第25話 スコア戦

 翌日火曜日


 エクセプション試験の封鎖サッカーに出る選手も決まり、今日から放課後に1時間だけ練習をすることになった。


「それでは皆さん、サッカーの練習をしましょう」


 神奈さんの掛け声でクラスメート達は次々と教室を出て行く。


「神奈さん、昨日も行ったけど俺は用があるので練習に出ることは出来ないから」

「⋯⋯わかりました」


 わかったと言っているが、納得はしていない感じだな。それに若干睨んでいるようにも見え、以前の俺に対する対応に戻ったような気がする。

 おそらくクラスの輪を乱す行動に理解出来ないといった所か。


「なあリウト、用があるのはわかるけど少しくらい練習に出た方がいいんじゃね?」


 めずらしく悟が真面目な表情で忠告してくる。


「悪いな。やらなきゃいけないことがあるんだ」

「そうか⋯⋯だけど時間があったら来てくれよな」

「ああ」


 そして悟も教室から出て行き、この場には俺1人だけとなる。

 悟も俺が練習に行かないことで、教室の空気が悪くなったことを感じ取り、声をかけてくれたのかもしれない。

 だが無駄だとは言わないが、素人がサッカーを四日間、一時間ずつ練習した所でたかが知れている。それなら他の有意義なことに時間を使った方がましだ。


「さて、俺も行くとするか」


 そして俺は1人だけとなった教室を後にし、目的の場所へと向かうのであった。


 翌日水曜日の昼休み


 俺はユズが作ってくれた昼食を食べ終え、教室からトイレへと向かっていると。


「天城くんに言ってくれませんか?」


 ん? 俺は前方にいる神奈さんから自分の名前が聞こえてきたので、思わず廊下の曲がり角に隠れる。

 そして改めて神奈さんの方に視線を向けると、そこにはちひろの姿もあった。


「う~ん⋯⋯私が言ってもリウトは聞かないと思うよ」

「ですが他のクラスの方達も練習しているのに⋯⋯このままではエクセプション試験で勝つことができません。それにクラスで天城くんだけ孤立してしまいますよ」

「神奈っちの言いたいことはわかったよ。一応それとなくリウトに言っておくけど期待しないでね」

「ありがとうございます」


 正直な話、神奈さんが嫌いな俺のことを気にするなんて思わなかった。クラスの雰囲気を悪くしたくないのかそれとも⋯⋯。


「それにしても神奈っちやる気満々だね」

「そうですか? 学園の授業の一環ですからがんばるのは普通かと」

「確かにそうだけど⋯⋯何か神奈っちから熱いものを感じるんだよね」


 俺もちひろの意見に賛成だ。神奈さんは日頃、通常の授業を真面目に受けているけど、このエクセプション試験には何か熱意のようなものがある気がする。

 まあ確かに試験で勝てばスコアがもらえて日用品、雑貨、食品、娯楽、あらゆる物を交換することができるけど。


「⋯⋯確かに私はちひろさんのおっしゃる通り、エクセプション試験は並々ならぬ思いで取り組んでいるかもしれません」

「やっぱりね。それはスコアがほしいから?」

「そうですね。80%はそれが理由です」

「後の20%は?」

「大学へ行きたいからです。私のことで母に負担をかける訳には行きませんから、学費の安い国立大への推薦を取るためです」


 神奈さんの言う通り、羽ヶ鷺は新たな教育の試みとして国が運営しているため、国立大へのパイプが強い。

 実際歴代の先輩方で優秀な成績を修めた者は、国立大への推薦入学が決まっている。


「ちひろさんもご存知の通り、家は母子家庭ですし、母が入院しています。今は日々生きていく食費や光熱費もスコアで賄っている状況で⋯⋯もしこの学園に来ていなかったら高校をやめることになっていたかもしれませんね」

「そうだったんだ⋯⋯」


 ちひろは神奈さんの重い話を聞いてしまい、何とも言えない表情をしているように見える。


「けどだったら尚更リウトの意見を取り入れるべきだと思うよ」

「ですがそれは⋯⋯」

「神奈さんとリウトの過去に何があったか知らないけど、もしクラスがピンチの時はリウトのことを信じてあげてよ」


 ちひろの言葉に神奈さんはうつむき、何も答えない。

 料理と紬ちゃんとのことで、神奈さんと少しは仲良くなれたと思っていたが、どうやらそれは間違いのようだ。


「それじゃあね~」


 二人の話が終わり、ちひろがこちらに向かってくる。

 このまま見つかると気まずいので、俺は当初の目的である男子トイレの中へと向かうことにした。


 そして俺は用を足し、先程の2人のやり取りを思い出す。

 だけど無理だろうなあ。

 ちひろに言われたくらいで仲良くなれるなら、とっくに俺と神奈さんの仲は改善されているだろう。

 けれど今の2人の会話で思い出したことがある。神奈さんのお父さんは亡くなっており、俺が壊した美術コンクールで大賞を取ったガラスのコップには、父親の絵が書かれていたことだ。関係ないかもしれないが、もしかしたら神奈さんの父親に関することで俺はずっと恨まれているのかもしれない。

 しかし亡くなった父親のことを本人に直接聞くのも躊躇うな。

 かと言って他に聞ける人もいないし⋯⋯。


「なんだと! 舐めやがって!」


 俺が神奈さんのことで考えを巡らせていると、突然争うような大きな声が聞こえてくる。


「なんだなんだ。今の声は⋯⋯都筑か!」


 俺はトイレの水道で手を洗い、急いで声が聞こえる方へと向かう。


「こっちの方からだ」


 争う声はAクラスの方ではなく、Cクラスの方から聞こえてきている。

 周囲には俺と同じように大きな声に導かれた生徒達が大勢いた。

 そしてCクラスに辿り着くとAクラスのメンバーもおり、騒ぎの中心には都筑と野球部のエースである沢尻さわじり 一八かずやがいた。


「だから言っているだろ? 次のエクセプション試験はCクラスの勝利で終わると」


 沢尻が上から目線で、明らかに挑発した様子で都筑を見下ろす。

 見下ろすと言っても別に都筑が座っていたり、しゃがんでいるわけじゃない。単純に沢尻の身長が高いのだ。

 俺が調べた所によると身長は沢尻⋯⋯192センチ、都筑⋯⋯178センチとなるので、自然と沢尻が都筑と目線を合わせるようにすると見下ろすようになるのだ。

 だが俺が見たところ沢尻は身長など関係なしに、都筑のことを下に見ているように感じる。


「こっちはサッカー部が4人いるんだ! 敗北するのはお前らCクラスなんだよ!」


 都筑の言うとおり、うちのクラスにサッカー部は都筑、悟、柳、三浦の4人が在籍している。


「Cクラスにサッカー部は2人しかいないが、それでもお前らに負けることはありえない。サッカー部と言っても県予選も突破出来ない弱小クラブだろ? 全国大会に出場している俺達野球部とは生まれもった才能が違うんだ」

「てめえ!」


 さすが野球部のエースである沢尻はでかい口を叩くな。

 だがここで都筑を挑発してどうする? このままケンカに発展すれば二人とも処分されるのが落ちだ。

 おそらく沢尻には何か別の狙いがあるのだろう。


「ぜってえお前らには負けねえぞ! 俺達が勝ったら土下座して謝罪してもらうからな!」


 都筑が怒鳴るように言葉を発すると、沢尻は一瞬口元が緩むのを俺は見逃さなかった。


「ああ、もしお前らが勝ったら俺が土下座でも何でもしてやるよ。何ならCクラス全員からAクラス全員に30,000スコアをプレゼントしようか? だがお前らが負けた時は逆に、都筑の土下座とCクラス全員から30,000スコアをもらう」

「良いだろう! その勝負受けてやるぜ! 後で吠え面かくんじゃねえぞ!」


 都筑はAクラスの相談もなく勝手に勝負を受けてしまう。

 羽ヶ鷺のスコアの譲渡について、個人であれば教師立ち会いの元、相手に渡すことができる。だがこの時、脅し、恐喝などの疑いがあれば停学もしくは退学のペナルティを受けることになる。

 そして今回のようにクラス同士のスコアを賭けたものになると、これも教師立ち会いの元で行われ、クラスの半数以上、つまりAクラスの場合30人いるため16人以上の承認を得ることが出来れば勝負が成立してしまう。


「つ、都筑くん⋯⋯勝手に勝負を受けたらまずいんじゃあ」


 騒ぎを聞きつけてやってきたのか初めからここにいたのかわからないが、越智くんは都筑をなだめようとするが。


「ここまでコケにされて黙ってられるか! 今回のエクセプション試験は俺がリーダーだろ? 誰にも文句は言わせねえ」


 沢尻の安い挑発で頭に血が昇っているのか、都筑は越智の言うことに全く耳を傾けない。


「ちょっと待ってろ。今、ここにいるのは⋯⋯」


 都筑は周囲のギャラリーからA組のクラスメートが何人いるか数え始める。


「14⋯⋯15⋯⋯16! ちょうど勝負を承認できる人数が揃っているぜ! お前らリーダーの俺の言うことに文句はないよな?」


 半分脅しのような口調で、クラスメート達から同意を求める。そして皆、都筑が怖いのか異論を唱えるものは誰もいなかった。


「何の騒ぎだ?」


 そしてタイミングが悪いことにこの騒ぎを聞きつけたのか、Cクラスの担任教師であるさかき先生がこの場に現れる。

 これは完全に嵌められたっぽいな。おそらく榊先生を連れてきたのはCクラスの奴らだろう。


「先生ちょうど良かった。Aクラスとスコア戦を行うから受理してもらいたいんだけど」

「双方が納得しているなら受けてやろう!」


 榊先生はシャキッとした声で俺達を見渡す。

 この榊先生は体育の先生だけあって、ちょっと暑苦しい所があるから俺は苦手だ。


 しかし話も進んでしまい、条件も整っているため、これはスコア戦をやりたくないと言えない雰囲気だな。

 俺達は自分のスマートフォンを取り出し、Sアプリを立ち上げる。

 Sアプリは学園から支給されているアプリで、現在の自分のスコア数の確認、相手へのスコアの譲渡、スコアを賭けた戦いの承諾などができる機能がある。


 そして都筑と沢尻が勝負の内容をアプリに打ち込むと俺達のスマフォにも反映され、承諾するか拒否するか表示される。


 俺はスマートフォンの画面に出ている承諾をタッチすると⋯⋯数秒後にはここにいるクラスメートやCクラスの連中も同様に承諾をタッチしたたため、ここにエクセプション試験とは別に、AクラスとCクラスのスコア戦が成立するのであった。


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