第4話 浮遊
さて、ここからが時間との勝負だ。
イングラシェントマンゴーは比較的日持ちするほうであるが、新鮮なもののほうがより報酬を上乗せされる。
1日程度の移動なら問題はないだろうが、それでも早いに越したことはない。
「さて、どうしたものかなぁ……」
とにかく今は、この森を抜けることが先だろう。
マンゴーを潰さないように慎重に背嚢に詰め込むと、それを背負って森の中を抜ける。
森の中を抜ける時も、ヒイロオオケアリの特徴を利用した。
基本的に蟻というのは、腹部からフェロモンを分泌してそれを道しるべとして辿るように出来ている。
当然、出発地点である森の入り口からずっと伸びているのだ。
しかし、このフェロモンは時間が経つにつれて、だんだんと揮発していってしまう。フェロモンの濃度が濃いとはいえ、これでは迷ってしまうだろう。
そこで、蟻の触覚の出番である。蟻は触覚や化学物質を使って、様々な場所へと行くことができる。
また、太陽の位置を使って方向を確認しているとも言われているのだ。
そんな蟻の特徴を利用して、ローアンは森を脱出する事に成功したのだった。
「ふぅ、帰りはそんなに時間はかからなかったな」
そういって背嚢にあるマンゴーを確認する。
傷んでいる場所などはないようだ。
「さて、どう帰ろうかな……」
先ほども検討したように、空を飛んで帰るのが最速である。しかしながら、それに適した召喚虫がいるかどうかである。
ある程度、どのような召喚虫がいるかは確認することはできるものの、命令や使い方はローアン次第である。
「……よし、一か八かだ。召喚しよう」
そういって、ローアンは召喚魔法を使う。
『呼び覚ましたるは女王のため。種の存続を願う者どもよ、今集え!』
空に向けた手の先から、魔法陣が展開される。
『
そこから無数の蜂が召喚される。
ラクラシーミツバチと呼ばれる種類の蜂だ。通常のミツバチの体重は100mg程度であるのに対し、ラクラシーミツバチは体重が1gと10倍ほどの大きさになっている。
これにより、通常のミツバチよりも広大な範囲を飛び回ることができるのだ。
「さぁ、僕を街まで連れて行ってくれ」
そうラクラシーミツバチに命令する。
すると、ミツバチの群れがローアンの足元に群がる。
そのままローアンは、その群れの上へと飛び移った。
すると、ミツバチの群れはローアンを支えるべく、上向きに衝突を始める。
「うわ、うわわ……」
しばらく空中でバランスを崩しそうになるローアン。
何度か試行を繰り返す内に、背嚢を前に持ってソファに腰掛けるようにすれば安定することに気が付いた。
「よし、これで問題なし。街へ出発!」
ローアンがそう命令すると、ミツバチの群れは上手いことベクトルを変化させて、街のほうへと前進していく。
「まさに空中散歩って感じだなぁ……」
当の本人は散歩していないが。
しかし、ミツバチが衝突をすることでミツバチ側に悪い影響が出ないか、という心配があるが、これは無用である。
ローアンが召喚した虫には、少なからず「召喚の加護」がついており、基本的ステータスが格段に上昇するというものがある。
そのため、衝突しても衝撃で絶命するということはないのだ。
そのまま2,3時間ほど経過しただろうか。
冒険者ギルドのある街が見えてきた。
「やっぱり普通に歩くより早いな」
街の郊外で地面に降りると、その足で冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドに入ると、ほかの冒険者からの視線が集まる。
「あいつ、たった2日で戻ってきやがった!依頼を達成するのが無理だって分かったんだろ!」
「おいおい、言ってやるなって。あいつにもプライドってものがあるだろ?」
「虫みたいな小さいプライドだろ?」
遠くでガハハと笑う声が聞こえる。
それらを無視して、ローアンは受付へと向かう。
「これの依頼、完了したので報告に来ました」
その声に、ギルドの中は騒然となった。
「では、依頼目的の品物を見せてください」
受付の人も信用していない顔だ。
ローアンは、ごく自然にマンゴーを取り出す。
それを見た受付の人はひどく動揺していた。
「え、あ……。確かにイングラシェントマンゴーですね……。ちょっと待ってください」
そういって裏手へと走っていく受付の人。
すぐに別の職員がやってきて、マンゴーの鑑定を行う。
「……間違いありません。数時間以内に収穫されたイングラシェントマンゴーです」
その声に、ギルド中が騒然とする。
当然だ。大規模パーティでも発見することが出来なかった果物だ。たった一人で発見できるなど、誰も夢にも思っていなかっただろう。
「え、えーと……。依頼は達成されたので、こちらは回収いたしますね」
そういって職員がマンゴーを持っていく。
今回の報酬を受け取り、ローアンはギルドをあとにした。
今回の報酬は、金貨2枚と銀貨5枚。ここで臨時収入はありがたい。
「今晩は宿にでも泊まるか」
そういっていた矢先である。
「おい。ローアン」
後ろから声をかけられる。
振り返ってみると、先ほどギルドにいた冒険者たちであった。
「お前、どんな手を使ったんだ?」
「何が?」
「お前一人でイングラシェントマンゴーを持ってこれるはずがねぇ。何か隠しているな?」
「僕は自分の力で収穫してきた。それだけのことだ」
「んなわけあるか!」
そういって冒険者の一人がローアンのことを殴る。
その反動で、ローアンは吹っ飛ばされた。その際、硬貨が何枚か落ちた。
「へっ、そうやって調子こいてるから痛い目に遭うんだ」
冒険者たちは地面に落ちた硬貨を拾う。
「これは勉強代だ。分かったらさっさと冒険者なんてやめちまいな」
ガハハと笑いながら、冒険者たちは去っていく。
ローアンは起き上がり、落とした硬貨を拾う。
「銀貨2枚と銅貨4枚か……。こりゃ明日も依頼受けに行くしかないな」
そういってローアンは立ち上がり、今日の野宿先を探しに行くのだった。
不穏な影につけられているとも知らずに。
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