召喚獣使役のスキルだと思ったら召喚虫使役のスキルだった~上限ないみたいだからとりあえず蚊を1兆匹召喚する~

紫 和春

第1話 蝗害

「ローアン、君にはパーティを抜けてもらう」


 ある日の昼下がり。

 パーティのリーダーであるカロットに、そう告げられたローアン。


「な、なんだよ。急にそんなこと……」

「仕方ないだろう。これはパーティ全体の総意なんだ」


 他4名のメンバーがうなずく。


「だからって、2,3日前に入ったばかりの冒険者にそんなことを言うなんて……」

「当然だろう?君のスキルは召喚獣使役のスキルだと思っていた。それがまさか……」


 そういってカロットは紹介状を取り出す。


「召喚だったとはな」

「それは綴りが似ているだけだし、それにカロットが読み間違えていなければ……」

「でも君も訂正しなかっただろう?はぁ、こんなことになるなら、ちゃんとしておけばよかったな」


 そう言ってカロットは頭を抱える。


「うちが欲しかったのは召喚獣使役の冒険者だ。虫使いには用はない」

「そ、それはおかしい!今は見習い期間だから簡単にパーティを追放することは出来ないはずだ!」

「うちのパーティランクを知らないのか?Bランク以下なら試用期間いっぱいは解雇は出来ないが、Aランク以上のパーティなら試用期間内ならいつでも解雇可能だ」

「そんな……」


 ローアンは肩を落とす。


「ローアン。本当は申し訳ないと思っている。しかし、このパーティに必要のない冒険者は追放するしかないんだよ」


 そういって、カロットたちは席を立つ。

 その場にただ一人、ローアンだけが残された。


「僕はいらない人間だったのか……」


 帝国暦124年。

 太平の世の中になって、冒険者の数は飽和した。

 外からの侵略者が少なくなったことや、冒険者の生業としていた地図作成がほぼ終わったことに起因する。

 冒険者の多くは、農業従事者や帝国軍の兵士などに転向したものの、それでも冒険者は多かった。

 そのため今更冒険者になる人間は少なく、なったとしても熾烈なパーティ加入争いに勝たなくてはならない。

 そのために必要と言われていることの一つに、上位スキルの獲得がある。

 上位のスキルや希少なスキルを持っていれば、加入の際に有利になって冒険者として成功しやすい。

 ローアンも、希少なスキルを獲得した。それが召喚虫使役である。

 確かに希少なスキルだろう。しかしニッチなスキルであるため、使いどころがつかめないのも確かだ。


「僕はこれからどうすればいいんだろう……」


 そう言って、ローアンは街中をうろつく。


「せっかく田舎の実家を出てきたのに、これじゃあどうしようもないじゃないか……」


 ローアンはふと、自分の財布を取り出す。

 中に入っていた金額は、これから生活するのには少しばかり心もとない。


「はぁ、仕方ない。実家に帰るか……」


 残り少ないお金で、実家に帰省することにした。

 翌日、地方へと出る馬車に乗って、実家へ向かう。

 同じ馬車には、都会で一儲けしようと夢見た若者が数人乗り込んでいた。


「これで一文無し。いよいよ後に引けなくなったなぁ……」


 空っぽの財布を見て、そう呟くローアン。

 ローアンの実家は、代々農家であった。そのため、ローアンも家業を継ぐように言われていたものの、本人はそれを拒否していたのだ。

 しかし、今実家に帰れば、確実に農家を継がされることになるだろう。

 ローアンは腹をくくった。

 その時である。

 急に馬車が止まったのだ。


「なんだ?」


 ローアンが不思議に思って外を見ると、向こうの空に真っ黒い雲があった。


「なんだアレ?」

「雨雲にしちゃあなんだか気味悪いな」


 その黒い雲は時折形を変えながら、次第にこちらへと接近してきているようだった。


「何だろう。何か見覚えあるような……」


 そしてローアンは思い出す。


「……ッ!蝗害だ!」


 幾度となくローアンの故郷を襲ってきた災害の一つ、蝗害である。

 トノサマバッタなどのバッタ類が大量発生し、群生行動することで起こるものだ。

 短時間で通常は食べない草本類まで食べつくすことで、広範囲に渡り多大な影響を及ぼす。過去の例では、蝗害によって飢饉が何度も発生したという記述もある。


「このままだと命の危険がある!御者!急いで街まで戻るんだ!」

「分かった!」


 御者は、すぐさま馬車を反転させ、街に戻る道を急ぐ。

 しかし、それを遥かに上回る速度でバッタの群れが飛んできていた。


「このままだと追いつかれる!何か手を打たないと……!」


 しかし、小さいバッタを相手するのは骨の折れる話である。

 方法はないわけではない。大砲が発明されてからは、それを使って駆除することもあった。

 しかし、小さい目標に対して大砲はいささか大きすぎる。どちらかと言えば、大砲から出る衝撃波で落としている状態か。

 どちらにせよ、今のローアンには手を出すことはない。


「クソ、こんな時どうすれば……」


 その時、ローアンはあることを思い出す。

 自分のスキル、召喚虫使役である。


「……虫には虫をぶつけるしかない!」


 そういってローアンは、手を前に出す。

 そして詠唱を開始した。


『我に力を貸すは、100万の命。小さきもの達よ、我の声に答えるならば顕現せよ!』


 空中に、巨大な魔法陣が展開される。


群生するバッタローケスト・クラウド!』


 空中に展開された魔法陣から、大量のバッタが召喚される。

 それは、今こちらに向かってきているバッタと同等程度だろうか。


「行け!あのバッタの群れを食らいつくせ!」


 蝗害と化したバッタは、時として共食いをすることがある。

 その性質を活かした戦術だ。

 群れと群れが衝突し、互いに貪り食らう。

 しかし、召喚したバッタのほうが、完全に食らうというより確実に命を刈り取るという状態だ。動かなくなるまで食らったら、次の獲物を狩りに行く。

 こうして街に戻るまでの間、数の暴力で蝗害の群れを貪り食う。

 街に戻ったのは夕方ごろであったが、何とか影響のない数まで減らすことが出来た。


「はぁ……。良かった……」


 その時、同じ馬車に乗っていた乗客がローアンに拍手を送る。


「お前さん、冒険者だったのか!助かったよ!」

「また飢饉が起きるかと思ったぜ」

「ありがとよ」


 その言葉に、ローアンは涙を流しそうになった。

 自分が求めていたものはまさにこれである、と。

 そしてローアンは決心した。


「もう一度冒険者として、何かできることを探そう」


 ローアンは、冒険者ギルドへと戻っていくのであった。

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