし孤独を感じたらラジオをつけるべきなのだ。ラジオは真夜中であろうが地球が滅亡しようとしていても寄り添ってくれるはずだ。ラジオは平等なのだ。

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