第6話 4月25日 10:21

   6


「納得できません!」


 未種学園高等部の教員室には五十人の教員が集まっていた。この場に居ない数人の教諭は現在、学園の全生徒が集まる講堂で監督の任に就いている。


「我々には、生徒達を無事に親元へ帰す義務が有ります!」


 保志仙二。故障で引退した元プロ野球選手で、現在は野球部顧問。強仕きょうしを迎えて尚、正に気力が充実している熱血漢として有名な体育教諭。

 肩幅の広いジャージ姿で、仙二は椅子の上で汗を流す校長に迫った。


「し、しかしだね……このような事態は異常だ……。そう、極めて異常だよ……」


 教員室を見渡せる上座に坐した校長は、既に本卦還り。小さな問題すら起こす事も無く定年を迎えたい彼は、議事の場では常に保守的な姿勢を崩さない。

 格式と伝統を重んじる未種学園で、常なら校長の意見は一定の説得力が伴う。しかし、学園の敷地が深い森に囲まれて遭難した――なんて前例は存在しない。ハンカチで額の汗を拭い続ける彼に、仙二は声を張り上げた。


「そうです、異常です! ですから、早期の行動が今後の命運を握るのです!」


「そ、そうだが……しかし実際夢かもしらんだろう……。そう、コレは夢だよ……」


「校長!」


 能動的な事態の解決を主張する仙二。

 受動的な事態の解決を望む校長。

 両者の対立は、二人に限った話ではない。五十人の内、半分は仙二の意見に積極的又は消極的賛成。残り半分は校長の意見に積極的又は消極的賛成。教員陣でも、意見の統一は図れていない。




「……大変な事になっちゃったわねぇ。ねぇ、炎谷山ぬくたにやま先生?」


 天然パーマの髪をピンク色に染め、毎朝の化粧を欠かさない岡馬切矢が――彼の隣に机を並べる男性教諭に話し掛けた。


「ええ、そうですね」


 炎谷山ぬくたにやまホムラ。海老色の短髪と海老茶色の瞳で、切矢とは対照的に男性らしい魅力を醸し出している。人懐こい彼の一つ先輩で、今年から二年一組の担任を務めている。


「ぶっちゃけ、どう思うの? やっぱり、夢なのかしら?」


「夢、ですか。まあ、私は何方どちらでも構いません」


「あら、剛胆な発言。どうして?」


「例え夢でも現実でも、私が教員という職に就いている以上――やるべき事は一つ。生徒を教え、導き――そして守る事です」


「炎谷山先生……」


 口元を両手で隠し、切矢は頬を染めた。


「……――ハッ。……コホン。でも、炎谷山先生? ドチラでも、という割には保志先生の意見に賛成してなかったかしら?」


 議事の最初に挙手で教員全体の意見確認が行われ、当時の事を指して切矢は尋ねる。


「ええ。積極的な意見に私は賛成です」


「あら、どうして?」


「我々が健康を維持できる日数は、最大でも四日だと考えているからです」




「――ですから、校長!」


「いやいや、しかし……」


 一日目の話し合い。仙二と校長の主張は、最後まで平行線を辿り――明日の午前中まで様子を見る、という事で一応の結論を出した。

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