林城静、ちょろい

 いやいや。


 いやいやいやいや。


 蒼馬くんとひよりさん、めちゃくちゃペアルックだったんですけど!?


 どこからどうみてもカップルにしか見えない奴なんですけど!?


 えっ、ちょっと待って…………これ現実?

 実は夢だったりしない?


 …………まあ、しないか。


 いくら眠すぎて頭回ってないとはいえ、流石に現実と夢をごっちゃにしたりはしない。あれは流石に現実だ。めっちゃ汗かいてたし。


「いらっしゃいませー」


 うわあ…………どうしよう。


 なんだか急に不安になってきた。これで二人の仲が急接近、なんてこと…………ないよね?


「…………」


 私は、蒼馬くんを信じてる。


 確かにひよりさんは胸もおっきいし、なんかオトナの包容力みたいなのがあるけど、蒼馬くんはそんなのに負けたりしない。胸なんかより大切なものがあるって分かってるはず。それが何なのかは分からないけど。とにかく、この世には胸より大事なものがあるんだ。私はそう信じてる。


「こちら、温めどうしますか?」

「あ、お願いします」


 えー…………どうしよう。


 私も参加した方がいいのかな。


 でも朝起きるのも嫌だし、走るのはもっと嫌だ。ダンスのレッスンですら出来れば行きたくないと思ってるんだから、今の私にはどう考えてもそんな健康的な生活は無理。私が健康に悪いんじゃなくて、きっと健康が私に悪い。健康から私に歩み寄るべきなんじゃないかな。


 …………何言ってんだろ、私。


「ありがとうございましたー」


 まぁー、とにかく。


 私は絶対に運動なんかしないんだから。私だけは不健康の味方。


「…………レッスン用の服でもジョギングって出来るのかな」


 絶対しないんだから。



「静…………?」


 ジョギング生活二日目の早朝。


 マンションの外に出てみると、なんと運動出来そうな服装に身を包んだ静が遠慮がちに立っていた。


 静は俺に気が付くと、シューズのつま先をぐりぐりと地面に押し付けながら唇をとがらせる。


「…………ちょっとだけ……走ろうかなって」

「おお、一体どういう心境の変化だ?」


 昨日、早朝からコンビニの飯を食って寝ていた奴と同一人物とは思えない。静は俺の質問に難しい顔をして答えた。


「んー……なんとなく。たまには走ってみようかなって」

「そっか。まあ何にせよ俺は嬉しいよ。『推し』には健康でいて欲しいからな」

「…………むへへ」


 言わずもがな、静は俺たちの中で群を抜いて不摂生な生活を送っている。太らないからといってイコール健康という訳でもないし、やる気になってくれたのは素直に嬉しい。


 そんな訳で静と他愛もない話をしていると、ひよりんと真冬ちゃんがやってきた。ひよりんはお馴染みの黄色いパーカー、真冬ちゃんはスポーツ用の薄いTシャツに太ももまでの黒のスパッツという、中々健康的で目を惹く格好だった。


「え…………ペアルック?」


 俺を見た真冬ちゃんがボソッと呟く。


「たまたま被っちゃったんだ。俺もびっくりしてる」

「そ、そうなの! 全然気が付かなかったわよね!?」


 真冬ちゃんの鋭い視線に気圧され、思わず口から出任せが飛び出す。ひよりんも慌てて同調してくれた。まだ運動していないのに、ひよりんの顔はジョギング直後みたいに赤かった。


「…………まあいいわ。それで、静はどうしてここに?」

「見ての通りよ。私も健康に目覚めたの」


 腰に両手を当て、偉そうなポースをする静。


「見るからに寝てなさそうだけれど」

「私は夜行性だから、寧ろこれが規則正しいのよ」

「へえ、夜行性の人間が存在するとは知らなかったわ」


 早朝からこの二人の間には火花が散っている。仲良くなったと思っていたけど、どうやら勘違いだったみたいだな。


「よし、それじゃあ出発しようぜ。ペースは各々で、無理して合わせないように」

「よっしゃ!」

「今日も燃焼するわよ〜」

「…………」


 静は両手を天高く掲げ、ひよりんは屈伸して膝のストレッチ。真冬ちゃんは感情の籠もっていない瞳で空を見上げている。そんな三人と一緒に「蒼馬会・朝の部」がスタートした。

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