第75話 一生忘れない記憶ってあると思う

 銀色の缶に記載している文字を見ると日焼け止めと書いてあった。

 目の前のちひろは上の水着を脱いで寝そべっている。これはもう間違いない。

 ちひろからの良いこととは、俺に日焼け止めを塗る権利をくれたということで間違いないだろう。

 それが俺の御褒美になると思っているのか?


 なるに決まっているだろ!


 同級生の身体に触れる機会なんてそうそうない。

 しかもちひろは性格はあれだがスタイルは良いし、健康的な柔肌が男の脳内を狂わすには十分な程の魅力がある。


「ねえ、早くして。私もう我慢出来ないよ」

「わ、わかった」


 本当に良いんだよな?

 ちひろからの催促もあるし、俺は期待に震える手に力を入れ、銀色の缶の蓋を開ける。


「えっ?」


 俺は銀色の缶の蓋を開けた先端を見て思わず声を上げてしまう。


「ほら、早く日焼け止めを。このままだと日に焼けちゃう」


 ちひろは寝そべりながら顔をこちらに向け、悪魔の笑みを浮かべていた。

 俺は銀色の缶の先端部分を押すとシューという音がして、日焼け止めが霧状に放出される。

 間違いない。これは肌に直接塗るローションタイプの日焼け止めではなくて、離れた位置から吹きかけるスプレータイプの日焼け止めだ。


「お前男の純情を弄んだな!」

「リウトが勝手に勘違いしただけでしょ? 日焼け止めを直接肌に塗らせてあげるなんて誰も言ってないからね」


 こ、この女は悪魔だ。このシチュエーションは誰もが日焼け止めを塗れると期待するパターンだろ。

 その期待を見事に裏切ってくれたちひろ。

 絶対に許さねえ! 俺は怒ったぞ! ちひろ!

 今の俺は親友が殺されてスーパーサ○ヤ人になった時くらい怒りに満ち溢れている。

 それにちひろは俺が絶望することがわかっていて、わざと勘違いするような言葉を使ったんだ。


 人の皮を被った悪魔をこのままにしておく訳には行かない。


 今のちひろはビキニトップスを外している状態なので、下手に動くことは出来ないはず。

 復讐をするなら今だ。

 赤い三倍早く動く人も、チャンスは最大限に生かせって名言を残しているしな。


 俺は両手をちひろの脇腹へと持っていく。


「ひゃあ! 何するのよ!」


 ちひろは俺の行動が予想外だったのか、可愛らしい悲鳴を上げ、こちらをキッと睨む。

 さっきまでの俺だったら童貞丸出しで、ちひろの肌に触れるのに躊躇いを持っていたが、復讐に燃えた今の俺に取って、それはささいなことだ。


「ふっふっふ⋯⋯部屋で俺を変質者扱いしそして今、俺の心を弄んだちひろには罰こそが相応しい」

「な、何をするつもり⋯⋯」

「脇腹に手を置く理由なんて1つしかないだろ?」

「ま、まさか!」


 そして俺はちひろの予想していた通り、両指を発動させる。


「ちょっ、くすぐったっ、やめ! あはははっ!」


 プールサイドにちひろの笑い声が響き渡る。ちひろは俺を振り払おうとするが水着の上をつけていないため、そのようなことをすれば胸が丸見えになってしまうから激しく動くことが出来ない。


「リ、リウト! くくっ、お、覚えて、あははっ、なさい!」

「お前は俺を怒らせた。この地獄の苦しみを永遠に受け続けるがいい」


 いや~楽しいな。脇腹を触り放題だし、俺にやられるしかないちひろを見るのは最高だ。だがあまりやり過ぎると女性陣がこちらに来て、注意される可能性があるからそろそろ止めておくか。


 俺は両手に入れていた力を緩め、ちひろを解放してやろうとしたその時。


「も、もうだめ!」


 ちひろはくすぐり攻撃に我慢が出来なかったのか、身を捻って俺の腕を強く払ったため、胸部の部分が見え⋯⋯。


「残念でした! 見せないからね!」


 ちひろは右手で俺の腕を振り払い、左手で胸の部分を隠していた⋯⋯が俺の動体視力にはしっかりと見えていた。

 ちひろが手で隠す前に2つのさくらんぼが。

 大人の動画では見たことがあったが、クラスメートのものだと感動の度合いが違う。

 今日ほど動体視力が良かったと思う日はない。この時だけ、俺はまだ見ぬ両親に心から感謝をするのであった。

 女性だけが持つ、神が造り出した見事な造形を俺は一生頭のメモリーに保存しておこうと心に誓う。


「リウト⋯⋯よくもやってくれたわね」


 ちひろはいつの間にかビキニトップスを装備しており、鬼の形相でこちらを睨んでくる。

 だが今の俺は先程の光景を何回も脳内で再生していたため、ちひろの声が聞こえていなかった。


「リウト。リウト? ねえリウトってば」


 ちひろが何回も名前を呼んでくるが、俺はまだ夢現で返事をすることが出来ない。


「あっ! ま、まさか⋯⋯」


 そしてちひろはようやく俺の様子がおかしいことに気がついたのか、顔を真っ赤にさせて声を上げ、俺は現実の世界に引き戻された。


「リ、リウトさっき⋯⋯みみ見えたの!」

「な、何のことだ綺麗なさくらんぼを2つなんて俺は見ていない」

「リウト!」


 俺の言葉で水着の下を見られたことを察したのか、ちひろの声が室内プールに木霊する。


「許さない⋯⋯絶対に許さない! 親にも見られたことなかったのに」

「いや、それは嘘だろ」

「うるさい! プールに沈めてその記憶を抹消してやる!」

「そんなことをしたら命が抹消されるわ!」


 ちひろが凄い剣幕で追いかけて来たので、俺は逃げるため踵を返すが、前方にはプールしかなかった。


「逃げられないわよ」


 ちひろはライオンが獲物を追い詰めるように、ジリジリと慎重に距離を詰めてくる。


 まずい。このままでは捕獲されるのは間違いないだろう。何か策を⋯⋯。

 俺はこのピンチを逃れるために考えを巡らせていると1つの作戦を思いついた。


「ちひろ、そんなに俺に集中してていいのか? 慌ててつけたせいか水着がずれているぞ」

「嘘!」


 ちひろは直ぐ様自分の水着に視線を向ける。


「今だ!」


 俺はちひろが水着に気を取られている間にプールに飛び込んだ。


「はずれてないじゃない! まさか逃げるために嘘をついたのね!」

「バカが! 騙される方が悪いんだ!」


 俺は悪態をつきながらプール中央に向かって泳ぎ始める。


「もう絶対に許さないから!」


 しかし俺の作戦はさらに怒りを買ってしまったようで、ちひろは助走をつけてプールに向かっておもいっきり走り始めた。


「お、おい。ちょっとまて」


 まさかちひろは⋯⋯。

 そして俺の予想通りちひろはそのままの勢いでプールへ、いや俺の方に向かってジャンプする。


「死になさい!」

「嘘だろ!」


 そしてちひろはこちらに向かってドロップキックを放ってくると、プールの中で逃げ場のない俺は、ちひろの攻撃をもろに顔面に食らい、プールの底へと沈められるのであった。

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