この会社はやっぱりダメかもしれない

 最悪カメラとマイクさえあればいい配信者と違い、VTuberとしてデビューするには用意しなければならない物が多い。


 まず真っ先に思いつくのがVTuberをVTuber足らしめるその最たるもの────アバターだろう。


 正式にバーチャリアルと契約をしデビューに向けてやりとりを重ねていた俺だったが…………ついにアバターのラフが出来上がった。ネット世界におけるもうひとりの俺。その姿が今明かされる。


 ちなみに担当者とやり取りした感じでは、いい感じに渋めのイケメンに仕上がっている予定だ。


「…………」


 …………予定は未定だった。


「…………ふっ、ふふっ…………! ご、ごめん…………私は……ふふっ…………いいと、思うよ……?」


 一人で見るのもあれだったから、たまたま家でゴロゴロしていた静を呼んでみたのだが…………俺は早くもその事を後悔していた。静はディスプレイに表示された俺の分身を見るなり、堪えきれないというようにお腹を抑えだしたのだ。


「あははっ…………! そっかあ…………そうきたかあ…………ふふっ…………! 麻耶さんもやるなあ……確かにこれなら真冬がいても、大丈夫そうだねえ……?」


 静は目端に浮かんだ涙をそっと拭って勝手に何か納得していた。

 肝心の俺はというと…………現実が受け止めきれず、これから長い付き合いになるであろうもうひとりの自分に対し、未だ声明を発せられずにいた。


 いや…………うん。


 あのな?


 恥を忍んで告白すると…………ホストみたいな奴がくると思っていた。


 だって男のVTuberってそういうのが圧倒的に多かったし?

 …………仕方ないじゃん。みんなファンタジーの主人公みたいだったんだもん。俺悪くないもん。


「…………まじかあ」


 けれど…………今俺の目の前に映し出されているのは、どこからどうみても────小学5年生だった。


 まごうことなき小学5年生。


 いや、もしかしたら3年生だったり6年生だったりするのかもしれないが…………とにかく小学生だった。


 勿論ファンタジーじみた髪型などしておらず、お母さんに切ってもらったような名もない短髪。背中には黒のランドセルを背負い、家庭科の時間で作ったようなエプロンを身に着けている。


「ふふっ…………まさか…………まさかショタとは…………!」


 静はついに耐えきれなくなったのか、テーブルをバンバンと叩き出した。


 おい、笑うな。俺を笑うな。


「どうしてこうなったんだ…………ん?」


 送られてきたラフ画は正面と横、後ろが描かれていて、隅っこに小さく走り書きがあった。作成者のものだろうか。


「なになに…………『共働きの両親に代わって家事を担当するお兄ちゃん、というイメージ通りに作ってみました』…………は?」


 共働きの両親に代わって…………家事を担当するお兄ちゃんだと?


「いったい何が起きているんだ…………?」


 先方には何度も「ハードボイルド系でお願いします」と伝えていたはず。義務教育過程の只中にいるキッズが出来上がるようなオーダーは一切していない。俺の注文はどこに消えてしまったのか。


「向こうでやり取りにミスがあったのか…………?」


 そういうことなら、早めに報告したほうがいいだろう。

 俺はルインを開くと急いで麻耶さんの名前をタップした。





 スマホから麻耶さんのハキハキした声が流れ出す。


『会心の出来栄えだろう? ひと目見た瞬間電撃が走ったよ』

「いやいや、俺の想定とは日本とブラジルくらいかけ離れてますよ。何ですか共働きの両親に代わって家事を担当するお兄ちゃんって。俺はハードボイルドな老執事にしてくれって伝えていたんですよ」


 今明かされる衝撃の事実。

 なんとこの小学生は手違いでも何でも無く、正真正銘俺の為にデザインされたアバターらしかった。


『そんなの却下だ却下。あのな蒼馬、この世のどこに妹の世話をする老執事がいるんだよ。老執事の妹って、それもうおばさんじゃねーか。それはな、世話じゃなくて介護っつーの』

「何て言い草なんだ…………」


 初対面から思っていたんだが…………麻耶さんは口が悪い。そのせいで俺は今泣きそうだった。


『つーわけで、それがお前のアバターな。もう3Dモデルも作り始めちゃってるから。安心しろ、めちゃくちゃ可愛くなる予定だから』

「可愛くてどうするんですか…………」


 俺の生まれ持ったハードボイルドなオーラは、可愛らしいショタのアバターとは間違いなくアンマッチだろう。

 お互いの要素が喧嘩して訳が分からないようなことになってしまう気がするんだが。どうしてこんな簡単なことが分からないんだ。


「あの…………俺ショタのフリとか出来ませんよ?」

『あー? いらんいらん、今話してる感じでいいよお前は』

「ええ…………」


 俺は困惑した。

 麻耶さんが何を狙ってこんな仕打ちをしているのか、それが全く分からなかった。

 この前の話では主なターゲットは女性らしいが…………これでどうやって女性人気を獲得するんだ?


「麻耶さんっ、ナイスです! これ絶対いけますよっ!」


 静が身を乗り出して俺のスマホに喋りかける。


『アンリエッタもいたのか。そうだろ、絶対ハネるぞこれは。私には予感があるんだ』


 静は俺からスマホを奪い取ると、麻耶さんとアツい談義を交わし始めた。如何にこのアバターが優れているかについて話しているみたいだったが、その内容はちっとも俺の理解をかすっていなかった。


 …………この会社、やっぱりダメかもしれない。

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