第19話 パーティー

 建国記念日当日。


 ついにきてしまったパーティの当日。私はお母様のお古のドレスを身に纏い、パーティ会場である大きなホールに来ていた。階段突き落とし事件から数日、私は寮の自室で休養していたのだけど、このパーティには出席するように言われてしまったのだ。欠席したかったのだけど、生徒も職員も全員出席が義務付けられているらしい。王様の命令だ。出席するしかない。


 会場は、全校生徒と教職員が全員入っても余裕があるほど大きな部屋だ。彫刻や絵画が飾られ、まるで美術館の様な趣がある。今日はパーティーだからか、会場は花や布などで飾られ、いつもより豪華で華やかな印象を受ける。


 それにしても、胸が押さえつけられて少し苦しい。それでいてウェストには少し余裕がある。ごめんね、お母様。私の方がスタイル良いみたい。


 でも、胸が苦しいのはなにもドレスがキツイから、だけではない。私の心の葛藤も原因だ。私の心は、もしかしたらという期待と、もし期待が叶ってしまったら、という不安に押し潰されそうになっていた。


 まあ、全ては私の考えすぎで、取り越し苦労かもしれないけどね。そんな楽観的な考えに縋って、私は此処に立っている。そうじゃないと緊張しちゃって立っていられない。


 パートナーもなく、一人で入場の手続きを済ますのは、ちょっと悲しかったけど、全員出席を義務付けられているから仕方ない。普通は男女のペアで入場するものなんだけどね。婚約者が居るなら婚約者同士で、そうじゃなくても友人でも、とにかくなんでもいいからパートナーを見つけて男女のペアで入場するのが普通だ。体面や面子といったものを特に気にするのが貴族。とにかくその場しのぎでもいいからパートナーを見つけるものなのだ。


 貴族院では、この時期、誰が誰のパートナーになるか、熾烈な恋の駆け引きが繰り広げられるのだけど、私は完全に蚊帳の外だった。


 私には誰からも声が掛からなかったのだ。まぁ、当然よね。大貴族の不興をかってる木っ端貴族の娘に声を掛ける男の子なんて居ない。


 じゃあ、こちらから声を掛ければいいじゃんって思うけど、こういうのは、普通は男性が声を掛けるもので、女性から声を掛けるのは、はしたないマネらしい。詰んでるね。


 そんな訳で寂しく一人で入場となったのだけど、やっぱり周囲から嗤われてしまった。


「まあ、あの方お一人よ」

「誰にも誘っていただけなかったのね。おかわいそうに」

「クスクス」


 といった感じだ。


 女性が一人で入場なんて「私は誰からも必要とされませんでした」と言っているようなものだ。すごい惨め。


 もう嫌だな。早く部屋に帰りたい。



 ◇



 私が会場の壁の花になってしばらくすると、王族の入場が告げられた。初めにヴァイスとその婚約者の女性が入場する。ヴァイスはいつも通りにこやかな笑みを浮かべて、女性をエスコートしている。絵になるなー。まさに王子様といった感じだ。


 その後入場するのはシュヴァルツとシスティーナだ。シュヴァルツ…システィーナをエスコートしてる…。その事実に満足感を覚える一方で、私の心は張り裂けてしまいそうだった。私はその痛みで自覚する。ああ、私、本当にシュヴァルツのことが好きになってしまったんだ。好きになっちゃダメって分かってたのに…。報われないって分かってたのに……。


 切ない気持ちが込み上げてきて、涙が溢れてきた。ダメ、お化粧崩れちゃう。それに、お祝いの席で涙を見せるのは良くない。泣いてはいけないと分かっていても、涙を堪えようとすればするほど、涙が溢れて止まらない。止まらないの……。私は声を押し殺して静かに泣き続けた。




 私が涙に暮れても式典は続いていく。国歌を歌ったり、偉い人のスピーチがあったり、偉い人の話ってなんでこんなに長いのかしら?どうやら世界が変わっても偉い人の話というのは長いみたいだ。おかげでなんとか涙は止まったけど。


 泣いて少しはすっきりした。ホールの前の方、壇上でシュヴァルツとシスティーナが並んで座っているのを見ると、まだ心がシクシクと痛むけど、もう取り乱したりしない。


 これは私の望んだ結末なのだ。シュヴァルツとヴァイスが和解して、尚且つシュヴァルツの足を引っ張らない。シュヴァルツは私なんかと結ばれちゃダメなのだ。シュヴァルツの評判に傷が付いてしまう。せっかくのシュヴァルツの才能を腐らせてしまう。シュヴァルツの軍才はきっと国の役に立つはずだ。国の為にも私なんかよりシスティーナと結ばれた方が良いに決まってる。王様もそう思ったからシュヴァルツとシスティーナの婚約を認めたのだろう。私は家族が助かる可能性が少しでも上がるなら、それで満足なのだ。満足しなくちゃ……。


 涙が一筋ハラリと落ちる。


 システィーナ。私は貴女が羨ましくて堪らない。私の欲しいものを最初から全て持っている。私は貴女が羨ましくて堪らない。ヒロインではなく、貴方に転生したらどんなに良かったか。私は貴女が羨ましくて憎らしくて堪らない。でも、私は貴女を祝福するわ、システィーナ。だって、貴女と結ばれた方がシュヴァルツは幸せだもの。そう思わないとやってられないわ。せいぜい私みたいなのに横からシュヴァルツを取られないように気を付けなさい!


 システィーナへの負け惜しみを心の中で叫んでいると、式典も随分進み、もう終わり。この後は立食パーティのはずだ。こうなったらやけ食いしてやるわ!と意気込んでいたら、突然シュヴァルツの声が会場に響いた。


「皆良いな。私事だがオレの話を聞け」


 相変わらず上から目線過ぎない?いや、実際偉いんだけどさ。もうちょっと言い方ってものがあると思うんだけど…。でも、これも惚れた弱みなのか、威張ってるシュヴァルツが子どもっぽくて可愛らしく感じてしまう。重症だわ私…。


「マリアベル・レ・キルヒレシア!此処に来い!」


 えっ!?私!?

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