第28話 誰か私を
組み敷いた少女を見下ろして、トゥパク・ユパンキは興奮に身を震わせていた。
暗闇の底で少女は爛々と輝く目を見開き、声もなく喘ぐ。その細い首は男の太い指に強く絞められていた。もがく少女の爪が、男の肌を掻き毟り、その肉を削る。けれど首を絞める力は緩むことなく、むしろその痛みと流れる血に興奮を増すように、男の腕はより強い力を込めて少女の首を締め上げた。
「あの
トゥパク・ユパンキは引きつるように歪んだ笑みを浮かべながら、苦悶の少女に問い掛ける。息のできない彼女の口からは当然に答えはない。けれどその眼は屈することなくトゥパク・ユパンキの顔を睨み付けていた。
「憎いか? 憎いか、この
少女の眼に宿る黒い光は憎悪。そのまなざしを受ければ受けるほど、トゥパク・ユパンキは自身の興奮が昂っていくのを感じていた。
「そうか憎いか! あの
叫ぶトゥパク・ユパンキの口から血が飛んだ。脇腹が熱い。そこには短刀が刺さっていた。この少女の手によって刺された短刀。ファラーレになりすまし、王の寝室に忍び込んだこの少女の手によって、自分の命を奪わんと刺された短刀。その反逆の意志が、彼の感情にかつてないほどの愉悦と興奮を与えていた。
「あの小娘は、ファラーレは言った! 炎の中で燃え尽きてでも、
叫ぶ度に口から飛び散る血が少女の顔を汚す。しかしもはや少女に、それを嫌悪する感情など残されてはいなかった。窒息に失われた血の色は青白く少女の顔を染め、あれほど憎悪に満ちていた瞳は力なく虚空を彷徨っている。抗う手も気付けば床にもたれ落ち、わずかに動くものとなれば、ゆっくりと頬を伝う口の端からこぼれた泡の流れだけだった。
それと知ったトゥパク・ユパンキは、愕然とした面持ちで少女の首から手を離す。
「死んだ? 死んだのか? 私はまだここにいるというのに――」
先ほどまでの興奮はどこに消えたのか、トゥパク・ユパンキは放心したようにぼんやりと呟くと、動かなくなった少女の顔を名残惜しむかのように撫でまわした。
「ああ――」
そして嘆息し、憎悪の中で虚脱した少女の顔を愛でるように頬ずりをする。
「誰か……誰かいないのか? 私を……私を見てくれるものは――」
夜の底で吐かれた弱々しい呟きは、誰の耳にも届かない。トゥパク・ユパンキはその静寂に諦めたようにゆっくりと立ち上がり、ふらふらとした足取りで部屋の外へと向かった。
「ああ、私の愛しい
脇腹に刺さった短刀からぽたりぽたりと垂れる血が、月のない
夜空の頂点には不変の
「お前だけが――」
けれどその瞬きが、この深淵の奥へと差し込むことなどありえなかった。
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