第24話 暗殺者
わしは開け放たれた台所の扉に気を取られて、まさか、トイレに賊が潜んでいたとは思わなかった。あのほうきが倒れる物音がなければ、わしはこの賊に後ろから襲われていた事であろう。兎に角、わしは運が良い、偶然に助けられた。
賊の男は、わしに奇襲が出来なかった事を悔しそうな顔をしていた。
わしは、剣を構え直して賊と対面し、ゴクリと唾をのむ。そして、賊の姿を確認する。夜には目立ちにくい黒ずくめの衣装に、動きやすそうなスラリと伸びた手足、手には屋内でも戦いやすい短剣… どう見ても素人の賊ではなく、この様な事の経験を積み重ねて来た男じゃ。
恐らく、戦闘の技術や体力面からいっても、わしより上の存在であるように思える。衛兵の装備をしている時ならまだしも、寝巻に剣一本では勝てない可能性が高い。では、どうするか…わしは、とりあえず賊に声を掛けてみる事にする。
「なぁ、盗人よ。この家は、このおいぼれのわし一人が住む貧乏な家じゃ、金目の物なんて一つもないぞ…」
「あぁ?」
賊はわしの言葉に反応する。どうやら手練れではあっても、わしの言葉を無視して襲ってくるような職人気質の人間ではないよじゃ。
「金目の物の無い家の老人を殺したところで、罪が重くなるだけで一文の得にもならん、玄関の鍵なら開けてあるから、立ち去ってもわしは追いかけんぞ、返り討ちにあうだけじゃからな…」
わしは賊に玄関から立ち去るよに促す。
「てめぇ、俺を馬鹿にしてんか?」
男の目つきが険しいものになる。しまった、挑発と受け取られてしまったか!?
「嘘ついてんじゃねぇよじじい!! ここには女も住んでいるのは分かってんだよ!」
ぐっ! こやつ! テレジアの事を知っておったのか!?
「そもそも、俺は盗人なんてケチなもんじゃねぇんだよ、端からお前らの命を頂きに来たんだよ!!」
自分の腕に自信がある事と、わしが老人である事を見て、死人に口なしとでも言うつもりなのであろうか、賊は余裕を見せながらもペラペラと話し出す。
しかし、わしの方では、男の話しで確証が持てた。男は少しセントシーナの訛りもあるが、わしにとっては懐かしさもあるアドリー訛りの喋り方をしている。
「貴様… わしとティアナとで潰した、セントシーナの工作員の生き残りの者か? まだ、どこぞで組織の工作員を育成しとったのか…」
アイヒェル、マロン、テオドールの命だけではまだ足らず、復讐の為に帝都までわしとテレジアの命まで狙いに来たというのか…
「セントシーナ? 知らねぇな~ 確かに組織のジジババどもはそんな事を言っているが、俺には関係ねぇ! 俺は金さえっ貰えれば、誰だって殺すさ…」
「セントシーナの工作員の復讐ではないのか!? 金? 誰がわしらを殺す為に金を支払ったというのじゃ!!」
「俺がお前に教えてやる必要なんてねぇよ! でも察しはついているんじゃねぇのか? しかし、哀れな奴らだぜ… 元々は自分たちの金で殺しを依頼されるんだからなぁ~」
男は嗜虐性を満足させているのかへらへらと笑う。
「くそ! トビアスのやつめ… 金だけでは物足りず、わしらの命まで奪おうとするのか!!」
「はっ!! 貴族社会に戻ろうなんて色気を出さずに、市井に落ちぶれたままでいれば生きられたものを…」
やはり、テレジアがウリクリ家のウルグの婚約者と知って、命を狙いに来たのか…トビアスの奴目…テレジアが力を持つ貴族に返り咲いた時に復讐されることを恐れたのだな…悪人の癖に小心者目が…
こうなった以上、男が引いて家を立ち去るなんてことは無い。力の差は歴然だか戦わなくてはならない。
しかし、どうする? わしは剣で、男は短剣。しかし、狭いこの家の狭い廊下で剣を振り抜く事は出来ん。
なら、後ろに下がって広い台所で戦うか? いや、ダメだ。男がわしの誘いに乗らず、テレジアの所に向かうかも知れない。
では、わしがなんとか男の後ろに回り込んで、立ち塞がってその間にテレジアを逃がすしかないのか?しかし、テレジアを逃がしたところで、わしがすぐにやられてしまっては、すぐにテレジアに追いつかれてしまう…骨が折れるがテレジアが何とか逃げ切るまで、この男を引きつけておかねばならん。
問題は山積みじゃが、とりあえずはこの男の後ろに回り込む事じゃ… この男も手練れなら、剣の攻撃を短剣で受けるような事をせず、受け流すと思われる。その時に一気に後ろに回り込もうとするか…
わしは決意を決めて、飛び込む間合いに入る為に、足をにじり寄せていく。
わしの様子を見て、男はそれに答える様に、ゆらゆらとした手さばきで短剣を構える。
くそ、ゆらゆらと揺れているから相手の間合いが読めん…しかもいつ攻撃の行動を起こすのかも分かりづらい…
しかし、足が一気に飛び込める間合いに入った! 一か八かだがやるしかない!!
わしは剣を小さく縦に振り、そのまま突き刺すよに、相手に飛び込む!!
「させるかよ!!」
男は剣の一撃を短剣で受けるでも、受け流すでもなく、身体を捻って、わしの突撃に合わせて一歩踏み出し、そのまま蹴りを繰り出してくる。
「かはっ!!!」
男のつま先蹴りがわしの腹に突き刺さる。そして続けて男の拳がわしの顔を捉える。
「ぐほっ!!」
わしの突撃が押し戻される。わしは息の止まるような腹部の痛みと、頭を揺らす顔面の痛みで気を失いそうになるが、必死になって体勢を整えて、再び剣を構える。
「じじい、お前、俺の後ろに回り込みたいんだろ? だって、大切な孫娘がこの階段の上にいるんだからよぉ~ ほら、頑張って俺の後ろに回り込んでみろよ」
男はへらへらと笑いながらわしを挑発してくる。
こやつ目…わしの考えを見抜いておったのか… その上で、短剣を突き立てるのではなく、わざわざ拳や足でわしを攻撃してきたという訳か…
わしは決死を覚悟しなければいけなかった。
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