第20話 パーティ②

 シュヴァルツが私のことを呼んでいる。え?なんで私?なんで今頃?今まで会わなくなってから手紙一つも寄越さなかったのに?いったい何の用なの?


 疑問が一気に頭を過るけど、一旦横に置いておき、私はシュヴァルツの元に向かう。なんだか嫌な予感がするけど、王族に呼ばれたら行かざるを得ない。


「マリアベル?」


「ほら、あの噂の…」


「へー、彼女が…」


 なんか色々と噂されてる。声色的にあまり良い噂じゃないみたい。まぁ、私の評価ってゴミだもんね。それも仕方ない。


 シュヴァルツに促されて壇上へと上がる。私なんかが上がっちゃって良かったのだろうか…。視線って痛いのね。ホール中の視線を浴びて、体に穴が空いちゃいそうだ。


 壇上のヴァイスはいつものニコニコ顔、その婚約者は不思議そうな顔で私を見ていた。システィーナは不自然な程の笑みを浮かべている。怖い。怖い笑みだ。よく見ると唇がワナワナと震え、笑顔が引き攣っている。


「来たか」


 シュヴァルツ…。私は壇上でシュヴァルツと再会を果たした。久しぶりにこんなに近くでシュヴァルツを見た。いつもの皮肉気な笑みは無く、真剣な表情で私を見ている。急に恥ずかしさが込み上げてきた。思えば、シュヴァルツの事を好きだと自覚して初めて顔を合わせる。恥ずかしくてシュヴァルツの顔がまともに見れない。しかもこんなに真剣に見つめられるなんて!余計に恥ずかしい。それに今の私は、泣いて目元は赤くなっているだろうし、お化粧だってぐちゃぐちゃだ。シュヴァルツに見られるのは恥ずかしい。ヤダ、見ないで!


 私の願いは通じず、あろうことかシュヴァルツがこちらに近づいて来た。そのまま至近距離から見つめ合う。恥ずかしくて死んじゃいそうだ。でも、シュヴァルツの黒曜石の様な深い黒色の瞳から目が逸らせない。このまま吸い込まれてしまいそうだ。


 シュヴァルツはそのまま私の横に並ぶと振り返った。形としては、私とシュヴァルツでシスティーナに向かい合う形だ。シュヴァルツの瞳から逃れることができてホッとしたのもつかの間、横に居るシュヴァルツとの距離が近い。近くに居るというだけで、体がソワソワとして意識してしまう。


「システィーナ・ラ・ロベルタ二ア。貴様との婚約を破棄する!」


 は?


 シュヴァルツに会えて浮かれていた心が冷たく凍る。もしかして、とは思っていた。期待していなかったと言えば嘘になる。でも、その期待は叶ってはいけないものだ。王族の婚姻は政治。それを独断で拒否するなんて「自分はこんな簡単な政治も分からないバカです」と宣言しているに等しい。まさか本当に婚約破棄するなんて!しかも、こんな大勢の前で。これでは今更無かったことにはできない。王族の言葉はそれほど軽くは無いのだ。シュヴァルツのおバカ!


 私は思わずシュヴァルツに手が出てしまった。きっと私の思いや決意を踏み躙られたからだろう。私がどんな思いで身を引いたと…!まるで弾かれた様に手が出たことに自分でも驚いてしまった。


 私の右手はシュヴァルツの顔に当たる直前にシュヴァルツの左手に掴まれ、止められてしまう。ギュッと強いくらいの力で握られて、真剣な顔のシュヴァルツに見つめられて、不覚にもドキッとしてしまう。見つめられるのが恥ずかしくて、私は顔を逸らした。


 シュヴァルツの右手が私の顎に手を当て、クイッと顔を持ち上げられてしまった。正面の間近からシュヴァルツに見つめられる形となり、私の心は高鳴る。顔近い。あれ?顔が近づいて…。


「ん…」


 え?


 唇に柔らかい感触がぶつかる。シュヴァルツの顔はもう、みみみ密着しちゃうくらい近い。唇に触れているのって…ッ!こここここここここここれって、もももしかして!


 シュヴァルツの顔が離れる。離れ際に唇にペロリとした感覚があった。もしかして舐め…ッ!


 混乱して頭がパンクしそうな私の耳元でシュヴァルツが囁く。


「安心しろ、悪いようにはしない」


 普段より低めのシュヴァルツの声と、耳に吐息が掛かる刺激に、私の頭はパンクしてしまった。あまりの情報に頭がフリーズしてしまい、コクコクと頷くことしかできない。


「見ての通りだ、システィーナ」


「納得できませんわ!」


「納得すれば良いものを…。貴様には殺人未遂の容疑がある。貴様はマリアベルに対していじめをしていただろう。オレが散々注意したのに、貴様は無視し続けた!」


「それは…。わたくしは止めたのです。しかし…」


「言い訳など聞きたくない」


 シュヴァルツとシスティーナのやり取りも、どこか現実感が持てなくて、まるで映画でも見ているかの様な気持ちで見ていた。心がふわふわする。このまま飛んで行ってしまいそうだ。このままじゃダメね。ちゃんとしないと!


 私がボーッとしている間に、システィーナの断罪イベントが進行していた。シュヴァルツがシスティーナを問い詰めている。ここまできちゃうと、もうシュヴァルツとシスティーナの関係は修復不可能だろう。私が守りたかったシュヴァルツの評判も地に落ちた事だろう…。私とその…キ、キスまでしちゃうし!今更私にできることはもう無い。


「貴様はマリアベルを階段から突き落とし殺そうとした。そうだな?」


 ゲームではシスティーナが犯人だったけど、この世界でもそうなのだろうか?


「…証拠はあるのですか?いくら殿下とはいえ、証拠も無しに…」


「証拠はある。そうだな?アラスティア」


「はい!」


 人の波が割れ、アラスティアが姿を現す。


「わたくしは見ましたわ。システィーナ様がマリアベル様を階段に突き落とすところを!」


 途端に人々が騒ぎ出す。流石に殺人未遂となると大事なのだろう。システィーナに厳しい視線を向ける者もいる。


 それにしても、アラスティアが生き生きとしている。目を輝かせて満面の笑みだ。ヴァイス派閥の彼女にとって、シュヴァルツが自らの評判と、自らの支援者を切って捨てる状況は嬉しくて堪らないのだろう。


「まさか見られていたなんて…」


 システィーナが小さく呟く。その顔は血の気が引いて蒼白で、唇も紫色をしていた。体も微かに震えている。システィーナの大きく見開かれた目が私を映す。途端にシスティーナの顔が不快気に歪む。怖い。


「貴女さえ居なければ…!」


 その時、シュヴァルツが私を庇うように一歩前に出た。シュヴァルツの背中に隠れてシスティーナが見えなくなる。私はホッと息を吐いた。


「後悔いたしますわよ?」


 システィーナの声が聞こえる。その声はシスティーナのものとは信じられないくらい低く、呪詛に塗れていた。


 その言葉を最後にシスティーナは壇上から降りた。システィーナはモーゼの如く人の波を割りながらホールから姿を消した。

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