正体現したね

「初めまして。蒼馬くんの妹の水瀬真冬と申します」

「えっ…………?」


 無用の長物だった我が家の4人掛けのテーブルに、初めて3人が腰を下ろした。

 俺の隣に真冬ちゃん、その向かいに静が座っている。


 真冬ちゃんの紹介を受けて、静は頭にハテナを浮かべながら俺と真冬ちゃんの顔を交互に見比べている。


「えっ、兄妹…………? でも苗字…………アッコレ触れない方がいいやつか…………ぜ、全然顔似てないね」


 静は困惑しながらも、何とか愛想笑いを浮かべた。


「そりゃそうだ。兄妹じゃないからな」

「はえ?」


 静は訳が分からないというように間抜けな顔を浮かべた。


「血は繋がってないんです。なので苗字も違うんです」

「ちょ、真冬ちゃん、ややこしくしないで」


 真顔でトンデモな事を話す真冬ちゃんの暴走を何とか止める。


 …………真冬ちゃん、大学の印象だとクールビューティーなイメージだったけど、さっきのスーパーでの態度といい今といい、実は結構アレな子なのかもしれないな…………。


「真冬ちゃんは俺の幼馴染なんだ。この前10年振りくらいに大学で再会してさ。またこうして話すようになったんだよ」

「本当のお兄ちゃんのように慕っていました」


 補足です、というように付け加える真冬ちゃん。クールな見た目と真面目な素振りで変な事をいうもんだから、静が若干引き気味だ。


「そ、そうなんだ…………じゃあ、私はお姉ちゃん…………ってことになるのかな?」

「…………は?」


 真っ新な雪原のような真冬ちゃんの眉間にピキッ、と皺が寄った。


「ご、ごめん冗談冗談! えっと私は林城りんじょうしずかっていうの。歳はハタチ。よっ、よろしくね?」


 震えながら真冬ちゃんに向かって手を差し出す静。

 真冬ちゃんはその手を真顔でじっ…………と見つめていたが、ゆっくりと握り返した。


「…………」


 …………なに、この空気?


 2人は大丈夫なんだろうか。

 真冬ちゃんはしっかりしてるから大丈夫だろうと思って連れて来たけど、もしかしてやってしまったか?





「うっし、そろそろ揚げ始めるか。静、ひよりんさん何か言ってた?」

「あ、もうすぐ着くって丁度今返信来たよ」

「了解」


 気合を入れてエプロンを締めなおす。時刻は19時45分。丁度いい時間だ。


「…………? なに?」


 エプロンを締めると、真冬ちゃんと静がこっちを注視してきた。


「んにゃ、何でもないよ? どうぞじゃんじゃんお揚げになってくださいな」

「楽しみにしてるね」

「あっ、そう…………」


 首を傾げつつキッチンに向かう。

 なんだ…………もしかしてこのエプロン似合ってないのかな。誰にも見せないだろと思って適当に花柄のやつ買っちゃたのがミスだったか。


「蒼馬くんのエプロン姿…………萌え…………」

「ちょっと、私の兄に勝手に萌えないで頂けますか?」

「なんだよぅ、血は繋がってないんだろお」


 リビングからは何やら仲の良さそうな2人の話し声が聞こえてくる。

 相性悪いのかな、なんて一瞬不安になったけど、そんなことなくて良かった。


「よーし、揚げるぜえ」


 漬けておいたもも肉を粉にまぶし、中温の油に投入する。

 その後一旦上げ、高温の油で揚げなおすのがジューシーに揚げるコツだ。


「蒼馬くん、ひよりさん着いたって。開けてくるね」

「おう、頼んだ」


 ジュワジュワジュワ…………という肉が揚がる音の合間を縫って聞こえてくる静の声に返事をする。


 ややあって2人分の足音が帰ってきた。


「…………」


 本物のアイドル声優が、俺の家に。


 背中でひよりんの気配を感じながら、俺は身体を強張らせた。


 …………いかんいかん、揚げ物に集中しなければ。


「蒼馬くーん、お邪魔するわねえ?」

「あっ、はい! 空いてる所座っちゃってください!」


 ひよりんの声に、唐揚げを取り出す箸がびくっと震えてしまい落としそうになる。危ない所だった。


「…………」


 ミスしないように無心で唐揚げを金網にあげていき、油の温度を上げ、また投入する。

 背後からはよく聞こえないが楽しそうな3人の声が聞こえて来た。


「初めまして。蒼馬くんの妹の水瀬真冬と申します」

「あら、蒼馬くん妹がいたの? 綺麗な子ねえ」

「いやいや、それ嘘ですよ。妹みたいな存在らしいです」

「ちょっと。混ざってこないで下さい」

「なにおう。年下の癖に生意気なヤツ」

「ふふ、2人とももう仲良しさんになったのね」


「…………」


 うーん、よく聞こえないが、とりあえず盛り上がってるっぽい。


 静もひよりんも人前に出る仕事(静は微妙な所だが)だけあって、初対面の人と仲良くするスキルに長けていそうなのは安心ポイントだ。真冬ちゃんを任せても大丈夫そうだな。


「うし、揚がった」


 ひょいひょいっと唐揚げを皿の上に取り出していく。

 とりあえずは半分の15個。少ししたら第二陣に取り掛かろう。


「皆お待たせー、唐揚げの到着だぞー。第二陣あるから量は心配しないでくれー」


 皿を持ってリビングに戻ると、ひよりんと目が合った。

 ひよりんは俺の視線に気が付くと、にっこりと笑った。


「蒼馬くん、エプロン姿可愛いね」「!?」「!?」

「あっ、そっ、そうですか……? ありざっす……!」


 一瞬で、油の前に立っていた時より顔が暑くなる。照れているのを誤魔化すように俺は皿をテーブルに置いた。


「美味しそーーーー!!!」

「あらあら、凄いわねえ」

「…………お兄ちゃんの……料理……」


 揚げたての唐揚げに、3人3色の反応を見せる。

 何にせよ皆テンションを上げてくれて、心が温かくなった。


「お茶碗とお箸は棚にあるから。味噌汁飲みたい人はインスタントなら出せるから言ってくれ」


 ────こうして、4人で食べる初の夕食が始まった。 

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