第2話 音痴なヒーラー
私の名は「ナーロウ」、「異世界監察官」だ
「チート小説」で「小説を書き替えるバグ」を探して旅している。
バグ取りだけでなく感染者のケアも仕事のひとつだ。
相棒の手乗りドラゴン「グー子」を連れ小説の中を歩いている。
ナーロウは漆黒長髪の美少女で軍服に緑の指輪、愛刀「転生丸」を携えている。
残念ながら現実と同じく胸はさほど大きくはない。
(ま、まああっても邪魔なだけだしね!)
「ナーロウ様なんかいつもと違くありませんか?」
怪訝そうにこちらを見てくる手乗りサイズのドラゴン。
「キャラ作ってると色々疲れるのよ、グー子ちゃん」
もうワシとかじゃろとか語尾や一人称に拘るのは止めたのだ。
なんか今思い出すと猛烈に恥ずかしい…
と、そんな事を考えて歩いていると、大きな咆哮が聞こえてくる。
ボエェ~!!!!
「なんなの、この騒音!?」
思わず耳の穴を指で塞いだナーロウとそれができずに逃げて行くグー子。
その騒音の出所は魔物でも魔術でもない、一人の少女だった。
どうやら歌を歌ってるらしい。
更にそこには耳を塞いでいる冒険者パーティーと悶えている魔物達がいた。
「みんな今だ!うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
少女が歌い終わると冒険者パーティーは気絶した魔物達に切りかかっていた。
ナーロウが冒険者達を見ると何重ものバフ(強化)とカンストしたHPが表示されていた。
ナーロウにとって小説の存在はゲームのキャラみたいなもので、ステータスも丸見えなのだ。
「助かったよ、初音」
「ううん、私の歌で誰かを癒せたのならそれで…」
「初音の歌を聞いてると力が湧いてくるよ(これで歌が上手ければなぁ…)」
「やっぱりあの娘ね」
ナーロウが目を凝らすと、少女のステータスが見えて来る。
彼女の名は初音彩羽(はつねいろは)。
この小説「異世界アイドルがチートデスボイスで癒しまくる」の主人公である。
スキルは「完璧なバフの歌」に「完璧な癒しの歌」そして唯一の攻撃スキルである「魔神の歌声」である。
彼女のレベルは低くこんなチートなスキルを覚えられる訳もない。
彼女は異世界転移してやってきたチートパワーを得た売れない地下アイドル、という設定だ。
「さっそくだけどあなた、その歌声、捨てて貰うわよ」
私は彼女に契約書の様な紙を突き付ける。
内容は「チート能力は放棄し、程々にします」という物だ。
これは上位世界で用意したプログラムで拒否権は無い。
ただしあくまで強要は最後の手段と言うのがナーロウのモットーだ。
しかしチート能力者が簡単に力を捨てる訳もなく…
「嫌!私はこの歌声で世界を癒すのよ!」
「癒すどころかぶち壊してるでしょ。それにあなた音痴だし」
「音痴?私が…?」
その言葉が初音の琴線に触れたのか彼女はわなわなと震えスキルを発動させた。
攻撃スキルである「魔神の歌声」だ。
「私は音痴じゃなああああああああああああい!!!」
ボエェ~!!!!
超振動の歌声がナーロウ達を襲う。
ナーロウは指輪をかざすと自分とグー子、そして冒険者達がバリアで覆われる。
しかしそのバリアもひび割れ、いつ割れるか分からない。
「やっぱり彼女、感染者ね」
ナーロウが手にした上位世界の存在である契約書が歌声でボロボロになっている。
下位世界では無敵の強度を誇るアーティファクトなのだが、
上位存在に干渉できるバグが感染した歌声が、契約書を破壊していた。
破壊されているのは契約書だけではない、空を見ると空間がひび割れている。
この世界その物が破壊されつつあった。
「わかった!訂正するわ!あなたは音痴じゃない!」
ナーロウは大声で初音に語り掛けると、初音は落ち着きを取り戻す。
ナーロウは新たな契約書を用意するがこれも破壊されてしまうだろう。
「ナーロウ様、どうするんですか?このままじゃこの世界が破壊されちゃいますよ?」
「分かってるわ…ここは計略を使いましょう」
「計略?」
「そこのあなた、私と歌で勝負しない?」
初音に語り掛けるナーロウ。
その顔には我に策アリと書かれている。
「私が勝ったらこの契約書にサインして貰うわ」
「いいですけど、私が勝ったら何があるんですか?」
「私がこの世界であなたをメジャーデビューさせてあげる」
「え、本当!?」
売れない地下アイドルだった初音にとってそれは願っても無い事だった。
剣と魔法のこの時代、ネットもSNSも動画サイトもTVもない。
そんな時代で誰もが知ってる歌姫になるには相当の年月がかかる。
それをこの女性はすぐにしてくれるというのだ、実にありがたい。
初音は二つ返事でOKした。
さあ勝負の始まりだ。
「先行は譲るわ、課題の曲はこれで」
「じゃあ失礼して一曲!」
初音が一息入れて歌い出す。
凄まじい衝撃波が周囲を襲った。
「この歌相手なら勝てますけど、逆切れされてまた世界をこわされちゃうんじゃ…」
グー子の心配も最もである。
しかしナーロウには考えがあった。
「黙って見てなさい。もうすぐ結果が出るから…ほら」
ナーロウが初音の頭上を指さすとイエローカードが表示されている。
そして2枚目、3枚目と追加され、ついにレッドカードが表示された。
ぴんぽーんぱんぽーん
どこからともなくチャイムとアナウンスが流れ出す。
【小説家になろうよ!では歌詞の盗用は禁止されています】
警告ブザーが鳴り響くと初音の口にバッテンマークが貼られ、
その破壊的な歌声は聞こえなくなった。
「ナーロウ様、これはいったい…」
「小説家になろうよ!のルールを破ったから規制されたのよ」
初音がもごもごしているが声が出てこない。
「オリジナルソングだったら駄目だったけどね」
「ああ、だから先行を譲った上に課題曲まで指定したんですね~」
「じゃ、初音さん、この契約書にサインしてくれるかしら?」
「むーむー!」
初音は頷くと契約書にサインしチートパワーを捨てた。
そして一部始終を見ていた冒険者達は初音にこう告げた。
「もう君はただの音痴だ。ヒーラーとしては未熟だし、危険な旅には付き合せられないよ」
「え…?」
冒険者達は善意のつもりだったのだろう。
しかしその去り際に言った台詞が彼女の心を傷つけた。
初音は大粒の涙を流してガン泣きしていた。
「さあ、これでも見て涙を止めて」
「え…?」
ナーロウが初音に渡したのはヒーラー養成学校のチラシと推薦状だった。
「まずはその音痴を直す所から始めないとね」
「は、はい!」
初音は用紙を手に取ると、元気よく立ち去って行った。
「今回は感染者だったわね…早くバグ本体を見つけないと」
「ですね」
ナーロウはグー子を肩に乗せると、指輪をかざしこの世界から消え去った。
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