第5話 4月25日 10:20

   5


「ドラゴンだって、ヤバくない?」


「そもそも、ココはドコなの?」


「学園の外、森だって。……マジ?」


 未種学園の中央講堂は、入学式など様々な学校行事で頻繁に使用される。その性質上、収容人数は二階席まで含めれば二千を数える。学園の中高併せた生徒の数は、千と二百人。一階席に全員が収まる。

 地震から四十分が経過した現在、未種学園の生徒は全員が中央講堂に集められていた。


「生徒を一ヶ所に集めて安全確保。その間に教員を集めて職員会議……した所で、現状の解決策は浮かぶのかしら」


「……どうだろうね」


「……」


 席順は前方から一年生、右翼から一組――従って二年一組は、中央最右翼に位置する。御十神みとがみマナセの右隣に古清水ミナミが、左隣には風里谷ふりたに風優子ふうこが座っていた。


「……これから、どうなるのかしら」


「……分からない」


 ミナミの言葉に、マナセも言葉尻が窄む。

 突然の地震。ドラゴンの爆発と墜落。更に、都内に居を構えていた筈の学園が今や森の中。現状を明確に説明できる者は、学園の中には恐らく存在しない。


「……あの娘、ホグラって言ってたわよね。……どうなったのかしら」


「……多分大丈夫、だと……思う」


『父様――』


 そう言って姿を消したホグラは、現在まで姿を現していない。ドラゴンという危機を、自ら爆発する事で排除した人物。


「本当の危機には、私も無力ね……」


「僕は支えられてるよ。ありがとう」


「え? ……そ、そう? ……えへへ」


『――皆さん、お待たせしました』


 優しく、身体の芯から包まれる春風の如き声が響く。講堂内を支配していた喧騒は一瞬で頭を垂れ、そして皆がステージに登壇した小さな少女に注目する。


『現在、私達は遭難しています』


 高等部生徒会長、猪鹿月いかづき水無月みなづき。例年政財界の子息達が名を連ねる生徒会で、学園史上初めて一般家庭出身ながら当選を果たした才媛。そして同時に、獲得票数も歴代最多を記録した。


『でも、安心して下さい。先の未確認生物の件も含め、教員陣で対応を検討中です』


 孔雀青の冴えた長髪と、孔雀緑の鮮やかな瞳。白練の美肌と共に目を奪われる水無月の特徴が、小学生と並べる身長。小さな身体を包む紺地のブレザーは少し袖が余り、小さく顔を覗かせた両手の指先でマイクを包み――そして優しく柔らかな笑顔で話す。緊張感は欠片も感じられない、正に慈母の如き聖姿。彼女の姿を見た生徒達の肩から、次々と余計な力が抜け落ちる。


『あと二十分ほど――』


 ▼■の■■■■

 ▼■の《ポーズ》は世界を一時停止する!


「――ッ!」


 黒のインクがステージ上の虚空に浮かび、世界が一瞬だけ暗転した。マナセは、弾けるバネ人形の如く立ち上がった。


「……――マナセ? 急にどうしたの?」


 目にも止まらぬ速度で立ち上がったマナセを見、ミナミは僅かな瞠目と共に声を掛ける。


「ご、ごめん……」


 マナセは赤いホールイスに座り直し、小首を傾げたミナミと共にステージへ目を向ける。


「……アレって」


 ステージに立つ影が、一つ増えていた。


「……うん。あの娘だ……」


 ミナミの言葉に、マナセは頷いた。

 薔薇色の派手な長髪と、落ち着いた紅葉色の瞳。白練の美肌と、淡い赤色のワンピース。自爆と共にドラゴンを倒した美少女。その名は――


「……ホグラ、ちゃん……。やっぱり、二つ目の赤い火は……」


『――……こんにちは。私は、猪鹿月水無月と言います。猪鹿月って、イノシシとシカの月って書くんだよ? カッコイイでしょ』


 両手で牙と角を作るジェスチャーを交え、水無月が笑顔でホグラに話し掛ける。


『……貴女の御名前、知りたいな』


「……」


 しかしホグラは水無月を一瞥した程度で、無表情で正面に向き直った。


『あはは。ごめんね。こんな注目される所で名前訊かれたら、緊張しちゃうよね。私も、最初は――』


「それでは、最後の仕事を始めます」


『……え? 仕事……?』


 ▼■の■■■■


 ステージの上で、赤いインクが虚空を走る。


『これ……。確か、あの時の……――え……』


 ▼本村邦広のスキル発動!


 文字を見上げる水無月の視界に、二つ目の――いや、


 ▼荒田博仁のスキル発動!


 ▼森脇夕記のスキル発動!


 ▼佃悟美のスキル発動!


 無数の黒い文字が講堂の空を埋め尽くした。


 ▼■の■■■■

 ▼■の《セーブ》は限定した空間内の情報を記録した!


「大丈夫です。――貴方達は死にませんから」


 無表情に、無感動に――ホグラが言い放つ。次の瞬間、


 ▼本村邦広の《爆心一刀流》は斬り裂いた悪の心を爆発させる!


 講堂の後方、出入り口に近い席が爆発した。悲鳴と共に、爆煙の中から小さな欠片が四方八方に飛び散る。


 ▼荒田博仁の《炎王大回転・極み》は火炎大旋風を巻き起こした!


 講堂の前方左翼に炎の竜巻が発生し、付近の生徒達が慌てて逃げ惑った。次第に、合成素材と肉の焼ける異臭が漂い始める。


 ▼森脇夕記の《ホワイト・ナイト》は理想の王子様が現れる!


 講堂中央に、白馬に乗った美少年が現れる。時折嘶く馬の足許は、赤く染まっていた。


 ▼佃悟美の《暗黒拳》は嫉妬の炎を両手に灯す!


 講堂後方、未だ立ち昇る爆煙を漆黒の炎が呑み込んだ。その炎は生物が如く脈動し、腰を抜かして泣き叫ぶ女子生徒を瞬く間に包み込む。


『……え……。……なに、これ……――』


 未種学園の中央講堂に集まった中高併せて千と二百人の生徒達――その悲鳴と断末魔を前に、水無月は腰を抜かして震えていた。

 爆発でイスと共にヒトの手足が宙を舞う。巻き上がる火炎の柱は遂に天井を突き破り、接合部分の溶けた瓦礫が講堂に落ちた。中央を走る馬上の美少年は、女子生徒の頭を胸に抱えて男子生徒達の首を斬り落としていた。講堂の出入り口には黒い炎が八岐大蛇の如く蠢き、女子生徒を次々と呑み込んでいる。


「……では、二回目を始めます」


 ▼■の■■■■

 ▼■の《ロード》は記録された情報を世界に書き出す!


 ホグラの言葉に呼応して新しい黒のインクが虚空を走って――悲鳴と断末魔が止んだ。生徒達は千と二百人が綺麗な制服を着て席に座り、講堂の天井には傷一つ見られない。


『……――あれ……?』


 ステージ上に立つ――震える事も無く自然と立つ水無月が、可愛らしく小首を傾げる。


「それでは――」


 ▼■の■■■■

 ▼■の《セーブ》は限定した空間内の情報を記録した!


 水無月の隣――ホグラの頭上に、黒い文字。そして、


 ▼■の■■■■


 赤い文字も浮かび上がる。


「二回目です」


 ▼佐藤友孝のスキル発動!


 ▼斉藤初美のスキル発動!


 ▼藤原正章のスキル発動!


 ▼齊藤夕のスキル発動!


 ▼長成恵のスキル発動!


 講堂を――再び、悲鳴と断末魔が支配した。




 ▼■の■■■■

 ▼■の《ロード》は記録された情報を世界に書き出す!




 ▼■の■■■■

 ▼■の《ロード》は記録された情報を世界に書き出す!




 ▼■の■■■■

 ▼■の《ロード》は記録された情報を世界に書き出す!




「――百八十と九回のデバック作業、完了。問題は発見されませんでした」


 未種学園の入学式が行われる玄関口として、中央講堂は今も修繕の行き届いた綺麗な姿を保持している。講堂に集められた千と二百人の生徒達も、登校前の朝支度が乱れた様子も無く大人しく赤いホールイスに座っている。


「……」


 ステージ上には高等部生徒会長の水無月と、淡い赤色のワンピースを着た美少女のホグラ――彼女はおもむろに壇上から飛び降り、最右翼の通路を歩く。


『……』


 水無月は、薔薇色の長髪を呆然と目で追う。――やがてホグラは、濡羽色の長髪が似合う男子生徒の前で立ち止まった。


「父様。――これから先は、ずっと一緒です」


「……えっと……――」


 無表情に僅かな朱を差したホグラを前に、マナセは貼り付け慣れた微笑と共に首筋から汗を流した。




「――納得できません!」


 職員会議が始まって数分、未種学園高等部の教員が集められた教員室に怒号が飛んだ。

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