こよみ先輩は読まれない

七国山

「何はともあれ書いてみましょう」

 むかしむかし。

 嘘。そんな昔の話じゃあないよ。 


「こよみ先輩。こよみ先輩」

「なんですかカケルくん。なんですかカケルくん」

「やまびこではありません。先輩。聞いてくださいよ。ちょっとお喋りしましょうよ」

「喋りたいなら勝手に喋ってください。興味が出れば応えます。つまらない話をするようなら叩き出します」

「それなら大丈夫。いい話ですよ。面白い話ですよ。J.Bよりもクールですよ」

「たいした自信ですね。もったいぶらず話してみてください。一体どんな愉快痛快ですか?」


「小説を書いたんですよ。ぼく」

「…………」

「小説を書いたんですよ。ぼく」

「……そうですか」


「……」

「……」


「あ、あの……小説を書いたんですけど。ぼく」

「そう。良かったですね」

「いや、そうじゃなくて……ほら、ぼくらって文芸部でしょ? こよみ先輩は部長でしょ?」

「そうですねカケルくん。あなたは文芸部の部員です。そして私は、文芸部の部長です。ここは学校の図書館で、今は部活動の最中です」

「だから、その、後輩が書いた作品を読んだりとか、してくれないのかなー……って」

「…………」

「あの」

「良いでしょう。何万字ですか? 流石に十万を超えると『今ここで』というわけには参りませんが」

「あ、それなら大丈夫。まだ三千字……くらい? しか書いていませんから……これ、プリントアウトしてきました」

「ふむ。A4用紙に横書きで印刷してきたのですね。良いでしょう。少し時間をください」

「はい。お願いします」


「…………」

「…………」

「……見つめられると、少し気が散るのですが」

「すみませんつい……こよみ先輩ってまつ毛長いですよね」

「感想は後で言いますから。いちいち反応を観察しなくて結構です。スマホでゲームでもしていてください」

「はい……」

「けれど。まつ毛の手入れには気を使っています。ありがとうございます」

「はい……」


「……読み終わりました」

「え、もう?」

「そんなものですよ。作る時間よりも楽しむ時間の方が遥かに短い」

「なるほど……」

「感想ですが」

「はい」

「まず。典型的な異世界転生モノ……ですね。『恐竜が存在する石器時代』という世界観に興味を惹かれました。人類の文明が未熟で、かつ恐竜という『脅威』が存在するのが一目でわかりますし、主人公が解決すべき問題が明確です」

「なんかテレビ番組で見たような話を元にしたんですよね。内容はいい加減だったけど、面白いかなって」

「さらに、主人公の能力も『最強の肉体』というのもシンプルながら素敵ですね。恐竜を殴って倒せるし、牙も爪も通らない無敵さというのは、見た目にもインパクトがあります」

「まあ、それ自体は某少年漫画のキャラに影響されたと言うか……」

「物語を彩るヒロインも『男が存在しない部族』という理由が先にあるので、主人公が奥手でも恋愛エピソードに積極的なのがユニークですね」

「やっぱり、異世界ならハーレムがないとなーって」

「ええ。面白いですね」


「…………」

「…………」


「え。こよみ先輩? それだけですか?」

「それだけですが。何か?」

「い、いや……だって……読ませておいてなんだけど、先輩って……こういうお話嫌いなんじゃないですか?」

「いいえ。別に嫌いとは思っていませんよ」

「でもほら……これ、初めて書いた小説だし……文章とか構成とか、甘い部分とかあるんじゃないかとか……」

「カケルくん」

「こよみ先輩?」

「カケルくん。ただの感想なら。悪い部分を言う必要はありません」

「……え、ええ……それはどうして……」


「もうこの作品は、手遅れだからです!」

「て、手遅れ!?」


「カケルくんはこう思ったのでしょう? いつも図書館の片隅でポメラ開いて、辞書を傍らに小説を執筆する文芸部の先輩。その素敵な素敵な彼女となんとか話すきっかけが欲しいと。それで、自分でも小説を書いて読んでもらおうと」

「そこまで露骨に考えてはいなかったかもしれませんが、だいたいあってると思います」

「そうして頭をヒネって書いてきた小説は、結構苦労した。けどアイデアは悪くないように見える。まだ途中だけど、これで見せてみよう……と」

「はい。本当はもっとヤマ場みたいなとこまで書きたかったんですが」

「そうでしょう。そうでしょう。そして感想を貰って、悪い点をこれから改善していこうと、そう思ったのですね?」

「はい。それが……」


「無駄です!!!!!」

「無駄なんですか!?」


「私の立場から、この作品の悪い点を指摘することはできます。なんなら改善案を出すこともできるでしょう」

「そうですよ。それがまさしく欲しいので……」

「ですが。それでは単に『悪い点が潰された』だけのモノでしかなく、新たに『良い点』が生まれることはありません。減点が無くなるだけで加点は無いのですよ」

「え? でもさっきはユニークな設定とか、そういう褒め方をしたんじゃ。悪い点が潰されて、良い点が目立つなら結構なことでは?」


「ユニークな設定は、それだけでは何の加点にもなりません!」

「ええ……」


「そもそも『他にない斬新な異世界ファンタジー』という設定を考えるのは、それほど難しい話ではありません」

「そうなんですか?」

「異世界ファンタジーってそういうものですからね。『なんでもあり』という空間で『他にない斬新さ』を作るのは、バラバラになったプラモのジャンクパーツから、パーツを混ぜて一体のロボットを組み上げるようなものです。そして大抵それは、『他にない斬新なロボット』になることでしょう」

「わかるようなわからないような表現ですね……」

「そうして作られた『斬新なロボット』が皆から受け入れられる『面白いロボット』になるかというと……ならないんですよ。だって斬新なだけで、別に面白くないんですから」

「ああ……それならなんとなく、わかります……」


「ではこの小説はダメなんですか? 最初から面白くなかったってことですか?」

「……ふむ。質問を質問で返すのは良くないことですが、あえて質問させてください。そもそも、小説を書くにあたり『最初』とは何ですか?」

「え、それは……小説の冒頭の一行目を書く時から……」

「違います」

「じゃあ、あらすじやタイトルを考えた時から……」

「それは本編よりさらに後回しでも構わない要素です」

「ならプロット? 下書きとか? ぼくは作ってませんが……」

「それも違います。本編より先に、あらすじやタイトルより先に、プロットより先に、やっておくべきことがあります。ですので。やり直すのならそこからやり直しましょう」

「だから、何をやり直すんですか?」

「カケルくんの望んだことですよ。私も、久しぶりにやる気が出てきました」


「ディスカッションです。カケルくん。私と一緒に、『お話のためのお話』をしましょう」

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