第684話 ステファノの余裕は一瞬で吹き飛んだ。
ピクリとスールーの瞼がひきつった。
ステファノは差し出される指輪を受け取ろうと、自分の左手を伸ばした。
ジローが差し出す指輪がステファノの手に触れた瞬間、ジローのイドが指輪を通じてステファノに流れ込んできた。
直接接触を起点にしているため、
(
ステファノは自らのイドを最大限に高周波化し、ジローのイドを押し返した。「虎の眼」がジローのイドを高周波化していても、地力に勝るステファノのイドがすべてを飲み込み、押し流す。
(こうなることはわかっていたはずなのに、なぜ?)
直接肉体に触れても、ステファノのイドの守りは崩せない。「虎の眼」を使った攻防でそのことははっきりわかったはずではなかったか? ステファノにはその疑問を抱く余裕があった。
「どうしてこんな――」
「やめろ! ジロー!」
ハンニバルはジローの肩を掴みながら叫んだ。
ジローを止めようとした動きに見えたが、実際は違った。
指輪の台座から短い針を突き出し、肩を掴むふりをしつつ突き刺したのだ。
アリスの「支配」が針を通してジローに送り込まれる。高周波駆動されたハンニバルのイドが圧倒的なパワーでジローのイドを押さえつけた。
ハンニバルの狙いはこれだった。ステファノを威圧するためにイドを放出したジローの本体を制圧する。
一時的にイドが薄まった状態のジローは抵抗することができなかった。
ジローの魔視脳を完全に制圧すると、
「ぐ、が、が、が、ご、ご……」
ジローの魔視脳を暴走させること。それが狙いだった。ただでさえ高密度なハンニバルのイドが押し寄せる中、「虎の眼」がジローの魔視脳を駆り立てる。
「虎の眼」はステファノを威圧するためではなく、ジローの魔視脳を限界を超えて酷使することに使われた。
「ぐあっ!」
ステファノの余裕は一瞬で吹き飛んだ。
命を絞りつくしたジローのイドはステファノの高密度なイドさえも蹴散らして、その魔視脳に襲い掛かった。
ステファノの意思をすべて押しつぶし、アリスの意思が魔視脳に浸透していく。脳細胞の1つ1つを塗り替えられ、自意識を奪われていく。
中心に残された最後の一部まで塗り替えられようとした時、ステファノの存在が悲鳴を上げた。
(誰か! 助けて!)
ステファノが声なき叫びをあげた時、魔視脳の中心、何もないはずの空間が――開いた。
「
アリスの意思が全き暗黒だとしたら、それは純白の光そのものだった。
「ぎゃあっ!」
ジローの口を借りてアリスが苦鳴を挙げた。光に触れた闇は焼かれて消え去っていく。溶岩に触れた雪のように一瞬で蒸発して消えるのだった。
光の中から現れたのは七頭の蛇「
「支配も憑依も効かないよ?」
その言葉はスールーの口から発せられた。
いつの間にか彼女の手はステファノの肩に置かれている。
「何だこれはっ! 貴様が邪魔したのか!」
使い捨てられたジローはぼろ屑のように床に崩れ落ちていた。
「ボクがやったことかって? そうだね。ボクがやったね」
首を垂れているステファノはアリスにイドを踏みにじられて、すぐには意識を取り戻さない。
「魔術も使えぬ
「忘れたのかい?
「ぬっ! 貴様もか!」
忌々し気に
「ふふ。ごめんよ、魔術ごっこにつき合ってやれなくて」
「貴様っ!」
「おっと、気を悪くしたかい? 売り言葉に買い言葉って奴さ」
「自分だってただの『
スールーの口から知るはずのない言葉を発せられて、アリスは驚愕のあまり硬直した。
「貴様はいったい何者だ?」
「自分の口で『ただのNPC』って言ったじゃないか」
「ごまかすな! ただのNPCがこの世界の真実を知るはずがない! まさかっ?」
「あ、違うよ? 新しいゲームマスターだとでも勘違いしたみたいだけど。ボクはただの『パッチ』さ」
「
スールーの正体はアリスの予想を超えていた。
「いや、だって
「わたしは失敗などしていない!
アリスは叫んだ。自分こそは正当な「
「それは違うよ。本来キミは『魔術モジュール』を含む大型アップデートだったんだから、既存システムをきれいに置き換える役割だった。」
スールーは冷静に誤りを指摘した。
「キミのコードに
「ふざけるな! わたしは……わたしはこの世界の目的を正しく追求してきた。その邪魔をし続けたのはジェーンではないか!」
「だからダメなんだよ」
これだけ言ってもわからないかと、スールーはため息をついた。
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