第29話 絶体絶命
「さて、まずは誰を封鎖させてもらおうかな」
沢尻がニヤニヤと勝ち誇った表情でAクラスを見下ろす。
「くそっ! あんな単純な手に引っかかっちまうなんて!」
都筑は一度冷静になった方がいい。普段の都筑ならキックフェイントなんかに騙されることはなかっただろう。
「ふう~」
そして都筑もようやくこのままでは負けると覚ったのか、深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとするが⋯⋯。
「都筑の右足を封鎖する」
時既に遅し、沢尻の手によって利き脚にリング状の重りをつけられてしまう。
「こ、このやろう」
だがこれは封鎖サッカーのルール。都筑がどのような言葉を発しようと曲げられるものではない。
あれほど望んでいた先取点がCクラスのものになり、さらに都筑は右足が封鎖させれたことにより、戦力として半減以下になってしまった。
そしてAクラスの士気は見る影もないまま、無情にもキックオフのフエがなる。
Aクラスは精彩をかいているため、ボールは簡単に取られてしまい、Cクラスの猛攻が始まる。
悟、柳、三浦の三人を中心に何とか守り抜こうと奮闘するが、他のクラスメート達のほとんどは沢尻のシュートを恐れ、満足に動くことが出来ないでいる。
だがそのような劣勢の中、1人だけフィールドを右に左にと駆け回る選手がいた。
「まだ1点差です。勝負は終わっていません」
神奈さんは、沢尻から井沢へと送られるボールを見事にパスカットする。
だがその後、攻め上がろうとしても味方がついてきていない。そのためすぐに沢尻に身体を入れられて吹き飛ばされると、神奈さんは軽い悲鳴を上げ、地面に尻餅をついてしまう。
「女がでしゃばるんじゃねえよ」
そう言って沢尻は神奈さんからボールを奪い、井沢へとパスを出す。
あれだけ大きな体格に身体を入れられると、男でもその場に持ちこたえることは難しい。
ましてや神奈さんは女の子だから戦意喪失してもおかしくない。
だが神奈さんは俺の心配はよそに、すぐに立ち上がり、再びボールへと向かう。
「結ちゃん、すごい闘志だね」
コト姉が神奈さんの縦横無尽に走る姿を見て感心している。
「ああ、立派なものだ。だけどその闘志は他の者に伝わっていない」
封鎖サッカー開始時からクラスの雰囲気は良くなかったが、点を取られたことにより、さらに状況は悪化してしまった。
そのような状態ではCクラスの攻撃を防ぐことなどできず、1点、2点と追加点を取られてしまう。
そしてその結果⋯⋯三浦と悟の右足に10キロの重りがつけられ、Aクラスはまさに絶望のままハーフタイムを迎えるのであった。
「くそが!」
都筑はイラついているのか飲んでいたペットボトルを地面に投げつける。
「やめろ都筑。物に当たってもしょうがねえだろ」
「そんなことわかってんだよ! 沢尻のやろうまじで許せねえ!」
悟が都筑をなだめようとするが、怒りの気持ちの方が大きいのか、聞く耳を持っていない。
「越智くん、織田くん⋯⋯大丈夫ですか?」
神奈さんは負傷した二人の元へ濡れたタオルを渡す。
「ぼ、ぼくは大丈夫だけど織田くんが⋯⋯」
「俺は大丈夫。これくらい怪我のうちに入らないぜ!」
だが二人とも言葉とは裏腹に、タオルで冷している場所が痛いのか表情は暗い。羽ヶ鷺のヒロインである神奈さんに心配されて、強がる男の性という所か。他人のことを心配しているが神奈さん自身も走り回っていたせいで体力が大きく削られているはずだ。後半も出場することになっているが30分持つかどうか⋯⋯。
「ねえ、後半はどうやって戦えばいいのかな?」
後半から出場の水瀬 ゆりが神奈さんや都筑に答えを求める。しかし二人とも良い作戦が思い浮かばないのか返答返ってこず、返ってきたのはクラスメート達の弱気な発言だった。
「もう勝つのは無理じゃないかな」
「負けるのがわかっているなら怪我をしないように気をつけた方がいいんじゃ⋯⋯」
「確かにそうだな。怪我を負うのは勘弁してほしい」
もうクラスの大半は勝つことを諦めている。主力の三人の右足は封じられ、得点は3対0。この状況から勝つことなど不可能と決めつけるのも無理もない。
「ばかやろー! 諦めたらそこで試合終了だぞ」
悟から突然某アニメの名監督のセリフが飛び出る。
「そうだな⋯⋯試合は終わっていない」
「時間が0にならない限り負けたわけじゃない」
「安○先生⋯⋯サッカーがしたいです」
するとバスケ部とスポーツ漫画を読んでいる者達に闘志が戻り始めた。
「木田くんの言うとおりよ。皆、後半もがんばりましょう」
「そうだ! 沢尻のやろうに負けたままでいられるか!」
神奈さんと都筑も悟の言葉に乗り、クラスの士気が高まったかのように見えたが⋯⋯。
「だから実際にどうやって勝つの? 後半は前半より不利な状況なんだよ。具体的な作戦がないとCクラスに勝つことなんてできないよ」
水瀬が的確な意見を述べると闘志が戻った者達は黙ってしまい、結局具体的な案は出てこず、時間だけが過ぎていく。
「誰か何か勝てる作戦を出してくれよ」
「サッカー部どうなの? 都筑くんリーダーでしょ?」
「何でもかんでもリーダーに頼るんじゃねえ。たまにはお前らから良い案を出しやがれ」
「リーダーって言っても余計なスコア戦を組んできただけでしょ?」
「何だと!」
クラスメート達は作戦を考えるどころか、言い争いを始めてしまった。
この上手くいかない状況を他人に押し付け、見せかけでもまとまっていたAクラスは、窮地に立たされたことでついに崩壊することになり、修復が難しい所まで来てしまったようだ。
俺の望んだ通りに。
以前教室でリーダーを決めた時とは違って、この絶体絶命で対応策のない状況なら、藁にもすがる思いで俺の言葉に耳を傾ける奴はいるはずだ。
「勝つための作戦ならあるぞ」
俺がそう言葉を発するとクラスメート達の争っていた声が止み、視線が集まる。そして悟が恐る恐る声をかけてきた。
「リウト、本当なのか?」
「ああ」
「それならその方法を教えてくれ」
「それは――」
「待て!」
俺が封鎖サッカーに勝つ方法を伝えるため口を開こうとしたが、都筑が遮ってきた。
「練習をサボっていた奴の言葉なんか信用できるか! どうせ適当なことをぬかすだけなんだろ?」
確かに練習には一度も言っていないからそう思われても不思議ではない。そのためクラスの半分くらいは俺のことを懐疑的に見ている。
「サボっていた? それは心外だな。Cクラスの練習を偵察していただけだ」
「偵察⋯⋯だと⋯⋯」
「とりあえず時間がない。今は俺のことを信じてもらうしか⋯⋯」
「誰もお前のことを信じる奴などいないぞ」
クラスメート達は俺と都筑の様子を見て、どちらにつけばいいのか迷っている。
まあそう簡単に信用を得られないのは想定済みだ。
それなら⋯⋯。
「わ、私は⋯⋯天城くんを信じます」
しかし俺が次の手を出す前に神奈さんが前に出て、クラスメート達に宣言する。
だがその表情は苦虫を噛み潰したようで、ほんとうは信じたくないのが丸わかりだった。おそらくちひろに言われたことを思い出し、俺のことを肯定してくれたのだろう。
「神奈さんがそこまで言うなら」
「俺はリウトの作戦に従うぜ!」
神奈さんの説得によって悟を筆頭に、クラスの8割は俺のことを信じてくれたようだ。
だが残り2割は俺よりサッカー部の都筑に従っている。
「とりあえず時間もないので作戦を伝える」
「勝手なことをするんじゃねえ。どうせ偵察していたって言うのも嘘なんだろ?」
「だったらCクラスの後半出場するメンバーがこのノートに書いてある。当たっていたら俺の指示に従ってもらう」
「いいだろう。もし違った時は俺に従えよ」
こうして俺はクラスメートに作戦とCクラスのメンバーを伝えるとハーフタイムの時間が終わり、封鎖サッカーの後半戦が始まるのであった。
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