第2話 呪詛
「ふごふごごご、ふごごごおふごごごごごふご(というわけで口枷を着けてみることにしたんだ)」
リーリアたちの顔があからさまにひきつっている。
宿屋のベッド下から口枷(別の言い方をすれば猿ぐつわやボールギャグと言うらしいが)を見つけた俺は、さすがに誰が使ったかわからないそれを着けるわけにはいかないので、似たようなものを雑貨屋から仕入れたのだった。
ベッド下からは他にもムチやろうそく、細めのロープなどが出てきたが、いったい何故そのようなものが収納されていたのかは知る由もない。
宿屋の店主である女性に尋ねてみようとも思ったが、やや高圧的かつまるで女王のような振る舞いに、聞く気も失せてしまった。
翌日の夕刻、冒険者ギルドにいたリーリアたちを見つけ、意気揚々とパーティへの再加入について直談判中と言うわけだ。
「ふごごふっごごふごごごふふごごごふごご? (これで復帰という事で問題ないか?)」
「まずそれを取ってもらってもよろしいですか?」
これは失敬、口枷を着けたままでは会話がままならないな。
「これをつけていれば戦闘中の声問題は解決だろう?」
つやのある赤髪を腰まで伸ばした、女性にしては大柄なカポエイラの使い手エリザが口を開く。
「いやそれ以前の問題として変質者でしかないのと、戦闘中会話できないだろ」
衝撃が走った。
正論でしかない。連携が重要とされる集団での戦闘において会話での意思疎通ができないことは大きな痛手となる。
「そこに気づくとはさすがエリザ、その聡明さたるや」
「いやお前が狂ってるんだよ」
やれやれと頭を抱えるエリザとリーリア。
もともと口数の少ないノースはテーブルに出されたハーブ茶を飲みながらあきれた様子だ。
「口枷は却下として、我々としてもいきなり追放と言うのは乱暴すぎたと話していました。もう一度だけダンジョンを共にして、そこで最終的に判断させていただくというのでは如何でしょうか」
リーリアの提案は願ってもないものだった。そもそもとして彼女の拳法家の地位向上という理念に賛同した俺としては、他のパーティを渡り歩くよりも是非このパーティでやっていきたいと思っている。
「そうはいってもリーリエ、問題は何も解決されていないだろ? 声問題はどうするんだよ」
「それは……」
こんな問題で女性たちに気を煩わせてしまって大変申し訳ない。どうにか手段はないものか。
「そもそもあの声は一体何のために出してるんだ?」
「あれは、もはや無自覚になっていたが、師匠からこの拳法、ジークンドーを学んだ際に必ず攻撃と合わせて発声するように言われたもので、あの声を出さないと師匠に怒られるんだ」
『イッテナイイッテナイ! お前ガ勝手ニ叫ンデルダケダカラ!』
「あ、師匠」
俺の背後から全力で否定のモーションをしつつ師匠の霊体が姿を現した。
「え……おば……」
リーリアの顔が青ざめる。
「あ、まだ紹介したことは無かったな。何十年も前に死んでいま霊体となってる俺のお師匠だ」
『ドウモ、ウチノ弟子がお世話ニニナッテマス』
にこっとハリウッド俳優ばりの笑顔を作る師匠だが、リーリアは初の幽霊との挨拶にそのままきゅうと気を失ってしまった。
「おま、これどうなってるんだ?」
エリザがお師匠の胴体を触れようとするもぶんぶんと貫通し透過してしまう。
「なんだかよくわからないんだが、俺は死霊術Lv1っていうのを持っているらしく、それで死者との交信ができるらしい。お師匠とは何年も前に偶然出会って、そこからジークンドーの修行をつけてもらってるんだ」
とはいえ普段は人前では姿を現さないから、今回はレアケースだ。
「師匠今回はまたどうして出てきたんですか? リーリアなんて失神しちゃいましたよ」
エリザがぺチぺチとリーリアの頬を叩いて目覚めさせる。リーリアは寝ぼけたような状態から再度師匠を目でとらえると硬直してしまった。
『イヤオマエ、声ダヨ声。 俺一回モ声必須ダナンテ言ッテナイカラネ?』
「そ、そんなはずは! だってお師匠がお手本として動きを見せてくれる時はいつも怪鳥音を発声してるじゃないですか!」
『ソレハソウダケド、アレハ見栄エッテイウカ、カッコヨサヲ演出スルタメノモノダカラ。周リノ人ノ迷惑ニナッテルナラヤメナサイヨ』
うそ……だろ……?
晴れの日も雨の日も、嵐の日だって俺は声を出しながら修行をし、敵と戦ってきた。
むしろはじめのうちは発声に意味があるのかもわからぬまま、ただただ師匠の背中を追って、その一挙手一投足を真似することでその技を自分のものとしてきた。
「あの声は……無意味?」
『ダカラソウダッテ。モシ癖ニナッチャッテルンダッタラホラ、代ワリニウルサクナイ別の言葉ヲ発スレバイイヨ』
「別の言葉っていってもホワーがウリャーになったぐらいじゃ何も変わんないぞ?」
エリザのもっともな指摘にコクコクとかろうじて首が動かせるようになったリーリアがうなずく。
『オマエ普段、私ヲ呼ビ出ストキニ、呪詛ヲツカットルダロ。アレダ』
「呪詛? あー、あの声にならない声と言うか、師匠を呼び出そうと思ったときに自然と出ちゃうやつですね」
『呪詛ナラボリュームアンマリデナイカラ。掛ケ声は呪詛ニシナサイ』
「なんか物騒な感じするけど、ほんとにそれで大丈夫なのか?」
「エリザの疑問ももっともだし、とにかく善は急げで洞窟ダンジョンに行って見よう!」
◇ ◇ ◇ ◇
ということで再度洞窟にやってきた。
このダンジョンは推奨レベル20と言われていて、ゴブリンや一角ウサギと言った初級モンスターはもう余裕、オーク相当のモンスターも単体なら無傷で倒せる程度の実力を持った冒険者が挑むダンジョンだ。
レベルという数値でいわれてもよくわからないので、こんな表現しかできないが。
「トウゴウさん、あの松明の影に一匹オークがいますよ」
了解、と物音を立てず対象に近づき背後を取る。
あとは師匠に言われたとおりに。
(ホワタァァアアアアア!)
心の中で叫んだ声は呪詛に変換され、死神が発したようなかすれた低音でオークの耳に伝わる。
振り向くよりも早く、拳をわき腹に打ち込むと、通常とは異なり断末魔すら上げずにその場に崩れ落ちた。
「え? 今の一発で倒したの?」
「どうやらそのようだ。 なんかいつもと手ごたえが違うな、弱ってたのかも」
「ふうん?」
「とにかく! 今俺も声出してなかったよな! これならみんなにも迷惑かけずに済むよな!」
テンションが上がりすぎてまた彼女らを少しひかせてしまったが、さすが師匠、言った通りに問題を解決できた。
「そうですね、我々としても声問題すら解決されれば問題ありませんので、あらためてよろしくお願いします」
リーリエが手を差し伸べる。
その手をぎゅっと握り返し、この先の冒険への期待に胸を躍らせながら先へ進むのだった。
「これ……即死の呪印?」
倒れたオークを見ながらノースがつぶやいた。
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