ワタシハウチュウジンダ
山本Q太郎@LaLaLabooks
ワタシハウチュウジンダ
子供の頃、宇宙人に声をかけられたことがある。
声をかけられたどころか、宇宙人の住むアパートまで行ってお土産にガンダムのプラモデルを貰った。
僕が子供の頃にはガンダムのプラモデルが大流行していた。
ちょうどバブル経済まっさかりの頃だと思う。苦労しなくても儲けが出る時代だったのかまだのんびりとした商売をしていた。メーカーも問屋も小売店も商品が品切れすることは販売機会の損失であるというような考え方をまだしていなかった。そのせいでガンダムのプラモデルはいつも品不足だった。人気の絶頂にあったガンダムのプラモデルはお店に並ぶとたちまち売り切れた。世間にはプラモデルを欲しがる子供達が溢れかえっていた。
おもちゃ屋はプラモデルがあれば売りなければ売り切れたと言って子供たちを追い払った。入荷日を教えてくれと食い下がる子供には横柄な態度で答えをはぐらかした。
僕たちは使える限りの移動手段を駆使してあちこちの模型ショップやおもちゃ屋を巡回し、ガンダムのプラモデルが売ってないか常に目を光らせていた。当時の男の子はみんな頭の中に長大なプラモデル取扱店リストを持っていたと思う。僕のリストの中で日々の生活に近い店はおもちゃ屋ではなく本屋だった。
近所にある小学校の生徒を当て込んで文房具も豊富に取り扱っており、その延長線上でプラモデルも少し置いていた。プラモデル専門の店ではないため入荷数も少ない。店のおばさんも文化を担う書籍よりも、テレビアニメのものでありおもちゃであるプラモデルのことを少し下に見ているようだった。
ガンダムのプラモデルを取り扱っている他の店は、自転車を整備し補給物資を調達し綿密なルート検討を必要とした遠征計画を組まなければ行けないほど遠い距離に点在していた。もしくは週末を待ち、親の遠出に便乗してあちこちのデパートやおもちゃ屋を巡る。入荷のタイミングを逃さないために通学路の途中にあるその本屋には毎日足を運び監視の目を光らせることになった。
毎日通っているのに、お目当であるガンダムはおろか準主役級のロボットや敵役ロボットのプラモデルすらも見かけることはなかった。毎日通い詰めるごとに気持ちは次第に焦れていった。売れ残っている、ロボットですらない運送用の飛行機や名前もわからない宇宙戦艦のプラモデルを手にとって「何もないよりはいっそこれでも」と良からぬことを思わざる得ないほど追いつめられていった。
連日の徒労感が蓄積し端から期待などしておらず、またはそのような体を装うことでもしかしたらという下心を持ちながらも、ほとんど惰性のように通っていた本屋である日一際輝く箱を見つけた。
それは「MS 06R ザクII シン・マツナガ大尉機」という新商品だった。流行りが加速しテレビアニメに出てくるロボットキャラクターがプラモデルとして出尽くしたところで、テコ入れのために考案された新商品だったと思う。アニメーションには出てこないが、ガンダムの世界観がバックグラウンドの新しいロボットキャラクターだ。特別にそのロボット専用に設定されているエースパイロットも、中年の渋いおじさんで子供向けではない本格感が醸し出されていた。デザインも機械的な配管や推進用噴射ノズル等がむき出しになっており、既存のアニメロボットが幼稚に思えるほどリアリティを感じさせる物だった。
その玄人感に打ちのめされ、今日この日このために今までの苦渋を飲む日々があったのかと天啓を受けた気がした。すぐにでもレジに持って行きたかったが学校の帰りである。小学校に行くのにお金なんか持ち歩いていない。ここで長い葛藤が始まる。家にお金を取りに行っている間に売れてしまうのではないだろうか。家にお金はあるはずだが足りるほどあったかというのも心配だ。そのプラモデルは他のものより高かったのだ。こうしている間にも他の人が買って行ってしまうのではないか。だが今すぐ帰ったところで誰かに買われる可能性は無くならない。
熟考の末、本屋の店員に取り置きを頼むのが唯一確実な方法に思えた。誰かがお店 の人に頼んでいたのを見たことがある。けれど自分でやった事はない。何か必要な物、例えば取り置き料のような前払分が必要かもしれない。
不安の種は尽きないが一度問題を整理してみよう。家に帰ってお金が足りなかった時のこと。その場合、母親はいるか否か。いた場合に母親からなんとかしてお金を貰う口実はあるか。お金がなく、かつ母親がいなかった場合でキャンセル料が発生した時のこと。取り置きに関しての検討も必要だ。年齢制限があったり、取引実績はないといけなかったりするのか。前払金が必要な場合はどうだろう。あらゆる事態を想定して検討し、“MS 06R ザクII シン・マツナガ大尉”を確実に手に入れる方法を探った。
がここは勇気を出して聞いてみるだけ聞いてみることにした。取り置くかどうかはその後に決めればいいのだ。名案である。
店内をなにげなくうろつきながら店員が暇なタイミングを慎重に見計らい取り置きが可能かどうかを聞いてみたら大丈夫とのことだった。これで幾つかの不安要素は解決された。プラモデルの金額を何度も確認し、自身の記憶とも何度も照会し、よほどのことがない限りはいけるという結論に達した。すぐ店員に取り置きを頼むと店を出た。
家に戻った僕は貯金箱を手にとって絶望した。貯金箱からお金を取り出す方法が分からなかった。陶製で達磨の形をしている。後頭部に硬貨を入れるスリットがついている他に穴はない。お金を取り出す穴はないのだ。お金を取り出すには割るしか無かった。だがこの貯金箱はついこのあいだの誕生日に祖父からプレゼントとして貰ったものだ。値上げがあるからとカートンで煙草を買いだめしている祖父が買ってくれたものだ。達磨を割るわけにはいかなかった。接着剤でくっつければばれないだろうか。底に穴を開ければ誰にも気づかれないのではないか。幸い今なら見ているものは誰もいない。もたもたしているうちに誰かが帰ってくる。いまなら誰かにばれるはずはない。それでも達磨を割る勇気はなかった。
他に方法はないだろうか。彫刻セットの蓋を開けたり閉めたりしている時に、弟がやっていた事を思い出した。弟も祖父から陶製の招き猫の貯金箱を貰っていた。その貯金箱をひっくり返して、どうやってか硬貨をとりだしていたのだ。逆さまにして当てずっぽうに硬貨が出てくるまで振っていたわけでは無いはず。すぐに玄関で靴を確認。家にはいるが姿が見えない。押し入れで眠りこけている弟を起こし、短冊切りにしたハガキを硬貨入れ口に差し込み硬貨を一枚ずつ取り出すという方法を聞き出した。貯金箱を逆さまにしてゴソゴソやっていると何か悪事を働いている気がした。幸い母親はいないので“堅実な貯蓄のできない人間”という言葉は心の奥底にしまう事ができた。10円や50円玉だらけではあるが必要な分を持って本屋に引き返した。
小銭がぎちぎちに詰まった財布をポケットの中で握りしめながらレジにいくと本屋の店員が「あらあんたきちゃったの」と驚いた。どういう事か分からなかった。戸惑っていると店員は、あの後すぐに売れちゃったと言った。
顔が熱くなった。頭の中をいろいろな考えが渦巻いて何も言えずにただ立ち尽くしてしまった。
「だってあんた、取り置きしたって買いに来ない子多いんだよ」と店員はまるで僕の過去の失態を責めるような口調で言った。ちゃんと約束を守るから、約束を守れるという確信を得る事ができたから勇気を持ってお願いしたのになんということだろう。
怒りと悲しみと悔しさがいっぺんにやってきた。店員のまで感情をあらわにするわけにはいかなかったので足早に店を出た。だが気持ちの遣りどころがわからなかったのだろう。そのあとは、どこをどう歩いたのかわからない。
見ず知らずの中年太りのおじさんが話しかけてきた。「君これ好き?」とその大人は言った。気がつくとあまり見覚えのない路地にいた。
おじさんの手には、「MS 06R ザクII シン・マツナガ大尉機」のプラモデルがあった。この人は僕が欲しかったプラモデルを持っていていいなと思った。
そう思ったが、すぐにそういう事ではないと気づいた。
その人はまさに、さっき僕が取り置きを頼んだプラモデルを横取りして買って行った人だ。途端にその人が憎くなった。この人さえいなければ僕が買えたのに、と思うと店員にいいようにあしらわれた時の情けない気持ちが思い出されて涙が溢れた。
普段からプラモデルを買うことに非協力的な母親を恨み、さっさとお金を取りに帰らなかった自分を責め、本屋の店員のおばさんの無神経さを憎んだ。そして目の前にいるこの人は、それほど興味がないのにもかかわらず流行っているという理由で大人の財力に任せ気まぐれに買ったにちがいない。ここにこれほど「MS 06R ザクII シン・マツナガ大尉機」を欲しがっているあまりにも無力な子供がいるのに。その無力でちっぽけな子供は「MS 06R ザクII シン・マツナガ大尉機」を持っていない。あの大人は持ってるのに。
どうにも悔しくてたまらない。
「おじさん宇宙人なんだ」とその人は続けて言った。
冗談を言っているようには見えなかった。
「おじさんは君と話しているところをあんまり他の誰かに見られたくないんだ。だから今からおじさんのうちに来るかい?」と言った。僕はついていった。錯乱していたのだ。
古びたアパートの二階にあるおじさんの部屋は一間で家具らしい家具がなくさっぱりとしていた。小さいテレビが床に置いてあった。ほかには、大きかったり小さかったりするプラモデルの箱が何列も積まれていた。流行っていたスライムという小さな緑のバケツを模したデザインの容器に入った玩具も幾つか転がっていてた。あとは女の子向けのアニメにでてくるコンパクトのような鏡のついたハート形でピンク色のプラスチックの玩具も転がっている。他にも、その時流行していた玩具が幾つもあった。プラスチックの容器に水を入れたもので、ボタンを押した水圧で中に浮いている輪っかを通すおもちゃとか。アスレチックと言われるボードゲームや野球盤。ぶら下がり健康器は2つあった。テーブルやストーブ、座布団のような生活を感じさせるものは一切なかった。食器も服もない。ゴミも見当たらなかった。
「おじさんがね人と話しているところを見られたくないのは、おじさんが宇宙人だからさ、あまり人と話さないことにしてるから」とおじさん、自称宇宙人は言った。
僕はその頃、子供が持つ純粋さで物事の真実には誠実さを持って臨みたいと思っていた。人から理屈っぽい性格だと言われたし、何かにつけ疑り深い態度をするようになっていた。
そのおじさんが宇宙人か否か。いい年をした大人がいたずらに嘘をつくものではないだろう。嘘を付くのなら暴いてやると、つい意気込んでしまった。実際のところ、おじさんは宇宙人に思えた。ただ、何かトリックを使い巧妙に宇宙人のふりをしているかもしれない。ならばそんな仕掛けも見破ってやりたい。
その時は、自分が危険な状況にあるという認識が欠けていた。宇宙人であろうとなかろうと、知らない大人について行き部屋で二人きりになるというのは極めて危険だろう。
結果から言うと危険な事は何もなかった。それどころかプラモデルを貰って帰った。今こうして当時のことを思い返しているのだからすぐにわかると思うけど。
そして、おじさんは宇宙人だった。
僕はそう認識している。
もちろん反論はあるだろう。宇宙人の夢を見ていただけなのに、いつしか思い出にすり替わって本当だと思うようになった、だとか。子供の心理でプラモデルを盗んだ記憶を消したいために考えた言い訳を実際にあったことだと思っている、とか。
そうかもしれない。それならそれでいいと思う。どうせもう真相は確かめられないのだ。
「おじさん、ここに好きでいるわけじゃないから、なるべく問題がないようにしてるんだ」と立ったまま話し始めた。僕も立ってきくことにした。家の主人が立っているなら合わせた方がいいかと思った。
「だいぶ話すのに慣れてきたんだ。どうだい」といって僕の顔を伺っている。
おじさんには言えなかったが、おじさんが話をするとおかしなところはたくさんあった。
おじさんが口でしゃべっていないことはすぐにわかった。話している時は、さも何か言っていますよというように適当に口をパクパクさせているようだ。まるで、洋画の吹き替えか、背後でテープを再生して喋っているように見せるロボットみたいだ。口の動きも話している言葉とは随分違い、当てずっぽうで口の形を作っているようだった。
反対に話している言葉と違和感がなく動いているのは足の指だ。外では気づかなかったが部屋に入り靴を脱いでから、いやでも目に付いた。まるで、オーディオについてるグラフィックイコライザーのようにしゃべる声に合わせて足の指が波を打つように動いている。足の親指が低音で小指が高音。右足と左足はステレオになっているようで左右対象の動きをしていた。何かトリックを使っているかもしれないが、面白くはないし不気味だ。得体が知れないだけで、宇宙人なのかもわからない。
おじさんは僕の答えをじっと待っていた。
「ほんとうに宇宙人なの、全然わかんないよ」と言うしかなかった。明らかに人間ではないが人間の振りをしている何かに対して他に何と言えば良かっただろう。
「ありがとう。毎日たくさん練習した甲斐があったよ」とおじさんはうれしそうに口をパクパクとさせた。
「今日は初めてのお客さんをお迎えしたわけだからはたくさんおもてなしさせてもらうよ」と言っておじさんは笑った。
笑い終わったら押入れから何か取り出した。大きな刺身の舟盛りだった。真ん中に載っている鯛の尾頭付きは口をパクパクとさせている。それを畳の上に置いた。次に白米が山盛りのご飯茶碗とコーヒーの注がれたマグカップがまた押入れの中から現れた。どちらもできたてのように湯気が立っていかにも美味しそうだった。
おじさんは「遠慮なくやりたまえ」と 言って笑った。僕はとりあえず畳に置いてある料理の前に座った。料理に口をつけなかったのは、箸もスプーンもなかったという理由だけではない。
「それでは一曲」とおじさんは突然言って音楽テープを流し始めた。始めはそう思ったが、オーディオやカセットプレーヤーはどこにも見当たらない。それはおじさんの口から流れていた。歌っているつもりなのかもしれないが、パクパクした口から前奏や伴奏もいっしょに流れていた。足の指は音楽に合わせて綺麗に波打っていた。
おじさんからは五木ひろしの「北酒場」が流れていた。おじさんは五木ひろし風に身振りを交えて熱唱していた。歌い終わると深いお辞儀をして僕をじっと見た。とりあえず僕は拍手をした。おじさんは動かない。「おじさん、歌うまいね」と言ったら、それでは次の曲です。といって当時よく流れていた演歌や歌謡曲を続けざまに口から流した。
僕はおじさんの歌を聴きながらここから逃げる口実を必死に探していた。機嫌を損ねるのは避けたかったが、このままここにいるのも怖かった。歌の合間を見計らって、出来るだけ自然に「じゃあ、僕はそろそろ」とまで言ったところで「おじさんの悩みを聞いてくれるかい」と言われた。唐突だったので断りそこねてしまった。
「おじさん、ここにはいたくないんだ」と足の指を波打たせた。
「ここにはいたくないんだけど、帰れなくなっちゃったんだよ。ほんとうは故郷に帰りたいんだ」とおじさんは言った。どうやら身の上話が始まったようだった。
「ここは嫌いさ。暑いしジメジメしているし変な臭いがいつもしてる。どこに行っても臭いんだ。その臭いから逃げるところがないから参ってしまってね。これでも慣れようと随分努力に努力を重ねたものさ」顔は最後に唄っていた美空ひばり風の表情なので、嫌いな物の話をしているようには見えなかった。話し方も抑揚にとぼしく悲しいのか怒っているのか全く読み取れない。
「おじさんがここにいるのは事故なんだ。隙間に囚われてここから出られなくなってしまったんだよ」といって部屋の押入れの襖を開け僕を呼んだ。
「こっち来て」と言って僕を見た。
僕はおじさんの横に立って中を覗き込んだ。けれども襖の中には何も見えなかった。押入れの壁も天井も何も見えなかった。明かりの影になっているのではなく、押入れに何か黒い塊が押し込まれているようだった。僕がびっくりしているのも意に介さずおじさんは黒い塊の中に両手を差し入れた。すると押入れの黒の中に光の線が走り始めた。壊れたビデオ映像のようにチラチラとした光の点が目の前に現れ始めた。光の点が現れては消え薄く明滅しては弾け散った、幾筋もの光点が尾を引きながら縦横に走った。
音もしない温度も感じない。ただ小さな光の粒が押入れ一面に満たされて消えていった。光はなにか意味のある模様にみえたり、特定の何かを映しているのようにも見えたがそれが、何かはわからなかった。
「ほら、あれがおじさんがやってきたところなんだ。あれはおじさんが生まれてからずっと住んでいた家だよ」僕が光の明滅にすっかり見とれていた横でおじさんは話した。
「おじさんはいっぺんにたくさんご飯が食べれないんだ。いつもご飯を残してしまってね。お母さんにはよく叱られたよ。兄も姉も際限なくご飯を食べるんだ。みんなに比べるとおじさんはあまりに食べないからお母さんはそのうち心配してしまったんだ。お医者さんに行ったりあちこちのお母さんに聞いたりしてね。変わった料理を作ったり、お菓子みたいに甘くしたり、おじさんがたくさん食べれるようにいろいろ工夫してくれたんだ。だけど、たくさん食べれるようにはならなくてね。お母さんはそれでもいろいろと見たこともないご飯を作り続けてくれた。ほら、あれがおじさんのお母さんだよ」とおじさんは押入れの中で無数に光る中の一つの光点を指差した。よく目を凝らして見たが、他の光の点との違いはわからなかった。
「あれがお父さんであれが兄さ。おじさんがいなくなった時は、みんなすごく心配しているようだった。ここから全部見れるからさ。ずっとみんなのこと見てたんだよ。一番上の姉は、おじさんにずっと意地悪していたからおじさんのことが嫌いだって思ってたんだよ。でも、姉さんはおじさんが隙間に囚われてしまった日には随分あちこち探してくれたんだ。姉さんにありがとうって伝えたかったけどここからじゃ無理だね。お母さんはおじさんがいつ帰ってきてもいいように、今でもおじさんの分のご飯を食卓に並べてくれているんだ。献立もおじさんが好きなものばかりなんだよ」おじさんはもう口を動かして話す振りをするのも忘れていた。人形のいない腹話術士のように、口を閉じたまま話していた。
「お母さん、もうおじさんの食事は用意しなくていいんだよ」ここから呼びかけても向こうには聞こえないんだとおじさんは言った。
窓の外はすでに暗くなっており、僕は早く帰らなくては怒られると思っていた。おじさんは襖の奥の光のうっとりと眺めている。と、不意におじさんに問いかけられた。
「君はこのプラモデルが欲しかったのかい」僕は思わず身を乗り出してしまった。
「だったらこのプラモデルはあげてもいいんだけど、君のお母さんと交換してくれるかい?」とおじさんは言った。
言っていることがよくわからなかった。
「おじさんはもう家族には会えないんだ。だから代わりに君のお母さんが欲しい。君が欲しがってるプラモデルをあげるから、おじさんが欲しいお母さんをくれるかい?」丁寧に説明してくれた。
僕は大きく横に首を振った。「だめなのかい」と聞かれた。でも、どうしてだい?とおじさんは続けた。自分の母親とプラモデルを取り替えろなんて本気で言ってるのかわからなかった。だめというより、嫌だ。そんなことに理由はあるのか今も疑問だ。おじさんはじっと僕を見ていた。僕の返事を待っていた。
「お母さんがいないとみんなこまるから」と答えた。おじさんはすぐに「みんなって誰だい」と聞き返してきた。僕は「お父さんとか弟とか、家族みんなこまっちゃう」と答えた。
「家族。家族の運営の問題かい」と言った後おじさんはしばらく黙った。僕は帰るなら今だと思いその旨を告げた。おじさんは聞こえていないのか「そうかだったらよかった。家族の問題は解決だ。代わりがあればいいんだよ」と言って、襖の奥にすっぽりと入り込んでしまった。全身すっぽりとあの中に入ってしまいどこにもいなくなってしまった。
黙って帰ることにして急いで靴を履いていると、どこに行くのかと呼び止められた。
振り返るとおじさんは僕のお母さんを運んで襖の中から出てくるところだった。襖から取り出されたお母さんは僕の血の繋がった母親そのものだった。今朝、学校に行くときに見かけた服を着てその時と同じ髪型をしている。お母さんは、お母さんにしか見えない何かは一時静止したビデオ映像のように微動だにしない。
開いた口がふさがらないとはあのことだ。ぼくはとんでもなく吃驚してしまった。
「いや、よかったね。これが君の家のお母さんの代わりになるよ。バッチリさ」機能も全く同じだよと言って背中に手を回すとお母さんがぎこちなく歩き出した。「ホラ」とおじさんは言って、僕にプラモデルを持たせた。
僕はどうして良いかわからず泣き出してしまった。
混乱していた。おじさんに肩を叩かれて大きな声を出してしまった。
「気分が悪いのかい」とおじさんは心配しているようだった。
おじさんは「ごめんね」とあやまり「これはお詫びのしるしだから」と言ってプラモデルの「MS 06R ザクII シン・マツナガ大尉機」を渡してくれた。
僕は逃げるようにおじさんのアパートを出た。
外からおじさんの部屋を見上げると、襖の奥からの光で、部屋の中が照らされているのが見えた。おじさんの影は見えなかったが、じっと襖の奥を見ているおじさんの姿は見えた気がした。
知らない街だし夜道は少し怖かったが、なんとか家にたどり着くことができた。母親に帰りが遅いと怒られ、どこで何をしていたのかと言われたがおじさんのことは言わずに、公園にいたとはぐらかした。
その後、宇宙人のおじさんを見かけることはなかったが、おじさんの住んでいたアパートまで行って部屋を見上げると、押入れからの光で部屋が明るくなっているのは何度も見かけた。
東京の大学に受かり実家を出た。一人暮らしをするようになってからは両親と折り合いが悪く実家に帰ることはなかった。きっかけは忘れたが何年も帰っていなかった実家に久しぶりに顔を出した。子供の頃に歩いた場所を歩いてみた。よく通った本屋はもうなかった。おじさんのアパートの前も通った。アパートはまだあったが、部屋の明りはついてなかった。
了
ワタシハウチュウジンダ 山本Q太郎@LaLaLabooks @LaLaLabooks
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