禅問答

五里栗栖

禅問答

 ちいさな小鳥箱の中に僕らは閉じ込められていて、そこから出る事は出来ない。

 ただ、鉄格子の向こうのカムパネルラに林檎を分け与える事はできる。

 雨ニモ負ケズ。風ニモ負ケズーーと教科書を開いて、学校の先生は復唱させる。

 でも、彼らは宮沢賢治の真意も知らずに、都合よく読解した遺書の意味を、まるで聖書の様に広める。

 僕は兎に角、己の人生が退屈だった。

 頬杖をついて、あくびをする。

 それを見て、井澤裕子がいたずらに笑った。

「貴方はなんでも分かったふりをするのが得意なんだね」

「それは偏見だ。君が僕をそう捉えているだけだ」

 甚だ見当違いな誤解に腹が立った。

「でも、貴方は愛だけは信じていないのね」

「それは正解だ。世界は孵化する事のない卵。誰かが革命を起こさない限り、閉じ切ったエンドコンテンツだ」

 つまり、イエス・キリストが没してから随分経つが、この世界は何の革命も起こされないまま、退屈に焼き上がろうとしているのだ。

 それは塩気の多い茹で卵になるだろう。しかも完熟だ。マヨネーズでもないと、食べられたものではない。

「でも、それは思い上がりなのよ。あなたは宮沢賢治が好き過ぎるあまり、自己犠牲を肯定したがっているもの」

「それの何が悪い。この世の至上の喜びは、尊い死に方にある」

「いいえ。欲望を享受できない人生に喜びは存在しないわ」

 穢らわしい。欲望などというものは、一番に排他するべき感情だ、と僕は思っている。

「最後に、この論争に終止符を打ちましょうか」

 井澤裕子はまたいたずらに笑って続けた。

 あなたを愛している、と。

 その返事はつゆしらず。またの機会に。

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