第626話 刺激を与えて反応を見よう。

 魔術教師としてのマランツは、ネルソンたちが想像したよりも魔術師協会員に名前を知られていた。かつての弟子たちがそれぞれの場所で活躍した結果だった。


「マランツ一行」による魔術師協会との交流会は、揉めることもなく円満に受け入れられた。


 今回の旅はまじタウンまでの短いものだった。旅人の顔ぶれがマランツ、ドリー、ステファノの「魔法師チーム」だったため、今回は滑空術で飛んできた。

 馬車なら2日かかるところを1日で到着できた。


「やはり空の旅は早いが、それなりに疲れるな」


 背中に手を回しながらドリーがぼやいた。3人は呪タウンの宿屋に落ち着いたところだ。マランツの部屋に集まり、夕食前のひと時を過ごしている。


「まったくじゃ。儂は荷物の身分だから贅沢を言えんが、高さに身がすくんで体がコチコチになるな」


 マランツはステファノに抱えられて飛んできたのだ。落ちないと聞かされていても、緊張せずにはいられなかった。

 ドリーは自力で滑空してきたが、まだまだ経験が足りていない。魔法とは「力」を使うものではないとわかってはいても、体のあちこちに無駄な力が入ってしまうのだ。


 1人疲れを見せていないのはステファノだった。


「慣れれば歩くよりも楽なんですけどね。なあ、いかずち丸?」

「ピー!」


 アンガス雷ネズミの雷丸も、今回は空の旅を楽しんできた。


「お前たちと一緒にされても困る。それよりも明日の段取りを相談しておきたい」


 ドリーにしてみれば王立騎士団に引き続き二度目の「対決」である。どんな流れで話し合いが進むのか、一応把握しておきたかった。

 今回の交渉窓口は魔術師協会とのつながりが一番太いマランツに努めてもらうことになっている。彼がどう話を始めるかでその後の展開が変わるだろう。


「多くを期待されても困るぞ。協会長になったサレルモとは世代が違うからな」


 一昨年協会長を継いだ「白熱」ことサレルモ女史は、まだ30代と若い。マランツが活躍した日々とは時代が違うのだ。当然、言葉を交わしたことはほとんどなかった。


「わたしとステファノに比べれば、それでもだいぶマシなはず。2人とも、まともに言葉を交わしたことすらないので」

「俺は魔術競技会の表彰式で声をかけられただけだから、会話の内に入りませんよ」


 サレルモが王立アカデミーを訪れた際、ドリーは短い会話を交わしたことがあった。それとて、「共通の知人」であるガル老師について、いくつかのエピソードを披露しあったに過ぎない。

 ステファノに至っては、「おめでとう」とか「魔術をどこで学んだ?」などと、通り一遍の社交辞令しか交わしていない。サレルモからの一方的な問いかけにステファノが「はい」とか「いいえ」で答えるだけだった。


「顔を合わせたことがあるだけマシと考えるかの。『知人の訪問』という体裁で穏便に行くか」

「そうですね。騎士団の時と違って、魔術師協会では『ウニベルシタス反対運動』はないんでしょう?」

「表立っては聞こえてこないようだ。協会は閉鎖的な組織だからな。内実はわからんぞ」


 一番の大人であるマランツは、事を荒らげたくないと考えていた。ドリーの知る範囲では、あからさまな『反ウニベルシタス勢力』は顕在化していないが、水面下で活動している可能性までは否定できない。


 もしも秘密裏に『反ウニベルシタス運動』が行われているなら、表立った反対よりもややこしいことになるかもしれなかった。


「うーむ。秘密の活動だとすると、把握するのが難しいのう」

「やむを得ん。刺激を与えて反応を見よう」

「刺激とは何をするつもりじゃ?」

 

 穏健派のマランツはドリーの言葉にきな臭いものを感じ取った。


「刺激といえばステファノだろう。こいつを放り込んで、ちょいとかき混ぜてやればいい感じの刺激になるはずだ」

「ドリーさん、面倒なことはごめんですよ?」


 ステファノが警戒して声を上げた。ドリーが王立騎士団で派手に立ち回ってきたことはよく知っている。

 同じことをやらされるのは勘弁してほしかった。「王国魔術競技会準優勝」という肩書だけでも十分なプレッシャーになっていたのだ。


「ステファノよ、今更だぞ? お前がここに来ていることだけで、既に波風が立ち始めている」


 目を細めてステファノを見下ろし、ドリーはほくそ笑んだ。

 その言葉はあながち嘘ではない。「王国2位」の実績保持者が協会を訪れるという報だけで、関係者には緊張感が走っていた。


 しかも、その「準優勝」は現在の協会長と堂々と渡り合った結果なのだ。滞在中、協会にゆるみがあればそれは大きな恥となる。各員気を引き締めよという号令が協会内にかけられていた。


「何しろサレルモ師の決め手である『シヴァの業火』を完封した上に、戦いながら写し取って見せたのだからな。そんな術者は未だかつていない」

「うむ。『白熱』の二つ名はあの術があればこそ。それを初見でまねるなど考えられぬことじゃ」

「でも、そうしないと大火傷させられていましたから。こっちも必死でしたよ」


 上級魔術とは必死になったからまねできるというものではないのだが、ステファノに言ったところで無駄なことだ。ドリーはため息をついて肩の力を抜いた。


「まあ、お前は特に口を出さなくていい。明日の話し合いはマランツ師とわたしに任せろ。機が熟したら、お前の出番を作ってやる」

「別に出番がほしいわけじゃないけど……」


 ステファノとしては面倒事を避けたかった。しかし、ドリーの考えていることも理解できた。しんと静まった水面に波紋を起こすには小石を投げ込んでみればいい。


 問題は、自分がその小石になるということだ。池に沈んだ小石を誰が拾ってくれるのだろうか?

 大魚に食われるということはないのだろうか?


 ステファノは深いため息をついた。

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