第68話 解き放て
「おおっと! これは飛び入り参加か! しかもこれは今日の新入生歓迎会の話題をかっさらった天城兄妹だあ!」
司会者は突然の乱入者に驚愕しながらもテンションが上がっており、会場もユズへの声援が飛び交っていた。
「ユズ、本当にやるのか?」
「は、はい」
「だけどベースとかキーボード、ドラムはどうするんだ?」
「あっ!」
ユズは本能で舞台に上がってしまったのか、他の楽器のことを考えていなかったようだ。
まあギターだけでも歌うことはできるけど他の楽器がない分、歌い手に注目が集まるが。
どうする? ここはユズの手を引いて舞台を降りるか? だがユズは決意を持ってこの場に立っているはずだ。できればその願いを叶えて上げたい。
「どうしますか? 2人で演奏をするということでオッケーですか?」
棒立ちになっている俺達に対して司会者が問いかけてくる。
だがそんな俺達の姿を見てか、会場から1人の女性が舞台に上がってくる。
「リウトちゃんとユズちゃんが演奏するならお姉ちゃんも参加する~」
コト姉が今日のケーキ作りの時のように俺達を助けに現れた。
「コト姉」
「お姉ちゃん⋯⋯ありがとう」
「いいよ。楽しそうだし。お姉ちゃんはキーボードでいいかな?」
「うん。お願い」
コト姉は以前ピアノをやっていてかなりの腕前だったから大丈夫だろう。度胸もあるしなんせ天才だからな。
「ま、まさかのここで生徒会長の登場だあぁぁ! これで舞台には天城家が勢揃いしたぞ! いったいどんな演奏が繰り出されるのか!」
コト姉の登場により会場のボルテージはさらに上がる。それもそのはず、現在野外ステージにはこの学園の人気を四分する内の2人が壇上にいるのだから。
これで後はドラムとベース。
ここは先程演奏していた人達にお願いすることもありだな。
だが俺が事を起こす前に、2人の生徒が野外ステージに上がってきた。
「ベースなら俺に任せろ! 天城姉妹と一緒に演奏なんて最高に目立てる瞬間だぜ」
1人は先程までここで演奏をしていた悟。腕は申し分ないため、曲を知っていればベースを弾くことができそうだが⋯⋯。
「ユズユズがこういう舞台に上がるなんて珍しいですね。ならば支援魔法は任せてください。ドラムの達人で鍛えた腕を見せて上げましょう」
そういえば今はないが、以前瑠璃の家に行った時にドラムセットが一式あったがそういうことか。ゲームでドラムが叩けるなら本物も使いこなせるのかな?
それにしても急なことだったのにメンバーが揃うとはな。後は曲をギターで弾くだけだ。
「みなさん集まって頂きありがとうございます。私が歌いたい曲は昔アニメでやっていた、世界の平和よりあなたが大切という曲なんですけど」
「一時期流行っていた曲だよな。俺もアニメを見ていたから演奏するのは問題ないぜ」
「お姉ちゃんも何度か聞いたことがあるからキーボードで弾くことできるよ」
「アニメのことならオタクの私に不可能はありません。ドラムの達人でもパーフェクトを出したことがありますよ」
皆から頼もしい言葉が返ってくる。ここで俺は自信がないなんて言葉は言えないな。
「俺も昔弾いたことがあるから大丈夫だ」
そして悟以外は楽器を借り、軽く練習で弾いてから定位置につく。
さっきは強気なことを言ってしまったが、このような大勢の前でギターを弾くのは初めてだ。緊張するなと言う方が無理だろう。
やれやれ、ユズはとんでもない難題を押し付けてきたな。
だが妹が勇気を出して人前で歌うと言っているんだ。兄として情けない姿を見せるわけにはいかない。
そして曲が始まり瑠璃のドラムのリズムに俺と悟とコト姉が音源を乗せる。
何とか弾けてるよな?
久しぶりに弾くギターだったが身体は覚えていたようだ。
そしてイントロが終わりAメロに入るとユズはマイクを持ち歌い始める。
透き通るような澄みきった声で、この大舞台でも震えることもなく、音感がずれることもなく、そして何よりユズの歌には気持ちが込められていると俺は強く感じた。
それにしても何故ユズはいきなり歌うなどと言い始めたのだろうか。
先程瑠璃が言っていたようにユズは皆の前で歌うようなタイプではない。
それなのにこの熱く感じる想いはなんだ?
まるでユズがこのアニメの主人公の女の子になったかのように思える程だ。
確かこのアニメは、邪神を封印することができる幼なじみで年上の男の子と主人公で勇者の女の子が旅をする物語で、女の子は男の子に日頃の感謝を伝えようとするがツンデレで、いつも逆の言葉を言ってしまうことが印象的だった。
だが旅が順調に進んでいく中で、邪神を封印するには、聖剣を使って男の子の命を犠牲にしなくてはならないことを知る。そして女の子は世界の平和か男の子のどちらかの選択を迫られ、女の子は世界中の人を敵に回すとわかっていて男の子の命を選び、最後は人々に迫害されながらも邪神を倒す方法を見つけ、世界が平和になるという話だった。
今思うとユズの覚悟はこの時の女の子に少し似ている気がした。それならこのアニメの男の子のことを俺に見立てているのだろうか?
そして「世界の平和よりあなたが大切」といった歌詞の部分でユズは俺の方へと視線を向けてきた。
うっ!
その時のユズの笑顔に俺はドキっとさせられる。
俺とユズは兄妹だ。もし血が繋がっていないとわかっていても、恋人になったら周囲から奇異の目で見られることは間違いないだろう。
ユズには俺が養子でも養子じゃなくてもそれだけの覚悟があるってことなのか? 俺は何故だかわからないが、ユズの歌からそのような想いを感じた。
もしその時が来たのなら、ユズとはしっかりと向き合わないとダメかもしれない。それが今勇気を出して歌っているユズに対する礼儀だ。
そしてエンドロが終わり、会場からは溢れんばかりの拍手が何時までも鳴りやまなかった。
「いや~滅茶苦茶盛り上がりました! 飛び入り参加、天城家と愉快な仲間達でした」
「俺達はおまけか!」
「ひどい司会者さんですね。後で呪いをかけるしか⋯⋯」
司会者の落ちが決まり、こうして俺達は野外ステージを降りるのであった。
「みなさん演奏ありがとうございました」
ステージを降りるとユズが皆に向かって頭を下げる。
「俺も楽しかったから全然いいぜ」
「私もドラムの達人の腕前を見せれたので問題ないです」
「お姉ちゃんも楽しかったから大丈夫だよ~」
「俺は⋯⋯」
この時の俺はユズのことを考えていて上手く言葉が出てこなかった。
「そういえばユズちゃんは何で歌おうと思ったのかな?」
コト姉が俺達全員が思っている疑問を口にする。
「それは⋯⋯た、楽しい思い出にしたかったからです。今日はケーキ作りで材料がなかったり、お姉ちゃんや兄さんに手伝ってもらうことになってしまって良いところが全然なかったので、せめて最後くらいはと思い、がんばりました」
「そうなんだ。お姉ちゃんもユズちゃんのお陰で良い思い出が出来たよ~」
何となくユズが言ったことは嘘ではないが、全てを語っていないように思えた。まあツン気味のユズが皆の前で本心を語るわけないか。
こうして後夜祭も無事に終わり、変わらない日常が戻ってくると思ったが、今回の新入生歓迎会での俺の行動により、神奈さんとの時間が再び動き出すとは今の俺は思いもしなかった。
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