真冬のお願い

「え、やだ」


「ガハッ!!」

「そ、そんな…………」

「終わりだ……うう……」


 音を立ててテーブルに崩れ落ちるケイスケ。そして後ろの男たち。


「メイド服…………?」


 そんな中で、俺はケイスケの言っていた言葉が気になっていた。


「ケイスケ、今年のミスコン衣装はメイド服なのか?」

「ああ…………もうどうでもいいけどな…………はあ…………見たかったなあ真冬ちゃんのメイド服姿…………」


 ケイスケの声は僅かに震えていた。そこまで見たかったのか……。


「メイド服ねえ…………何というか意外だったな。てっきり水着とかそういう系だと思ってた」

「…………去年はそうだったんだけどな…………色々あって今年は露出の低いものになったんだ……」

「色々って…………」


 中々闇の深そうな話だ。


「うう…………うっ…………見たかったなあ…………!」

「お、俺……辛いっス…………」

「この時の為に、活動してきたのに……」


 ケイスケはついにテーブルに突っ伏したまま泣き出してしまった。後ろの奴らも必死に涙を拭っている。もしかして後ろの奴らは真冬ちゃんのファンクラブの奴らだろうか。何となくそんな気がした。


 …………何だかんだ言って、ケイスケとはもう三年目の付き合いだ。大学で一番仲のいい友人と言ってもいい。そんな奴が公衆の面前で泣いている姿というのは、理由はどうであれそれなりに心に来るものがあった。


「真冬ちゃん、どうしても嫌? 露出の低い衣装らしいけど」

「嫌よ。ミスコンなんて、柄じゃないもの」

「まあ……そうだよなあ……」


 どう考えても人前で目立つことを好むタイプではない。これが静やひよりんならまた違ったんだろうが。


「俺も見たかったなあ……真冬ちゃんのメイド服姿」


 これは本心だった。真冬ちゃんの絹のように綺麗な黒髪は、きっとメイド服にめちゃくちゃ似合うと思ったんだ。

 とはいえ無理なものは仕方がない。流石に無理強いさせる訳にはいかないし、無理強い出来る気もしなかった。


「悪いなケイスケ、すまんがそういうことだから」

「あ、ああ…………こっちこそ悪かったな…………うっ」


 目元を拭いながらケイスケが立ち上がる。後ろの奴らもよろよろと立ち上がり、食堂から出ていこうとして────。


「────ミスコンって、賞品とかあるんですか?」


 その背中を、真冬ちゃんが呼び止めた。


「え、真冬ちゃん出るの?」

「やっぱり話だけなら聞いてもいいかなって思っただけ。出るかは分からないけど 」


 何故かは分からないが、真冬ちゃんは急に「絶対出ない」から「出るかは分からない」に態度を軟化させた。ケイスケの泣き落としが効いたのか……?


「あ、ああ────それでも全然大歓迎!」


 ケイスケは急ぎ足でテーブルに戻ってくると、バッグから取り出したプリントを真冬ちゃんの前に置く。ミスコンの説明プリントらしい。


「うちのミスコンは賞品も豪華なんだ! まず…………優勝者は旅行券十万円分。それと豪華な優勝トロフィーが授与される」

「十万円? それは凄いな」


 十万円もあったら日本全国どこでも行けそうだ。


「旅行券十万円分…… 」


 真冬ちゃんもまさかの金額にびっくりしているようで、プリントに釘付けになっていた。


「まあ、私が優勝出来るとも思えないけれど…………」

「いやいや! 真冬ちゃんなら絶対優勝間違いなしだって! お前らもそう思うよな!?」


 真冬ちゃんの呟きをケイスケが全力で否定する。後ろの奴らも間違いないとしきりに言い合っていた。


「えっと…………ずっと気になっていたのだけれど、後ろの人たちは誰なんですか?」


 真冬ちゃんが怪訝な目をケイスケの背後に向ける。


「あ、こいつらは真冬ちゃんの非公式ファンクラブの会員たちだ。勿論ここにいるのは極一部。大学に数ある非公式ファンクラブでも真冬ちゃんのファンクラブは既に最大手なんだ」

「ふぁ、ファンクラブ…………」


 流石の真冬ちゃんも少し顔が引きつっていた。勝手に自分のファンクラブが出来ていて、それもかなりの人数だと言われればそういう反応にもなるか。そういった経験が全くない俺からすれば、少し羨ましく感じたりもするけれど。


「真冬ちゃんがそういうの嫌いそうだったから、普段は表に出ないように細々と活動してるらしいんだが…………今回は蒼馬を説得するために少し力を貸して貰ったんだ」


 申し訳なさそうにケイスケは目を伏せる。後ろのファンクラブ会員たちも同じようにしていた。本人の嫌がることはしない、マナーのいいファンクラブではあるらしい。


「やっぱり真冬ちゃんはファンクラブが出来てるって知らなかったの?」

「…………ええ。流石に少し驚いているわ」


 殆ど変化する事のない真冬ちゃんの表情だが、少しだけ驚きが混じっていた。俺以外には分からないくらいの小さな変化ではあったが。


「とにかくっ、真冬ちゃんが出場すれば優勝間違いなしだと思うんだよ! どうか前向きに出場を考えては貰えないかな……?」


 ケイスケが真冬ちゃんを拝み倒す。

 真冬ちゃんはプリントにじっと視線を落としていた。どうも旅行券が気になっているらしい。どこか行きたい所でもあるんだろうか。


「…………蒼馬くん」

「何だ?」


 真冬ちゃんは視線を落としたまま俺に話しかけてくる。大学用の「蒼馬くん」呼び。


「蒼馬くんは、私のメイド服姿……見たいの?」


 まるで今日の晩御飯を聞くかのような、感情の乗っていない軽い口調だった。一応聞いてみた、という感じの雰囲気。


「そうだなあ…………」


 …………と言った所で、ケイスケが物凄い形相で俺を睨んでいることに気が付いた。まるで親の仇を見るような視線を俺に向けている。


 見たいって言え──声にならない叫びが聞こえてきた。

 けど、そんなものなくても俺の答えは決まってる。


「見たい。真冬ちゃん、メイド服めちゃくちゃ似合いそうだし。優勝するんじゃないかって俺も思ってるよ」

「…………そ」


 やはり返ってきたのはそんな軽い返事。けれど、頬が少しだけ赤くなっていた。こういう真冬ちゃんは珍しいので、何だか少しドキッとする。


「そこまで言うなら…………出てあげてもいいけれど」

「本当!?」


 ケイスケが大きく目を見開いて真冬ちゃんを見る。


「はい。でも…………一つだけ条件があります」

「条件?」


 ケイスケが首を傾げる。


「真冬ちゃんが出てくれるんなら何でもするよ。勿論、後ろの奴らも」

「いえ、ケイスケさんは何もしなくて大丈夫です。ただ、蒼馬くんに一つお願いがあって」

「俺?」


 なんだろうか。この件に関して俺に出来ることはない気がするが。


「俺に出来ることなら協力するよ。俺だって真冬ちゃんのメイド服姿は見たいしさ」


 流石にこんな人前でマンションのノリで変なことは言い出さないだろうことを考えると、恐らくは夜ご飯のリクエストあたりか。それくらいならお安い御用だ。

 ────と、考えていたのだが。


「良かった。じゃあ────もし私が優勝したら、私と旅行に行ってくれる?」


 とんでもないことを言って、真冬ちゃんは怪しく微笑んだ。

 驚きの表情で固まるケイスケの更に向こうでは、真冬ちゃんファンクラブの男たちが、感謝と嫉妬と何だか分からないようなぐちゃぐちゃの感情の籠った顔で俺を見ていた。

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