第23話 目の前に楽園があるなら飛び込むのが人間
ガバッ!
俺が布団を捲るとそこには⋯⋯。
「ユ、ユズ⋯⋯」
妹のユズがすやすやと幸せそうな笑みを浮かべながら寝ていた。
何故ユズがここに。
押し入れモードの時のユズならともかく、通常体のユズが俺の布団に入ってくるなんて。
これは夢か? だが夢にしてはユズの温もりにリアリティーがあり過ぎる。それにこのいつまでも嗅いでいたくる甘い匂いは⋯⋯ユズに間違いない。
俺が動揺しているのを横目に、ユズは胸を上下させ、夢の中へと旅立っているようだ。
それにしても⋯⋯誰もが羨む整った容姿で可愛らしく丸まって寝ている姿は⋯⋯。
「まるで眠り姫だな」
コト姉といい、何故天城家の姉妹は天から愛された容姿をしているんだ。
自分と比べて不平等にも程があると感じてしまう。本当に同じ遺伝子を持っているのだろうか。
けど何でユズがここにいるんだ。
寝ぼけて部屋を間違えたとか?
いや、今まで15年間そんなことは一度もなかったぞ。
ユズの性格や状況を踏まえ考えても、やはり目の前の光景は信じられない。
「う~ん⋯⋯」
俺が考えを張り巡らしているとなまめかしい声が聞こえ、ユズが目を擦りながら夢から目覚めたようだ。
そして真正面にいる俺と目が合うと⋯⋯。
「兄さん、どこに行ってたの? 私の前から勝手にいなくならないで下さいよ~」
そう言ってユズが俺の胸に飛び込んできて、強く抱きしめてきた。
「ここにいたんだ~、もう離さないからね」
これは⋯⋯夢を見ているのか? そうじゃなきゃユズが甘ったるい声で俺に抱きついてくるはずがない。
ユズは夢の中では俺に躊躇いもなく抱きついているのか?
もし現実でもユズからこのような扱いをされれば、俺は皆が言うシスコンになってしまうほど破壊力があり過ぎる。
それよりこの状況をどうするか。ユズを引き剥がす? それともこのまま起きるのを待つ?
どちらにせよユズに取っては恥ずかしい思いをしそうだが。
とりあえず俺は後者を選択することにして、ユズが夢から覚めるのを待つ。
俺からは抱きしめられないけど、ユズは腕の中にスッポリ入りそうで、護りたくなるオーラを出している。
いつか彼氏が出来てユズを抱きしめる奴が現れるのだろうか? そう考えると寂しい気持ちが沸き起こってくるが、今の俺にはそんな余裕はなかった。
何故なら胸部に柔らかいものを押し付けられていることに気づいてしまったからだ。
き、気持ちいい⋯⋯ユズが押しつけている胸の感触に脳が麻痺しそうだ。
くっ! 妹の魅力に惑わされるなんて!
俺は自分ではノーマルだと思っていたが、実は妹に欲情する変態だったのか? いや、そんなことはない。これは俺が悪い訳ではなく、女性のバストは気持ちいいものと、男の遺伝子に刻み込まれた太古の記憶がいけないんだ。
だから俺は初心の心を忘れず、ユズをこのまま起こさないことを選択する。
そしてユズに抱きしめられたまま30秒⋯⋯1分と時間が過ぎていった。
俺はこのままでもいいが、ユズは本当に起きていないのか? 寝ながら抱きつくという芸当を一分もできるものなのだろうか?
ユズは俺の胸に顔を埋めているため、顔を見ることはできない。
「ユズ⋯⋯起きているな」
俺は確信を持ってユズに問いかける。
だがユズからの返事はない。
やれやれ、目が覚めて自分が何をしているか気がついたようだな。
恥ずかしくてこのままやり過ごそうとしているのかもしれないがそれは無理がある。
それならユズが俺の胸から出れるように、起きている理由を告げるとするか。
「耳が赤くなっているぞ」
耳のことを指摘すると、ユズは俺の胸を両手で突き放して、ベッドに顔を埋め、頭を枕で隠し始めた。
「ち、違います! 私は夢だと思って! けして兄さんのことが好きで抱きついた訳じゃありませんから!」
「いや、でも⋯⋯」
「兄さんは何も言わず黙っていて下さい!」
ユズは捲し立てるように状況を説明しているが、頭隠して尻隠さず状態になっているため何とも間抜けな姿になっている。
しかもスカートの姿でお尻を突き出している格好になっているため、白い下着が丸見えだ。
「まあ、抱きついたことに関してはそれでいいけど何で俺のベッドで寝ていたんだ?」
俺としてはむしろその理由の方が聞きたい。俺が寝ているベッドに入り込むのは自分の意思がないとできないことだからな。
「そ、それは⋯⋯」
「それは?」
「お姉ちゃんから兄さんが遅くまで寝ているようなら起こすようにとお願いされたから」
「だけど何でそれでユズがベッドで寝ることになる」
「に、兄さんが悪いの! 気持ち良さそうに寝ているから私も布団の魔力に吸い込まれただけです!」
えっ? それって布団に潜り込んでいい理由になるの? それなら俺も神奈さんや瑠璃が寝ている布団に潜り込んでもいいということになるのか?
「けどいい年した兄妹が同じ布団で寝るのはどうかと」
「べ、別にいいでしょ! お姉ちゃんだって兄さんのベッドで寝ているんだから!」
「いや、コト姉にも許可した覚えはないんだが」
勝手に姉妹ルールを作られるのは困る。
「とにかくユズが俺の布団で寝ていた理由はわかった。いい加減こっちに顔を見せたらどうだ」
「兄さんがこの部屋から出て行ったら⋯⋯考えます」
「まあ俺は別にそれでもいいけど」
「でしたら放っておいて下さい」
「でも、今パンツ丸見えだからな」
俺の言葉でユズはハッとなり、慌てて両手でスカートを抑え始める。
「そういうことは早く言って下さい!」
「いや、ユズに黙っていろって言われたし」
「それとこれとは話が別です!」
「そんな理不尽な」
「兄は妹の言うことに絶対服従って小学校で習わなかったんですか!」
「ユズは日本の義務教育を何だと思っているんだ。全国の先生に謝れ」
もう普段のユズからは考えられないほど冷静さを失って混乱しているな。
こんな感情的になるユズを見る機会はほとんどないから、今回の件は余程恥ずかしい出来事だったということがわかる。
「私は悪くないです。もう兄さんなんか一生寝ていればいいんデス!」
「さりげなく人の命を奪うのはやめてくれないか」
「目が覚めたなら私はもう必要ありませんね! 失礼しました!」
ユズはベッドから飛び降り、ズカズカと足音を立てながら部屋の外へと向かう。
「あっ! ユズ、待ってくれ」
「な、何ですか?」
ユズはドアへ向かっていた足を止め、恨めしそうにこちらを振り向いてくる。
そして俺はそんなユズの胸元に視線を移し一言。
「大きくなったな」
セクハラまがいの言葉を発する。
「し、信じられない! 兄さんのエッチバカ変態!」
そして今度こそユズは部屋を出て行くのだった。
俺にはこの後のユズの行動が手に取るようにわかる。たぶん耳を澄ましていれば聞こえるはずだ。
「ああ! 私は何てことをしてしまったの! でも兄さんと一緒に寝るのは幸せなだったなあ。でもでも、私が悪いのに一生寝ていればいい何て言っちゃったし兄さんに嫌われていないかなあ」
この日の出来事は、ユズに取って相当大きな出来事だったのか、懺悔タイムが今までで最も長く、1時間程かかっていたのであった。
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