第2話 死体

 冒険者ギルドに戻ったローアン。

 ギルドの扉を開いた彼に降り注いだのは、物珍しいような、はたまた憐れみの感情を持った視線だった。

 当然だろう。ローアンのパーティ追放は既に周知の事実である。パーティ追放される人間なんぞ、特別な理由がなければありえないような状態だ。

 特に、たった数日でパーティを追放されたローアンは、いろんな意味で注目の的である。

 そんなことをローアンは一切無視して、依頼ボードに向かう。


「何かいいヤツないかな……」


 しかし、今のローアンに丁度いい依頼など、都合よく存在しない。

 この日は一度出直すことにした。

 近くにある安い料理屋で、適当に頼んだ料理を口に運ぶ。


「さて、どうしたものかな……」


 今のローアンの所持金は、金貨1枚と銀貨4枚、そして銅貨が12枚だ。

 銀貨1枚あれば、1日の食事には困らない程度である。

 しかし、そう何日も飯を食っている場合ではない。


「何か金策を考えないとなぁ……」


 少しでも無駄遣いを減らすために、ローアンは野宿することにした。

 翌日、再び依頼ボードを見に行くが、内容はあまり変わりなかった。

 仕方なく、街中をブラブラと歩き、何か情報がないかを探す。

 街の中心部から貧困地区へと抜けると、一気に雰囲気が変わる。

 ここには、かつて冒険者たちとして活躍していたものの、最終的に職を失って放浪している人も多い。

 道端には、小銭を入れる容器と一緒に座り込んでいる元冒険者も見受けられた。

 あぁはなるまいと、ローアンは考える。

 そのまま、街の中を突っ切っていく。

 とある路地裏を歩いている時、何やら人ごみが出来ていたのを見た。


「何かありました?」

「殺人ですよ。最近多くてですね……」


 見てみれば、無残にも首元を切り殺されたあとがある。

 憲兵も見に来ているようだが、どうもやる気がなさそうだ。

 それもそうだろう。

 ここは貧困地区の中だ。なるべくなら関わりたくないようなことが多い。憲兵もそれを気にしているのだろう。

 そんな憲兵の話している声が聞こえてくる。


「これの報告書書くの面倒だな」

「犯人も、最近の連続殺人犯のようだし」

「なるべくなら、簡単に死体処理してくれる人間がほしいな」

「冒険者にでも処理してもらうか?」


 憲兵の一人がこちらのほうを見る。その時、ローアンと目があった。


「おい、そこの君!冒険者じゃないか?」


 ローアンは逃げるわけにも行かず、仕方なく憲兵の前に行く。


「えぇ、冒険者ですけど……」

「それならちょうど良かった。この死体を内密に処分してくれないか?」

「いやでも……」

「何、タダとは言わない。報酬はやろう」


 そういってポケットから何かを取り出すと、ローアンの手に握らせてくる。

 そこには、銀貨が3枚あった。


「これは前金だ。無事に死体を処理してくれれば報酬は弾むぞ」


 仕方ないとはいえ、硬貨を受け取ってしまった。

 ならば仕事として行わなければならないだろう。


「……分かりました」


 そういって、死体の前に出る。

 まだ死体は新しく、腐臭などはしていない。

 この場合、腐敗を進める必要がある。

 そのために、この虫を召喚することにした。


『貪欲なる死の狩人よ、今黄泉の世界に誘え!』


 目の前に差し出した手から、魔法陣が展開される。


蠅の王の子供たちベルゼブブ・ジュニア!』


 魔法陣から、大量の蠅が出現する。

 それはもう大量という言葉では言い表せられない程のものだ。

 数が多すぎて、もはや黒い何かになっている。さらに羽音が大きくて、その場にいるほとんどの人間が耳を防ぎたくなる程なのだ。

 今回ローアンが召喚した蠅は、ホクセイオオニクバエという種類の蠅だ。

 この蠅、神聖なる蠅の神であるベルゼブブの加護を受けていると言われており、別名「ベルゼブブの子供たち」などと言われていたりするのだ。

 その子供たちが、一斉に死体へとたかる。その様子は、肉食動物のそれと同じような状態だろう。

 死体を食らい、その肉体に卵を産みつける。その卵は即座に孵化し、幼虫が肉体を食らう。さらに幼虫が蛹になり、成虫となって死体を食らう。

 これを数世代ほど繰り返せば、あっという間に肉体はなくなり、骨だけになった。


「お疲れ様」


 数世代分の蠅を消失させる。

 命が繋がることはいいことかもしれないが、ローアンが召喚したものは、例え命を繋いだとしても召喚したものに間違いないため、すべて消え去る必要があるのだ。

 時間にして30分ほどであろうか。無事に依頼を達成した。

 ローアンが振り返ると、そこにはドン引きしている人々の姿があった。


「君、一体何者なんだ……?」


 その声は興味本位ではなく、触れてはいけない腫れ物に触るような感覚であった。


「僕のスキルは、召喚虫使役というスキルなんです」

「そ、そうか。とにかく、報酬をやろう……」


 そういって、憲兵は銀貨4枚をローアンに与える。


「本当は骨も処分して欲しかったのだが、これなら我々でも処分できる。もう帰っていいぞ」

「あぁ、はい。分かりました」


 そういって、ローアンはその場を離れる。


「とにかく、飯代が稼げた。しばらくは食べ物に困らないな」


 小遣いを稼げたと考えれば、今回の報酬は悪くないだろう。

 そう考えて冒険者ギルドに向かう。

 その後ろに、何者かが跡をつけているとも知らずに。

 一方、憲兵も警戒していた。


「あの虫を召喚する冒険者、なかなかに奇妙なスキルだな」

「先日の報告では、蝗害を蝗害で対処したらしい」

「もし本当だとしたら、厄介なことになるな」

「上官に報告するか?」

「いや、それはやめよう。今回の殺人事件のことも話さないといけなくなる」


 そういって、憲兵はそそくさとその場を離れた。

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