第22話 不甲斐なさ
ある日、わしは仕事の巡回でついに大怪我をしてしまった。その原因は流れ者の酔っぱらいの喧嘩を止めようとした時に、その喧嘩をしていたはずの酔っぱらいが、二人係りでわしに襲ってきたのじゃ…
すぐに応援が駆けつけてくれたものの、肋骨の何本かを折り、頭からも出血していた。駆けつけた同僚の若者が大層心配しておった。
「じいさん! 死ぬなよ! 俺がちゃんと治療院まで連れて行ってやる!!」
わしがその若者に担がれて治療院に辿り着くと、その日の当番でいたテレジアが真っ青な顔をする。
「お爺様!!」
テレジアはわしの側に駆けつけ、悲壮な顔をしてわしの手を握りしめる。
「テレジア、大丈夫じゃ… ちょっと、仕事で怪我をしただけじゃ」
「お爺様! ちょっとじゃないわよ!!」
そう言って、テレジアはわしの脇腹に手をあてる。
「ちぃ!」
「ほら、やっぱり…肋骨が折れているじゃないの…こんな無理をして…今すぐ治療するから…」
テレジアは手に力を込めて、肋骨に沿って手を動かし始める。すると、呼吸をする度にズキズキ痛んでいた脇腹が楽になってくる。
わしはテレジアに礼を言うおうと、テレジアを見ると、その治療する手が震えていた。わしは家族を失う事に敏感なテレジアに、怪我であの時の事を思い出させて、脅えさせてしまったのだ。
また、もうわしがテレジアの事を心配する立場から、わしの方がテレジアから心配される立場になっていた事にショックを受けた。それほどまでにわしは年老いてしまったのかと…
「じいさんよぉ… 傷が治ったとしても、暫く休みな」
側で様子を見ていた同僚の若者がそんな言葉をかけてくる。
「いや、それでは、当番に穴が開くじゃろうが」
「大丈夫だって、俺が代わりにやっておくから、これぐらいの事をしなければ、以前の恩は返せないよ。恩返しをしなければ嫁さんに怒られてしまうよ」
若者はにかっと笑う。
「お爺様、私からもお願い… 今はこの方のご厚意に甘えて、暫く休んで…」
テレジアも心配して訴えかけるようにな瞳で言ってくる。
「分かった…すまんのう… お前さんももうすぐ父親になると言うのに…」
わしは頭を下げる。
「へへっ、生まれてくる子供を恩知らずの親父の子供にしたくないからな」
こうして、わしは暫く仕事を休んで自宅療養することになった。
魔法で治療したとは言え、原理は身体の新陳代謝を高めて、とりあえず骨を繋いだり、傷口を塞いだだけで、その分の栄養は摂らないといけないし、疲労感も残っている。だから、喰っては寝てを繰り返せばいいだけなのだが、テレジアが仕事や学園を休んで、家に残りわしの付き添いをしてくれた。
テレジアが付き添ってくれるのは嬉しいが、その反面、わしがテレジアの足手まといになっていることが、心を痛めた。あの時、もっと上手く立ち回れば怪我せずに済んだのに、わしが年老いてなければ、テレジアはこんなに心配しなくても済んだのに…
わしは自分自身の不甲斐無さを悔やんでいたが、確かにわしの力は目に見えるほど衰えて来ていた。手を引いてやるはずのわしが、逆にテレジアの足にしがみ付いている様な不甲斐無さ… やるせなかった…
そんな時に来客があった。テレジアは今、三階で洗濯物を干している。わしが代わりに一階に降りて出迎える。すると来客したのはテレジアの友人二人であった。一人は幼い時からの友人、ロラード家のコロン嬢ちゃん、もう一人は学園に入ってからの友人のレイチェル嬢ちゃんであった。二人はテレジアの事を心配して、貴族というのに、わざわざ下町のこの家に様子を伺いにきてくれたのじゃ。
わしはその事が心強く思えて嬉しかった。わしはこの先、テレジアの足手まといになってしまうかもしれん、しかし、テレジアには、ちゃんと手を引いてくれる友人がいるのじゃ…
わしは二人を家の中に案内して、わしに出来る限りのことでもてなした。そして、テレジアが席を外しているうちに、わしは二人にわしにもしもの事があった時にテレジアの心の支えになってくれるように頼み込んだ。
二人はわしの土下座での頼みに驚いて困惑しておったが、快く所諾してもらえた。これでわしが居なくなっても、足手まといになったとしても、テレジアにはもっと先の未来まで手を引いてくれる人がいると思うとわしは安心できた。
その後、二人が帰る時にテレジアが見送りにでたが、戻ってきたテレジアの顔は何か憂いを含んだものであった。
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