静「喧嘩売ってんのか」
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俺たちは三階にあるフィットネス・スポーツ専用フロアにやってきていた。まず俺が驚いたのはその雰囲気で、広いフロア内は何の変哲もない大学生の俺程度では聞いた事もないようなお洒落ブランドがひしめき合い、店先に色とりどりのウェアや靴などを広げていた。流石はファッションビル、スポーツ用品ですらお洒落の心を忘れていない。
「えーっと、何を買えばいいのかしら。ランニング用の靴と、服と…………部屋の中で運動するなら屋内用のも必要よね」
ひよりんがフロアマップを眺めながら呟く。その奥では…………恐らくゴルフかテニス用だろうか。丈の短い女性用のスカートが並んでいて────俺の脳内に住まう小悪魔が、目の前の『推し』にそれを着せてしまう。
「そ、そうですね。色々見て回りましょう」
白いスカートからすらっと伸びるひよりんの健康的な脚は俺の理性を破壊するには充分過ぎて、俺は頭を振って脳内から小悪魔を追い出しにかかった。こんなことをしていたらフロアを回りきる前に俺は精魂尽き果ててしまう。
俺は気分をリフレッシュすべく、適当に近場の店に突撃した。ひよりんも大人しく俺に付いてくる。
「いッ────!?」
俺達を待ち受けていたのは────スポーティな女性用下着の数々。脳内に帰還していた小悪魔はいつの間にか立派な悪魔に成長していて、勿論それをひよりんに…………いやいやさせるか。
俺達は慌てて店内からまろびでた。どうしてスポーツ用品フロアにランジェリーショップがあるんだよ!?
「すっ、すいません! よく見てませんでした!」
「あ、あははは…………だいじょうぶ、間違いは誰にでもあるものね!? き、ききき気を取り直して別のお店に行きましょう!?」
俺の顔も赤いだろうが、ひよりんも顔を真っ赤に染めていた。俺たちは油の足らないロボットのようにぎこちない動きで別の店に足を向けた。
◆
「これとかどうかしら? 夏らしくて可愛いと思うんだけど」
ひよりんは手にしているレモンイエローのジップパーカーを身体に重ね、俺の方に向き直った。
「そうですね…………ちょっと失礼します」
まずは触って材質を確かめてみる。表面はさらさらとしていて、パーカーと言っても普段静が着ているようなものとは違い完全に運動用のようだ。くっついているタグによると汗をめちゃくちゃよく吸うらしい。
うん、なかなかいいんじゃないか。洗濯方法も変わったところはないし。
「いいと思います。機能性も問題なさそうですし」
そう言ってパーカーから手を離す俺に、ひよりんは不満げな視線を向けてきた。丁度今日の天気のようなじっとりとした視線を向けてくる。
「蒼馬くん…………ダメよ? 女性に服の意見を求められた時は可愛いか否かで答えてくれなくちゃ」
もう一度パーカーを自分の身体にあてがうひよりん。今度は期待するような視線を向けてくる。
「そ、そうですね…………」
俺だって分かってたんだ、そういうことを言ったほうがいいんだろうなってことくらい。でも、今のひよりんを直視することはとてもハードルが高かった。
何故なら…………胸にパーカーが乗っているから。パーカーを見ようとするとどうしても胸を凝視することになってしまうんだよ。頼むからそのことに気が付いてくれ。
ひよりん、あなたは年頃の男子にとってとっても危険な存在なんです。
「どうかしら…………もしかして似合ってない……?」
「う…………」
悲しそうなひよりんの声に耐えられず、俺はパーカーに視線を向けてしまう。静でも真冬ちゃんでもそうはならない、不自然に飛び出したパーカーが目に飛び込んでくる。脳内で悪魔が小躍りを始める。止めろ、勝手にひよりんの胸を想像するな!
「に、似合ってると思います…………」
「そう? 良かったあ。じゃあこれにしようかしらね」
笑顔でパーカーを籠に入れるひよりんにバレないよう気をつけながら、深呼吸する。
「…………ふぅ」
頭に浮かぶのは「焼け石に水」という言葉。理性ではどうしようも出来ない部分がひたすら頭に熱を送り込んでくる。いつから俺はこんなに女性耐性が貧弱になってしまったんだろうか。自分が自分じゃないみたいな気がしてくるが、ここにいるのは間違いなく慣れ親しんだ天童蒼馬だった。
「よし、じゃあ次は下を見に行きましょう?」
「…………そうですね、そうしましょう」
何だかもう全身がむず痒い。きっと血液が物凄い速さで循環しているんだろう。
静でも真冬ちゃんでもいい、誰か助けてくれ。
いるはずもない二人を探してしまうくらいには俺は困窮していた。まさか『推し』とのデートがこんなに疲れるものだとは。いや、勿論楽しいし嬉しいんだけど、同じくらい精神的疲労もあった。
静と家電を買いに行った時はこんなことなかったんだけどな…………その理由は明白だったが、言葉にするのはあいつに悪い気がした。栄養がどこにいくかは人間にはコントロール出来ないものだから。
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