第31話 カウンターは綺麗に決まると気持ちいい

 俺からボールを渡されたCクラスの男子、佐々木は信じらないといった表情で呆然と立ち尽くしている。

 しかし次第に状況を理解したのか、顔が真っ赤になり怒り浸透といった感じで迫ってきた。


「舐めるんじゃねえよ!」


 さすが運動が得意なCクラス。畑違いでもスポーツに対するプライドは一人前だ。

 Aクラスには相手にボールを渡すことを伝えており、その時万一にも沢尻、井沢、田中にパスを出させないよう三人ずつマークをつけ、佐々木には接近してもいいがボールは奪わないよう話していた。


「ほ、本当に大丈夫なのか?」

「今さらごちゃごちゃ言わない! 都筑は賭けに負けたんだから黙ってリウトに従いなさい」


 不安を口にする都筑をちひろが叱咤する。だが相手にボールを渡しシュートを打たせるなど普通では考えられないこと。もしこれでゴールを割られたら俺の信用は地の底まで落ちるだろう。しかしこのような暴挙をしても信じてくれるちひろのためにも、ここは絶対に凌いでみせる。


 そして佐々木は簡単にペナルティエリア付近までドリブルで近づくと、その勢いのまま右足でシュートを放つ。

 だがそのボールの威力は沢尻、井沢、田中の三人には優に及ばず、俺はキャッチする。


「怒りを露にしてもこの程度か」


 俺は挑発する言葉を放ち、そしてボールをCクラスの男子、森永へと投げる。


「いくらなんでも自信過剰じゃないか?」

「それは俺からシュートを決めてから言ってほしいセリフだな」

「調子に乗ってられるのも今のうちだぞ」


 さすがに2度目となると森永に驚きはなく、あるのは怒りと苛立ちの感情だった。


 森永のシュートに備える。


「そんな所で守ってていいのか?」


 森永は俺の守っている位置が先程と違うことに気づき、ドリブルでペナルティエリアまでくるとニヤリと笑いながらボールを浮かせ、ループシュートを放ってきた。


「予想通りだ」


 森永としては意表を突いたつもりかもしれないが、俺は森永がシュートを打つ瞬間に後ろに下がっていたため、ボールを楽々とキャッチすることができた。


「お前、わざと前で守っていたな」

「さあどうかな」


 卓球部で冷静沈着な森永は、相手の位置を確認して玉を打つことが得意なので、サッカーでもそれを応用してくると思っていた。これがプロのループシュートだったら取ることは出来なかったかもしれないが、所詮素人のため俺がゴールを割らせることはない。


「次は誰が俺と勝負してくれる?」


 そして俺は挑発しながらまだシュートを放っていないCクラスの男子に向けてボールを投げるのであった。



 そして時間は刻々と過ぎていき、後半15分を経過しようとしていた時。


「う、嘘だろ⋯⋯」

「俺達男子全員のシュートが止められた⋯⋯だと⋯⋯」


 俺は男子から放たれたシュートを全て止めて見せたため、Cクラス全員は信じられないと言った表情で意気消沈している。


「まさかあのやろう⋯⋯本当に失点を0に抑えるとはな」

「だから私が言ったでしょ、リウトを信じろって!」

「天城くん⋯⋯すごいです」


 そしてAクラスはCクラスとは反対に、これ以上にない程士気が向上心していた。


「だ、だがリードしているのはこっちだ」

「このまま時間が経てば勝つのは俺達になる」


 沢尻と井沢の言う通りこのまま時間が経過すれば俺達は3対0で敗北する。


「このまま何事もなく時間が過ぎれば⋯⋯な」


 俺は持っているボールを前線に向かって大きく蹴り出す。


「ま、まさか!」

「しまった! 戻れ!」


 井沢と田中の悲痛の叫びがフィールドに木霊する。

 俺はこの時を待っていた。

 シュートをわざと打たせることによりCクラスが全体的に前のめりになることを。そしてさらに男子はシュートを打つため、こちらの陣地に近い位置におり、今守備についているのはCクラスの女子三人しかいない。


 俺が蹴ったボールは前線に上がっていた柳がトラップをして、一直線に相手ゴールへと向かう。


「そいつを何としても止めろ!」


 ここでもしサッカー部の奴が守っていたら、わざと反則をして試合を止めるという芸当ができたと思うが、いくら運動神経が良いと言っても素人の女子がそのような判断をすることはできないだろう。

 柳は華麗なボールさばきで1人、2人、3人と抜いていく。

 そして柳がCクラスをドリブルで抜いている間に、前線に残っていたちひろと神奈さんが猛スピードで相手ゴールへ走っていく。


「残るはキーパーだけだ!」


 後はシュートを打つだけ⋯⋯柳はそう考えていたが、異変を早くに察知していた井沢と田中が、ペナルティエリアに入った柳のすぐ後ろまで迫っていた。


「残念だがやらせないぜ」

「1点だってやるものか」


 井沢と田中が柳のシュートを止めるため後ろから足を伸ばす。

 だが一瞬柳が足を振り抜く方が早く、低い弾道のシュートが左隅に放たれた。


「くっ!」


 キーパーの藤田は足で止めようとするが一歩遅く、ボールはそのままゴールに吸い込まれる⋯⋯。


「神奈さんここだ!」


 俺は大声で指示を出す。


 この時ゴール左隅には神奈さんが移動しており、ボールに向かって懸命に足を伸ばす。すると柳のシュートは神奈さんの右足に当たりコースが変わって、そのままボールはゴールに吸い込まれた。


「よっしゃあ!」


 俺は作戦が上手くいったことに思わず声を上げ、ガッツポーズをする。

 そしてクラスメート達も俺の喜びの声に続き、歓喜の叫び声を上げるのであった。


「神奈っちナイスシュート」


 ちひろがゴールを決めた神奈さんに抱きつき、喜びを露にしている。


「いえ、偶々ボールが来ただけです」

「それでも見事なゴールだったよ」


 そう、神奈さんが言う通り、この時もしかしたらゴールを決めたヒーローはちひろの可能性もあった。

 カウンターを仕掛ける時、神奈さんはゴール左隅に、ちひろはゴール右隅に走るように伝えており、柳にはシュートの時、二人のどちらかを狙ってくれと頼んでいた。

 本来のサッカーでは使えない作戦だが、封鎖サッカーでは女子はオフサイドがないため、ゴール前で待ち構えるということができた。

 そして後は飛んで来たボールを触ってゴールに押し込めば女子の得点になるため、Aクラスは1ゴールで3点取ることに成功したのだ。


「マジかよ⋯⋯作戦を聞いた時は絶対失敗すると思ったのに、本当に点を取りやがった」


 都筑は信じられないといった表情と点を取ったという喜びの表情を混ぜ合わせた複雑な顔をしている。


「偵察も役に立つだろ?」

「ああ、お前には悪いことを言った⋯⋯」

「おっと、謝罪なら試合に勝った後にしてくれ。まだ勝負がついたわけじゃないからな」

「そうだな。俺もこの足で何ができるかわからねえけど残りの時間、全力でがんばるぜ」

「頼んだぞ」


 こうして都筑は、俺の目論見通り自分の過ちを認める結果になった。これで都筑はこれからの一年間、俺の立てた作戦に異論を唱えることはしないはずだ。いくら素晴らしい作戦を立てても、実行するべき者が従わなかったら勝てるものも勝てなくなる。

 だから前半はピンチになることがわかっていても、口出しすることをしなかったのだ。

 ちなみに封鎖サッカーをエクセプション試験でやると決まった時、ちひろにお願いしたのは、後半に必ず神奈さんとちひろが出場するようにしてほしいということだった。

 いくらゴール前とはいえ、下手をすれば柳のシュートに触れられない可能性もあったため、クラスで運動神経が良い二人にお願いしたのだ。


「天城くん、ゴール決めました」

「さすが神奈さんだよ。作戦を頼んで正解だった」


 神奈さんが作戦を立てた俺の所にゴールを決めたことを伝えに来てくれた。得点を決めたせいか今の神奈さんの表情は、いつもより柔らかい気がする。


「それで⋯⋯封鎖する人と場所なんだけど」


 得点を決めた神奈さんはそのこと決める権利がある。


「それは俺に決めさせてくれないかな」

「元々得点が出来たのは天城くんのお陰です。お任せします」


 俺の中では封鎖サッカーのルールを聞いた時から、誰の何処を封鎖するか決まっていた。


「それじゃあ――」


 俺が口を開くとこの場にいる全ての人達が驚き、驚愕の声を上げるのであった。


―――――――――――――――


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