鹿と熊VS巨大イカ バディ以上百合未満な石ノ森系が円谷系巨大生物と戦うだけのお話

時邑亜希

第1話

《用語解説》


バディ:buddy

 ・友人、仲間、相棒のこと

 ・二人一組の主人公ムービー。

  たいてい正反対の人間性で喧嘩して、

  最後には最高のバディになる。

 ・つまり百合。



石ノ森系

 ・等身大サイズで戦うヒーローの比喩表現。

 ・マスで孤独に戦うダークヒーロー。

 ・お金持ちのコウモリはアメリカ産なので違う。



円谷系

 ・巨大サイズで戦うヒーローの比喩表現。

 ・巨額予算の秘密組織と連携する光の戦士。

 ・ぶつかったのに腕組みはどうかと思う。



イカ:squid

 ・おいしい。でもプリン体が多いから注意。

 ・これを書いているとき、スルメ食べてたら奥歯が

  欠けたのでイカは人類の敵なのかもしれない。



*****


 おかしい。

 何って、気温ですよ気温。古来より日本では夏日を二十五度以上、真夏日を三十度以上、そして猛暑日を三十五度以上と定義してきた。それがここ数年、七月には常に真夏日をマークし、八月は連日連夜猛暑日。熱帯夜は二十五度なんていうけど、何だったら深夜太陽が沈んだ後もずーっと真夏日どころか猛暑日。挙げ句の果てに残暑とか言いながら最高気温三十八度って、そりゃもう『残酷に暑い日』で残暑でしょ。辛い、もう、ホント、マジ辛い。

 私、鹿目(かなめ) 奈津子(なつこ)は二十歳という現代っ子の代名詞Z世代らしく、暑さに非常に弱い生き物である。好きな言葉はエアコン設定温度二十五度。黒電話も、レンチンも、改札を通す切符も、生まれてこの方使ったことが無い温室培養育ちのお嬢さんだ。なので、現代のこの夏の暑さは地球環境崩壊でもう人間が住めなくなったディストピアかってくらいに耐えがたい苦痛です。

「シカちゃん、お使い後でぐでってるとこ悪いけど、この後通り沿いのギャラリーにサンドイッチと珈琲お届け宜しく」

「………マジっすか」

 雇用主であり、大家でもあるマスターから告げられる過酷な業務命令。喫茶とまりぎでは、お電話頂ければ軽食や珈琲を美人女子大生がデリバリーしてくれるサービスを実施中です。

 ………すみません誇張しました。ハイブリーチショートの私はあんまり温室培養育ちのお嬢さんって感じじゃ無いです。

 白シャツに黒パンツ、ちょっとだけクラシックな黒いエプロンドレス。なんともミスマッチな姿だけど、私は案外気に入っている。レトロシンプルで、だけどちょっと可愛いらしい。その昔マスターの奥さんが選んだらしいが、なかなかどうして時代を経ても通ずるわびさび、もといエモーショナルを感じる。

「まぁ、文句言ってても仕方ないっすね」

「やる気になってくれて何より。戻ったらアイスあげるよ」

 流石地域の顔役も兼ねている地主兼マスター。ちゃんと店子でバイトである苦学生の気持ちを理解している。それでは、茹だる様な暑さと突き刺さる紫外線で溢れた残暑の真っ昼間、デリバリー行って参ります。



「それじゃ、また宜しくお願いしますね~」

 常連のギャラリーオーナーさんたちに挨拶して建物を出る。この格好でのデリバリーは以外と人気で、何軒か常連さんが居る。ここと、雀荘のシゲさん、近所の大学の先生方、呉服屋のトミさん、その他周囲商店ちらほら。マスターの交友が広いのが一番の理由だが、ハイブリーチのクラシカルウェイトレスを面白がってくれる人も結構多いみたいで目下話題沸騰商売繁盛ありがたいことです。

 しっかし外はくっそ暑い。それでもついさっきまで涼しい館内に居たのでちょっとだけ耐えることができる。この冷房バリアが続いているうちにとまりぎに帰らなくては。

 夏期休暇中の大学生の日常なんて、バイトか、惰眠か、ゲームか、アマプラか、実に気楽で自堕落なモノだ。私の場合はバイトがメイン。空いている時間は基本とまりぎに居るし、後はちょっと別なアルバイトもしている。そっちは定期収入と言うより臨時ボーナスに近い形なんだけど、それが中々どうして美味しい。特殊スキルに対する加算と、危険手当と考えればそんなに割が良いバイトでも無いのは分かっているけど、背に腹は代えられないんだよなぁ。

 そろそろ秋冬モノも買いたいし、ここらで一発臨時ボーナス実現しないかな~なんて考えながらとまりぎに帰ると、吉報を告げる御遣い様がいらっしゃっていました。超怒り顔で。

「遅い! 何度電話かけたと思ってるの!」

「え? あ―――ゴメン、スマホ持ってくの忘れてたわ」

「馬鹿バンビ」

 この超不満げに私を睨んでくる女は熊小川(くまこがわ) 衣都(いと)といって真面目が服を着て歩いている様な存在である。黒髪セミロング一つ括り、黒縁眼鏡に想像を絶するくらい無個性なパンツスーツ。……まぁ、彼女の仕事は警察官、それも公安に類するものなので没個性な格好は職業病、とフォローしたいところだが、高校生の時も似た様な感じだったので実は仕事関係無い。そんなに睨むと小皺が増えるよ、と言おうとしたらものすごい眼力でメンチ切られた。おぉ怖い。折角大きい目をしているのにそんなに大きな黒縁で隠すなんて、勿体ないなぁ。

「で、何か用事? 急いでるみたいだから緊急でお仕事かな?」

「そう! というかバンビ外騒ぎになってるの気付いてないの!?」

 はて、通りのギャラリーまで行って返ってきましたが特には。

「ちょっと騒がしいかなって思ったけど、夏休みだしこんなもんかな~と」

 盛大なため息を吐くベア子。見かねたマスターがこれこれとテレビを指して音量を少し上げてくれる。

「―――――――イカ?」

 Liveの文字が表示されたテレビでは、どう見ても巨大なイカが、うねうねベイエリアから陸上に侵攻しようとしている最中だった。え、でかくないこれ? 建物よりおっきいじゃん。しかもこれ割と近所だ。バイクで走れば三十分。目と鼻の先で起こっている特撮風景。うねうね多足が……キモチワルイ。

「そう、イカが侵攻してきてるの! 止めに行くわよ!」

「や、え、ん? イカを!?」

「だからイカ!」

「なんでイカ!?」

「知らないわよそんなこと! 大方某国の強引な地下資源採掘の影響で霊脈乱れて、もろに龍脈にでも飲み込まれたダイオウイカが突然変異でもしたんじゃ無い? どうせ目的はベイエリアの先にあるプラント工場よ」

 無駄にテンプレ設定。あ、バリケードっぽいの突破されてる。

「ベア子~これマジの映像? 報道規制も何も無しで映っちゃってるけど、ドッキリとか特撮じゃないよね?」

「映ってるわね。今頃上は大騒ぎでしょうよ。私たちは神秘や怪異、異端は秘匿出来るけど、怪獣災害を隠すのは苦手なのよね。相性悪すぎるもの」

 そう、怪獣だ。何を隠そう鹿目奈津子には、超自然現象的なモノに対応するスキルがある。お国からバイト代貰って事件解決に協力するのがさっき言ってた臨時ボーナス。言ってみれば秘密組織のエージェントみたいな感じなのだ。(かなり格好良く誇張しました。実際はただの公安課から委託を受けて作業する下請けです)

 だがこれはちょっと違う。怪獣はジャンル違い、担当区分外、専門外、解釈違い。そもそもこんなメディアに出ちゃってる時点で関わると地獄見そうな臭いぷんぷんなんだよね。

「無理、パス、ジャンル違う」

「パス無し、ほら行くわよ!」

「ムーリー! 無理無理! 分かるじゃん! ベア子も自分で言ってたけど相性悪すぎ! こんなんでかすぎるし、捕まって足に絡め捕られてエロエロ展開になるに決まってんじゃん! エロ同人誌みたいに! エロ同人誌みたいに!」

「エロ連呼するな! あとそんな我が儘関係無い! この近辺の咒方術士じゃ私たちが一番近いから公安課からバンビにも正式に協力要請も出てるの。急ぐわよ!」

 確かに急いだ方が良さそうなのは分かるけどさぁ……テレビではイカが漁協っぽい建物に絡みついて破壊してる映像が遠巻きに映っている。あれ、三十メートルくらいあるんじゃない? めっちゃ安っぽいB級パニックムービーみたいだ。

「これは円谷系じゃん。私たち、どっちかっていうと石ノ森系だよね? 役に立たなく無い? よく考えてベア子、ここどこ?」

 面倒くせぇって顔で、普段から浮かびがちな眉間の皺を更に深くして、私の「ここ」という言葉に答えてくれる。ベア子の美点はこの無駄に律儀なところ。

「ここ? ここは松里市だからそのイカの現場までヘリ使えば一瞬で」

「違う違う、このお店のこと」

「喫茶店? とまりぎ?」

「そう! 喫茶店。マスターは駄洒落言わないけど、私は住み込みバイトみたいなもん。バイクだってマスターのだけど時々乗ってる。と来れば敵は怪人とか未確認生命体とかに決まってるじゃん? だからあの類いはかっちょいいチーム名付いた科学特捜隊に任せようよ」

 そう、モチはモチ屋に。生憎と巨大生物の対処は私たちは未経験。ここは専門家である光の巨人に任せよう。実在するか知らないけど。

「はいはい、そんな特撮ネタはどうでも良いから。何なのバンビ、今日やけに嫌がるわね。ちゃんと危険手当込みで報奨金出るわよ? どうせごねると思ったから事前に上司に確認してあるし」

「クマちゃん、シカちゃん軟体系苦手なんだよ。この前シゲさんがイカ釣り行ったお裾分けたくさん持ってきてくれた時も珍しく悲鳴あげてたし」

 私が本気で嫌がっているのが分かったのかマスターが助け船を出してくれる。が、悲鳴の下りは言わなくてよかった。おかげでベア子、軟体……とちょっと考えた後、珍しくクスクス笑ってやがる。

「私だってキモチワルイものが苦手な乙女な一面があるんです! どうにも苦手なんだよねあのうねうね」

 過去、水難で人生変わってしまった身としては、どうにもあのうねうねに引きずり込まれるイメージが脳内に固着してしまっており、正直視てるだけでトリハダが立つ。水難とイカは関係無いのでは?と言われるかも知れないが、こんなの理屈じゃ無いんだ。生理的に無理なものは無理。海も、水も、暗い水面も、うねる濁流も。私にとっては全て不吉で、明確な死の象徴。

「だから今回は申し訳ないけど別の人選でお願い。私たちが一番近いって言ってもどうせバックアップいるんでしょ。まさかこんなちゃらんぼらんな女子大生を大本命に動いてるわけないよね」

 私のちょっとトーンダウンした声で察してくれたのか、スマホ取り出して電話し出すベア子。程なくして―――

「はい、ブラックペインの説得に失敗。……いえ、パフォーマンスを引き出せないことによる進言です。……はい。では……ファイアスタータ? 適任ですね。分かりました。到着まで時間を稼ぎます」

 電話を終えるとカップの珈琲を一気飲み。お財布を出そうとするからマスターが良いよと促し、ご馳走様でしたと御礼を告げて席を立つ。

「ちょい待って、私行かないよ?」

「えぇ。残念だけど、鹿目奈津子の動員は厚労省との取り決めで強制出来ない決まりだからしょうがないわ。それに、相性の問題は事実として在るわけだし。ちょっとジャンルは違うけど相生相克については公安課も良く理解してるはず。バンビ、物理特化だから大型、それも軟体ってなったら確かに意味ないかも知れないしね」

 う、それはごもっとも。

「私行かないのにベア子は行くの?」

 何を今更と言う呆れ顔。身長は私の方が十センチくらい高いのに、なんだか見下されてるみたい。

「私、公務員で警察官ですから。警備部公安課特定事象特務対応班。公共の安全を守る義務があるの。バンビみたいに好きか嫌いかで物事決められる程自由な身分じゃ無いのよ」

「そんな言い方しなくてもいいじゃん! それに、ベア子弱いんだから一人で行ったって対して意味ないのに」

「弱―――えぇ、そうですよ。私はどこかの誰かみたいに正義の味方でも、奇跡の体現者でも、石ノ森系ヒーローでも無いですからね! それでもこれが私の御役目なんです!」

 売り言葉に買い言葉。眉間の皺を更に深くしてドスドスと歩き出て行こうとする。いつも通りのやり取りではあるんだけど……違うの。こんなこと言うつもりじゃなかった。私は単に、彼女が一人で行くというのが不満で。だって私と彼女は―――

「心配しなくていいわよ。私に才能が無いのなんて知ってるし、単に応援が来るまで時間稼ぎするだけよ。マスター、こっちまで被害出ること無いと思いますけど万が一の時はお願いします」

「あぁ、早めに避難始める様に周囲には話通しておくよ」

 それでは、とドアのベルが鳴り出て行った。

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