写真のアップロードは危険がいっぱい

 女の子は荷物が多いものだと思っていたんだけど、新しくできた隣人の荷物は意外にも多くは無かった。


「こっちの段ボールはひとりでもいけそうだから────パソコン類だけお願いしちゃってもいいかな?」

「了解。レイアウトは指示して」


 無駄に広い2LDKには既に冷蔵庫や洗濯機、ベッドなどといった一人ではどうにもならない大型家電は設置されていて、残っていたのは段ボールが数個と────ドデカいパソコンとその周辺機器だった。


「えっと…………パソコンはベッドのある部屋で。まずはデスクの近くに移動させてほしいかも」

「ほいほい」


 俺は腰に力をいれるとパソコンを持ち上げた。ずっしりとした重みが全身に伝わってくる。どう間違っても林城さんがこれを一人で運ぶのは無理だったろう。お節介かとも思ったが手伝いを申し出て良かったな。


 彼女の指示通り私室(予定)に入ると、L字型のテーブルとベッドが目に入る。

 俺は指示通りテーブルの傍にパソコンを降ろした。彼女のパソコンは有名なゲーミングパソコンのブランドモノで、どうやら林城さんはゲームを嗜むらしいことが分かった。


「ありがとー! さっすがオトコノコ、ちっからもちー!」

「つつくな、つつくな」


 脇腹を小突いてくる林城さんを払いのけて俺はリビングに戻った。まだ大量の周辺機器が俺を待っているんだ。


 それにあんまり突くと惚れても知らねーぞ。こちとら女の子に優しくされ慣れてないんだからよ。


「んで、次はどうすりゃいい? モニターとか運ぶ? つか、凄いねこの量」


 照れ隠しに俺は矢継ぎ早に捲し立てた。


「パソコン使う仕事してるからねえ、これでも引っ越す時に生き残りトーナメント開催してきたんだけどもさ」

「マジで? 減らしてこれなのかよ……」


 目の前に広がるのは────モニター三枚、ゴツいモニターアーム数本、マイク数個、スピーカー数個、その他何に使うのか分からない精密ぽい機器etc…………。

 到底ひとりで扱い切れなそうな量が並んでいた。何か少人数の会社でも興すのかと思うレベルだ。


「そそ。パソコン一台実家に置いてきたしね。んじゃあ次はモニターお願いしてもいい? 言ったところに取り付けて欲しいんだ」

「あいよ」


 こうして俺達の初めての共同作業はスムーズに進んだ。

 実は俺は女の子の部屋に入るのは小学生以来の事だったけど、林城さんの部屋はまだベッドとパソコン類が並んでいるだけでムードも何も無かったから、特に緊張する事は無かった。


 結局あれこれとリビング周りも手伝わされ、終わるころには空は夕暮れに染まっていた。

 途中で無作為に開けた段ボールから彩り豊かな下着が飛び出すといったハプニングがあったものの、頑なに俺は「見てない」と言い張り事なきを得た。

 女性の恥じらいを尊重する男なんだよ俺は。水色の下着を着用している女性には特にな。


「………………うーーーーー、終わったーーーーーー!!! ありがとねーー天童クン!」

「どういたしまして。お役に立てたようで何より」


 俺は腕や肩を回して硬くなった筋肉をほぐそうと努めた。心地よい疲れが全身に溜まっているのが分かる。今日はゆっくりお風呂に浸かろう。


「いやーホント、お隣さんが親切な人で助かったよ! 絶対ひとりじゃ終わらなかったねーこれは」

「まあ、そうだな。どうやってパソコン運ぶ予定だったのか謎だ」

「んにゃ、あれは引っ越し業者の人に運んで貰おうと思ってたのを忘れてたのだ、てへへ」


 そう言って頭を掻く林城さんは、控えめに言ってかなり可愛かった。

 …………こんな可愛い子が今日から隣人なんだな。俺は得も言われぬ高揚に包まれた。


「あ、そだそだ。連絡先交換しない? ご近所さんとは仲良くしたいし、今日のお礼もしたいしね」

「連絡先? ルインでいいか?」

「うん! …………はい、ふるふるー」


 そう言って林城さんはスマホを振った。ルインは至近距離でスマホを振ると連絡先を交換できる機能が付いている。俺もその存在自体は大学で伝え聞いてはいたが、使用するのは初めてだった。


「…………お」


 加減が分からず遠慮がちに振っていたスマホに「林城静」というプロフィールが登録される。


「しずか、でいいのか? 読み方は」

「うん! そっちは…………そうまくん、でいいのかな?」

「そうだ。天童てんどう蒼馬そうま。よろしく林城さん」


 そう言ってスマホをポケットに突っ込む俺を、首を傾げた林城さんが見つめていた。


「? 静でいいよ? 同い年だし」

「そ、そうか。じゃあしずか、よろしく」

「うん、これからよろしくねー蒼馬くん!」


 ポン、とスマホを俺の胸にぶつけて笑う静に、俺は早くも惚れそうだった。


 チョロいとか、言うなよな。





「あぁーいきかえった……」


 いつもより長めの風呂で体を解した俺は、ベッドに転がってスマホを眺めていた。


『じゃあ約束通り超激辛ポヤング食べちゃうぞー。いやー、引っ越し先近くのコンビニに売ってて良かったよー』


 スマホを横にして観ているのはエッテ様の放送。


 放送名は『引っ越し記念! 超激辛ポヤングに挑戦!』。


 引っ越しすると激辛焼きそばを食べる、というのは日本のどの地域の風習なのかは知らないが、とにかく記念らしい。まあ蕎麦配ったりするしな、似たようなものだろう。


コメント:『ちゃんと超激辛買ってきた?』

コメント:『待ってました』

コメント:『食べきれないに1000ペリカ』



『ちゃんと買ってきたよー。鬼の顔が書いてあるやつでしょ? 正直もうパッケージが人の食べ物じゃないんだよな…………』


コメント:『ヨーグルト用意しといたほうがいい』

コメント:『はよ』

コメント:『あっ(察し)』


「…………腹減ったな」


 決して激辛ポヤングに刺激されたわけではないが、腹の虫がぐーぐーと鳴っている。


 日中は引っ越しの手伝いをしていたから、そういえば今日は昼から何も食べてないことに気付く。そりゃあ腹も減るってものだ。


「あー、でも冷蔵庫ロクなもんないな…………」


 今朝の記憶を思い起こせば、確かラストの卵すら使ってしまった。本当は今日買い物に行く予定だったからな。仕方ないことではあるが。


「まあ、たまにはコンビニでいいか」


 そうと決まればササッと行くに限る。コンビニは結構近い所にあるから、今から行ってもエッテ様が食べてる最中には帰ってこられるだろう。


 俺は寝間着兼スウェットのまま足早にコンビニに向かった。





「…………うわ、売れてる」


 ふと気になってカップラーメンコーナーを物色してみたら、噂の超激辛ポヤングが置いてあった。

 しかも列の一番前が無くなっている。つまり、誰かが買ったのだ。


 まさかミーチューブの企画以外でアレを食べようという人がいるとは。世の中は俺が思っているよりずっと広いのかもしれない。


 俺は世界の広さを感じながらパスタコーナーで大盛りミートソーススパを手に取った。超激辛ポヤングは勿論スルーだ。





『んぎゃあああああああああ! …………んぐグ…………ッ、…………ハァ、ハァ、ハァーーーーー…………!』


 エッテ様の放送は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


 VTuberの放送は身バレ防止の観点からカメラを使うことはほとんどなく、今回のエッテ様の放送も同様で、例えばポヤングがどれくらい減っているかを映す為にカメラが用意されているということはなかった。


 つまり、画面には笑顔のお姫様の3Dモデルが映っているだけ。


 笑顔のお姫様が、まるで人間としての尊厳を踏みにじられるような中世の拷問を受けているかの如き叫び声をあげている。


コメント:『草』

コメント:『キャラ崩壊しとるwwwwwww』

コメント:『エッテ様汚れ役もいけるやん!』


 コメント欄は自分の『推し』が苦しむさまを見て喜ぶ変態たちでごった返していた。ここは地獄の三丁目かな?


「…………いや、ようやるわマジで」


 俺は辛さの欠片もないミートソーススパをちゅるちゅると啜りながら呑気にそう呟いた。

 エッテ様にはこういうリアクション芸人のような企画をするイメージは無かったけれど、うん、偶にはこういうのもいいかもしれないと俺は思い始めていた。かく言う俺も変態なのだ。


『辛いっ、辛いよおおオオおおおおお! 誰か助けてえええええええ!』


「…………ははっ」


 まるで殺人鬼にナイフを突きつけられたかのような迫真の命乞いに、思わず笑いが漏れる。


 ところで、エッテ様引っ越したばかりって言ってたけど騒音問題は大丈夫なんだろうか。結構な音量で叫んでる気がするけど。まあ人気VTuberだし防音設備のちゃんとしたマンションに住んでるか。


『はふっ、はフッ! ずるずるズルッ! はー辛い! はー辛い! はー辛い!!!!!! ずるずるッ! ゴフッ!』


 今まさにファイアードラゴンと死闘を繰り広げているエッテ様には、普段の睡眠導入ASMRお姉さんの面影はどこにもない。


 けれど俺は、なんというか…………エッテ様が作られたキャラクターではなく、偶にはふざけたくもなるひとりの人間のように感じられて、妙な親近感を感じていた。


 そして数刻に及ぶ激戦の後、ついにその時は訪れた。


『…………食べたっ…………! 食べたっ、食べたよみんな…………! ああああああ痛い! イタタタタタタッ』


コメント:『はっっっっや』

コメント:『いやマジですげえ』

コメント:『流石我らがプリンセスです』


『ごめんみんなっ…………! ちょっと、色々ヤバいから……! とりあえず今日は終わるねっ! 写真だけツブヤッキーにあげとくから…………んじゃ!』


 こうして伝説の夜は幕を閉じた。


 ツブヤッキーのトレンドには既に『エッテ様』『超激辛ポヤング』が入っていた。

 アイドル売りしているバーチャリアルでこういった汚れ役企画は珍しいし、それに鬼神の如き戦いを魅せたエッテ様があまりにも意外だったんだろう。俺も正直今日でかなりエッテ様の印象が変わった。今まではゴリゴリの清楚系のキャラだと思っていたんだけどな。まあ、余計好きになったのは間違いない。他のファンもきっとそうだろう。

 

「そういえば」


 エッテ様、ポヤングの写真アップするって言ってたな。

 早速彼女のツブヤッキーを見てみると1分前に写真付きの投稿があった。既に2000リツブヤキされているそのツブヤキには、デスクとキーボード、そして真っ赤なソースに塗れた空のポヤング容器が映っていた。本当によく食ったなこれ。


「…………ん?」


 俺は強烈な既視感を感じ、写真を凝視した。

 ポヤングではない、その付近に映っている周辺機器。


 これは────


「────いや、お隣さんやないかい!」


 ────どうみても、俺が汗水垂らして運んだ物品たちだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る