第67話 柚葉の想い
アリア達と別れた後、俺はまた野外ステージへと向かう。
さすがにメイドさん2人におもてなしをされるのは不味かったか。数名が遠巻きにこちらに視線を送ってヒソヒソと話している。
正直校庭のはじっことはいえ、あのようなことをすれば嫉妬を買う可能性が高いことはわかっていた。
だけどメイド服の美少女にもてなされることなど一生に一度あるかないかの出来事なので、つい誘惑に負けてしまった。
この誘惑に勝てる16歳がいるなら教えてほしい。
だがやはり良いことがあれば悪いことも起きるようで、負のオーラを纏ったユズがゆっくりとこちらに近づいて来た。
「良い御身分ですねお兄様」
ものすごく良い笑顔で丁寧に話しかけてきているが、身に纏った負のオーラは怒りで満ちているのは誰の眼にも明らかだ。
「ユズ、その呼び方は止めてくれ」
羽ヶ鷺の妹と言われ、学園で人気の高いユズがお兄様なんて呼ぶと、俺が野郎共に嫉妬の嵐を受けるじゃないか。
「それでしたらご主人様の方がよろしいですか?」
「お願いだから止めて下さい」
どうやらユズは先程俺がアリアとソフィアさんにもてなされていた所を見ていたようだ。
それにこのままだと、俺が妹にご主人様と呼ばせている変態野郎だと認識されてしまう。
「兄さんは美人がいるとすぐデレデレして」
「デレデレなんかしていないぞ。極めて冷静な紳士だと自負している」
「今日だって上野先輩に肩を揉まれていた時に、鼻の下を伸ばしていたじゃないですか」
「そ、そんなことはないぞ」
確かにあの時は疲れていたこともあり、ちひろにマッサージをされたことで気持ちがよくて涎が垂れそうになっていたが、けしてデレデレはしていない。
「メイド服が良いなんて兄さんは犯罪者予備軍ですね」
「お前は世界中の青少年に謝れ。メイド服が嫌いな青少年はこの世には存在しない」
ユズは俺の勢いに押されて一瞬怯む。
「そんなにメイド服が良いなら今日手伝ってくれたお礼に私が着てあげますよ! それであ~んでご飯を食べさせたり、膝枕で耳を掘ればいいんですね。そ、それともまさか⋯⋯エ、エッチなこともするつもりですか! 兄さん最低です!」
「いや、だからそうやって自己完結するの止めて。冗談がきついぞ」
しかも周囲にいた何人かが今の会話を聞いていたようで、こちらを見て訝しい視線を送ってきている。
「今の話聞いた? 妹さんにメイド服着せるってどれだけ変態なの?」
「それにあ~んをしたり膝枕で耳掘りをしてもらうつもりみたいよ」
「あの2人って血の繋がった兄妹でしょ? それなのにエッチなことをするなんて⋯⋯ハレンチだわ」
女子3人が俺のことを変態扱いしてこの場から逃げていく。
「ですが私は今回のことで兄さんに借りが出来てしまいました。兄さんがど、どうしてもと言うならオークに噛まれたと思って⋯⋯」
「ユズ、少し黙りなさい」
俺は無理矢理ユズの口を手で塞ごうとするが⋯⋯。
「うぅ! まさかこのまま体育倉庫に連れていかれて人には言えないことを!」
「本当に黙りなさい。最近ちょっと友人の影響を受けすぎてないか?」
確実に瑠璃のせいだろ。これは瑠璃にきつく言っておかないとな。
それともやはり戸籍謄本を見て俺と本当の兄妹じゃないと知り情緒不安定になっているのだろうか。
そうだとしたら、ユズは普段から真面目を装っている影響でストレスを溜め込んでいるため、爆発したらどんな行動に出るかわからないぞ。
「そんなことないです。兄さんこそ最近少しおかしいですよ。どこか態度がよそよそしい時があります」
「そ、そんなことはないぞ。俺は普通だ」
「どうですかね」
しまったな。血が繋がっていないとわかってから自分では普段通りに過ごしているつもりだったが、ユズにはおかしいと思われていたのか。もしかしたらコト姉にも俺の態度が違うことが見抜かれているかもしれないな。
「それより新入生歓迎会はどうだった? 楽しかったか?」
このままではいらぬことまで問い詰められそうなので俺は話を変えることにする。
「新入生歓迎会ですか? ケーキ店が1番になれたことは良かったけど他は全然上手くいきませんでした」
ユズは自分の思うとおりに行かなかったことが悔しかったのか、納得している様子ではなかった。
「材料はありませんし、クラスメートは体調不良になってしまうし」
「でも俺が言った通り、その大変なことも良い思い出になっただろ?」
「⋯⋯」
しかしユズからの返事はない。
「俺とコト姉とケーキ作りが出来て楽しかっただろ?」
それならばとユズに追い討ちをかけるように問いかける。
「それはそうですが⋯⋯」
ユズも良い思い出だと渋々ではあるが認めた。
1ーAのクラスを手伝うと決めた時、俺の中の最終的な目標は1位を取ることでも、お客さんにケーキを美味しいって言ってもらうことではなく、ユズに楽しい思い出を作ってもらうことだったからな。トラブルがたくさんあったが、ユズの口からそのことが聞けたなら俺は満足だ。
柚葉side
私は兄さんの問いかけに答えると、兄さんはとても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
ドキッ
私はその兄さんの笑顔を見ると心臓が激しく高鳴るのを感じ、思わず胸の所を左手で押さえてしまう。
もうダメ⋯⋯こんなにカッコよく助けられたら我慢できないよ。
好き⋯⋯兄さんのことが大好き。
でも私が特別に見てもらえるのは兄さんの妹だから。もしこの気持ちを知られてしまったら、今までの関係は崩れてしまい、最悪の場合、一緒に暮らすこともできなくなってしまう。
それが怖い⋯⋯そんなことになってしまったら私が私でいられる自信がない。兄さんがいない天城柚葉は感情の高鳴りがなく、ただ毎日を過ごすだけの存在で、全くの別人になってしまうと断言できる。
けれど今の自分も本当の私ではない。本当は兄さんの姿を見つけた時、今日のお礼を言おうと思っていた。だけど結局2人だけでは素直に感謝の言葉を述べることもできない私。
兄さんは私に良い思い出を作って欲しかったみたいだけど⋯⋯私はもう思い出だけじゃ嫌だよ。新しい繋がりがほしいよ。
私は変わりたい。兄さんに直接気持ちを伝えることは出来ないけどせめて⋯⋯。
リウトside
そして俺達は言葉もなく野外ステージを見ていたら演奏が終わり、辺りの騒がしさがなくなる。
「兄さん⋯⋯昔テレビでやっていた、女の子が世界の平和より幼なじみの男の子との日常を選択したアニメの主題歌を覚えていますか?」
「ああ、覚えているよ。俺はけっこう好きだったからギターが弾けるよう練習したし、今でもやろうと思えば演奏できるぞ」
ユズが突然脈絡のない話をし始める。中学生くらいになって、アニメの話を振ってくることなんか今までなかったのに。
俺は普段と違うユズに少し戸惑ってしまう。
「でしたらギターを弾いてください。私が歌いますから」
「えっ?」
ユズが歌う? 目立つことが好きじゃないユズがそんなことを言うなんて信じられない。
だが俺はユズの言葉通りに手を引かれ、野外ステージへと連れていかれるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます